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第一話 とある一人の男子の後悔

夏のある日の夕方。

タツヤは死んだ。

突如、白い光が辺りを包み、そのすぐ後に大きな衝撃波が、建物を、木々を、人をなぎ倒し、タツヤを含む、周辺の全てを消滅させた。

自分がこの世界から跡形もなく消えてしまう事実を認識するかしないかの刹那、まるで流れ星に願い事をするように、タツヤはたった一つのことを願った。


「あの子に好きだと伝えればよかった。」


そうして、タツヤは爆風に飲み込まれた。


頬に何かがつたっている…。

自分がどこにいるのかわからない。

目を開ける。

周囲は暗いが、見覚えがある場所だった。

ここは自分の部屋だ。

「…冷たい。」タツヤは言った。

手で自分の顔を触る。

タツヤの頬を伝っていたのは涙だった。

心臓が高鳴っている。いつもより強く、そして早かった。

「さっきのは、夢だったのか?」タツヤは言った。

突然の爆発で吹き飛ばされたタツヤの住む街。

そして間髪入れずに衝撃波で消し飛ぶ自分。

「夢でも笑えないや…」ベットの横で充電していたスマートフォンに手を伸ばす。


スマートフォンを手に取り、ロック画面を見る。

そこには2025年7月22日(3:12)とあった。

そうだった。今日は夏休みの初日だ。

学校が終わったから、少し変なテンションになっていたのかもしれない。

そう思って、タツヤは二度寝をすることにした。

しかし。

「…寝れない。」

目が冴えてしまった。

しょうがないから、タツヤは机に置いてあるノートにさっき見た夢をメモすることにした。

すると不思議と満足したのか、眠気が再び訪れた。


再び目が覚めたときには、朝日が部屋を満たしていた。

ベッドのすぐ横には窓があって、そこから強い朝の光がタツヤの部屋を明るく照らしている。

窓の外を見ると、家の前の電信柱には雀が止まって、ちょこちょこと動いている。

タツヤの部屋は一軒家の2階だが、タツヤの母が、タツヤが学校に行った後に洗濯物を干しに2階のベランダに出る。

その時にどうやら母が雀たちに米粒をあげているらしく、その米粒狙いで雀たちが電信柱で母が登場するのを待っているのだ。


タツヤはベットから這い出ると、ハンガーにかけたワイシャツと制服のズボン、カバンと靴下、インナーシャツを持って、ノロノロと一階へと降りて行った。


「おはよう」タツヤは言った。

「おはよう」母は言った。

「せっかくの夏休みなのに、早いのねぇ。部活?」

「うん。今日は朝から」タツヤは言った。

「そっか。陸上部は大変ね」

そう言って母はパンとコーヒーを出してくれた。


朝のBGM代わりに点けられたテレビでは、ニュースが流れていた。


米中関係が悪化しているというニュース、旅行先のオススメスポット、今日の猫ちゃん。

しかし、ニュースというのは、内容は毎日毎日違うはずなのに、なぜこうもいつも全て同じ話のように感じるのだろうか。そんなことをタツヤはテレビを流し見しながら、パンとコーヒーを食べていた。

それからはいつもの朝のルーティーンで、軽く顔と歯を磨いて、制服に着替えた。

登校の準備が整った時、テレビで、ジャンケンのコーナーの時間がやってきた。

意識をしている訳ではないが、不思議と自宅を出る時の時間帯は同じになるようで、タツヤはいつもこのジャンケンをしてから学校に行っていた。

タツヤは、何となくテレビの中の相手がグーを出すような気がした。

ジャンケン…。

心の中でパーを出す。

ポン!

相手の手は、グーだった。

勝った。勘が冴えてるな。

これは幸先がいいかもしれない。そうタツヤは思った。


「じゃあ、行ってきます。」タツヤは言った。

「行ってらっしゃい」母は言った。

僕は家を出た。


学校には自転車で向かう。

学校までは自転車で20分ほどの距離だ。タツヤの住む住宅街から田舎の山の方の高校へ向かう。途中で、畑やら田んぼやらがある道も通る。ここまでくると、どこにも視界を遮るような高い建物がないから、この静岡の街の象徴とも言える、大きな富士山がよく見える。

この時期の富士山は、すっかり雪が溶けてしまって、多くの人が目に焼きついている白い雪の帽子は被っていない。

それでも灰色のような燻んだ姿が渋い、とても品の良い山だと一目でわかる。富士山にはそんな威厳のようなものがある。

いつもより登校する学生が少ないためか、学校にはいつもより早めに着いた。

一応夏休みだからということなのか、半分だけ開いた門をくぐると、すぐに驚くほどに真っ白な校舎が立っている。3階建ての建物で、比較的新しい校舎だった。

学生は、この真っ白な校舎のように純白であれ。というメッセージなのだろうか。

ただし、校舎は、その真っ白い外装のせいで、運動場から巻き上がった砂だったり、雨による汚れだったりで、茶色い染みがあちこちに目立っていた。

その校舎の裏口の方に回ると、学生用の自転車置き場がある。

タツヤは、自転車置き場に自転車を止めて、部室に向かおうとした。

すると

「おはよう」

後ろから声がした。


ユキだった。

「おはよう」タツヤは言った。

「どうしたの?今日は早いね。そっか。タツヤくんは学校は嫌いだけど部活は好きなんだね?」

そう言ってユキは僕の横に自転車を止めた。

「道がいつもより空いていただけだよ。」タツヤは言った。

「ふーん。ま、いっか。一緒に行こう?」ユキは言った。

ユキは、俺と同じクラスの同級生だ。

身長は160センチほどあり、短い黒髪に、スラリとした体格だ。

部活も、タツヤと同じ陸上部だった。

種目は別で、タツヤが陸上、ユキが棒高跳びだった。

ユキはまさに体育会系の塊といった感じで、持ち前の明るさで誰とでもすぐに仲良くなれる才能があった。

だから、思春期真っ只中の異性に対して「一緒に行こう?」なんて、こんな言葉がスラリと口から出るのだ。

口ベタな自分とは正反対の性格だ。とタツヤは分析していた。

また変なこだわりがあるようで、自分はタツヤのことを「タツヤくん」と呼ぶのに、タツヤが「ユキちゃん」とか呼ぶと「ユキ」と呼んでくれと怒るのだ。それでいつしか、気がついたらタツヤは「ユキ」と呼ぶようになっていた。

「もう高校最初の夏休みだもんねー。夏休みは何かするの?」

「うーん。部活以外は、特に決めてない」

「えー。それでは青春が足りないのではないかね?タツヤくん?」

なんて変な口調だ…。タツヤは思った。

「そういうユキは何か予定があるの?」

すると、ユキは、待ってました!という顔をして、部活用の運動カバンから何かを取り出した。

「ジャーン!」

「これは?」

「これはね、プールのチケット!」

「プール?」

「そう。大浜のプール!」

大浜のプールは、海の近くにある大きなプール施設で、流れるプールや、ジェットスライダーがあるファミリーからカップルまで幅広く遊べるプールだった。

「これはね、大浜のプールの割引券。4人まで割引なの。でね、明後日、どう?行かない?部活は休みだし」ユキは言った。

「え?俺?けど。」

僕でいいのか?

「あ、勘違いしてる?私の友達も一緒よ。だから、君も誰か友達一人誘ってみて。4人で行きましょうよ。」ユキは言った。

まさに二人で行くのか?とドギマギしていたから、タツヤは少し恥ずかしくなった。

「わかった。ちょっと考えてみるよ。返事は今日中で良い?」

「うん。また後で返事聞かせてね。」ユキは言った。


そうこうする内に、男子の部室に着いたので、ここでユキとは別れた。


「心臓が止まるかと思った。」

タツヤは独り言を、誰にも聞こえないような音量でつぶやいた。

まさかユキから誘ってくれるなんて。

すぐにでも行きたいと伝えたいけど、なんか恥ずかしいから保留にしてしまった。

けど、後で返事するってのも、相当ダサくないか?

どうしよう。誰か誘える友達はいるのか?

そんなことを考えながら更衣室で着替えが終わり、グランドに出た。

午前中の練習メニューは自主練がメインだったから、タツヤは陸上の自主練メニューを消化し始めた。

しかし、どこか気持ちは上の空で、集中力が切れていた。

いけない。

こんな気持ちではダメだ。部活中はしっかりやらないと。

そうじゃないと、高橋先輩みたいに試合の前に野球部のボールに転んで入院するよな大きな怪我してしまうぞ。そうタツヤは自分を諫めた。

「…?」

ふと頭が痺れた感覚がした。何か、大きな違和感を、自分の意識が気づく前に、無意識がキャッチしたような感覚。


高橋先輩が怪我をする?

高橋先輩は今まで大きな怪我なんてしたことはない。

野球部のボールで?

何だろう?

この記憶は?

高橋先輩は、今も元気に練習をしている。怪我なんてしていない。

けど、タツヤが持つ記憶には確かに、高橋先輩が、同じ種目仲間と世間話しながら不真面目に走ってて、不注意でボールで転ぶ姿が残っている。


「そうそう。ちょうどあんな感じで…。」


目の前で高橋先輩が仲間とふざけながら走っている。

ふと、タツヤの視界の端に、高飛びのマットの横に立つユキの姿が見えた。

ユキもじっと高橋先輩の方を見ている。


「あ。」


高橋先輩が豪快にずっこけた。

足を抑えている。

周囲は大笑いしているが、高橋先輩は足を押さえたまま一向に立ち上がろうとしない。


足元には野球部のボールが転がっていた。


「何で?」タツヤは言った。


何で俺は高橋先輩が怪我することを知っていたんだろう?


予知?ドッペルゲンガー?何?


高橋先輩は、大笑いから一変、青ざめた顔の周囲の仲間に抱えられながら、保健室に行った。


「どうしたの?大丈夫?顔色悪いよ」


ユキが声をかけてくれた。

彼女も心なしか青白い表情だ。

よっぽど俺が生気のない顔をしていたのかもしれない。


「あ、うん。大丈夫。ありがとう」


「ううん。何か驚いたね」


「ああ。」


そんなこんなで、夏休み最初の部活は大混乱で終わった。


学校の帰り道、自転車に乗りながら考えた。


どうやら、自分の身におかしなことが起きているらしい。


朝のジャンケン、高橋先輩の怪我。


この二つがきっかけで、自分の中に不思議な記憶が存在することに気がついた。


今日帰ったら、地元のニュースで近所のコンビニに強盗が入ったことが放送されるはずだ。


確信がある。これは言葉に表せない感覚だった。


けど、ユキからのプールの誘い。これは全く記憶がない。


家に戻り、すぐさまテレビをつける。


夕方の県内ニュース。


「やっぱりだ。」


タツヤの予想通り、地元のコンビニに強盗が入っていた。


「どうしてこんな…?」


自分に超能力や未来予知の能力なんてない。


けど今は、未来に起きることがいくつかはっきりとわかる。


「あ。もしかして…。そんな…。」タツヤは言った。


タツヤは急いで自分の部屋に戻る。


机を見る。


そこには、朝見た夢を書いたノートがあった。


僕は急いでノートを開く。


7月29日、夕方。

基礎練

浅間山

白い光

爆発

みんな死ぬ。

後悔。


殴り書きしている文章を見ながら、その時の記憶が蘇る。


そうだ。

あの日、タツヤは陸上の練習として、近くの神社の山の階段を登っていた。

そうして、登った山から街を眺めていた。

その山から夕日が沈むときの街の景色が好きで、時々来ていたのだ。

そして、爆発は起こった。

沈む夕日のオレンジ色が突然白い光に上書きされ、世界が光に包まれた。

遠方の建物が次々と吹き上げられ、消し炭のように消滅していった。

本当に一瞬でそれはタツヤのところまで到達し、そして彼は死んだのだ。


手に持っていたノートがガタガタ震えていた。

それは、タツヤの手が自分でも信じられないくらい大きく震えていたからだ。

いつしか恐怖がタツヤの体の隅々まで浸透し、体の自由を奪っていた。

あの衝撃、痛みをタツヤは思い出していた。


どうしたら良いのだろうか?

もしかしたら同じような体験をしている人がいるかもしれない。

そう思って、タツヤはスマホを開く。

SNSで調べたが、そんな情報は一切なかった。

自分のSNSのアカウントに書き込んでみた。

何人かの返信があったが、どれもネタだと思っているようだ。

一件、知らないアカウントからダイレクトメッセージで返信があって、詳しい様子を聞かれた。

「突然失礼します。それはどこで、どのように起こったのでしょうか?」

タツヤは藁(ワラ)にもすがる思いで思い出せることをそのアカウントに伝えた。

「静岡の街で、突如爆発が起きました。本当に一瞬で…。ふざけたことを言っているのは自分でも理解してますが、それでも他に見た人はいないかと探しています。」

タツヤはメッセージを送った。

けれど「ありがとうございます。ですが、そんなことは未来には起こらないでしょう」とだけ書かれて、返信がこなくなった。


それはそうだ。突然の爆発なんて、今が戦争中ならわかるけど、日本は平和そのものだ。

突然どこかの国が核爆弾を打ってきたとしても、あまりに唐突すぎる。

だって、爆発は今から1週間後だぞ。

いくら下手な嘘だって、何年後かの話にするだろうさ。


けど自分にはわかる。あれは、おそらく事実だ。自分は、なぜか自分が死ぬ1週間前に戻ってきたのだ。


口径無糖な自分の記憶に混乱させられながらも、タツヤの頭は冷静だった。

すると、持っていたスマホにチャットのメッセージが入る。


ユキからだ。


「高橋先輩、全治2ヶ月だって。」


知っている。


そうだ。高橋先輩は、夏の大会に間に合わない。


けど、本当に1週間後、あの日が訪れるなら、夏の大会なんて永遠にやってこない。


…後悔


ふとノートの最後に書いた言葉を思い出した。


…こんなことなら、あの子に好きだと伝えればよかった。


そうだ。僕は、死ぬ寸前に、こう思ったんだ。


ユキに返信する。


「明後日、プール、行こう。」


心臓が高鳴る。


既読がついた後、ユキからは猫が笑って「OK」を出しているスタンプが送られてきた。


あの日した、人生最後の後悔は、もう二度としたくない。それだけは確かだった。


翌日、タツヤは一つのことを確かめようと思っていつもより朝早く起きた。


そして、いつもは母がやってくれる朝ごはんを自分で作り出した。


それは、母が朝ごはんを作ろうとして指を切るのを防ぐためだった。


この日、母は珍しく料理を作る時に少し指を怪我をしてしまうのだ。


だけど、もし自分が母の代わりに朝食を作れば、母は怪我することはない。


わかっている不幸なら出来るだけ無くしたい。そして、もし母の指を切ることを防げるなら、何か自分が見た未来が変わる可能性だってある。そう思った。


タツヤが朝食を作り終えると、母が驚いた様子でキッチンに現れた。

「ちょっと、どうしたの?」母が言った。

「今日はちょっと早く起きたから、朝食を作ったんだよ」

「うそぉ。助かるわぁ。ありがとう」

そう言って母や胸の前で手を叩いた。

母の指に、新しい絆創膏が見えた。

「え?お母さん。その指の絆創膏…」

「あー。これでしょ?もうやんなっちゃう。ついさっき、どこかに引っかけたみたいで、気がついたら血がボタボタ。本当にどこで怪我したんだろう」

母の絆創膏の位置は、間違いなく料理で指を怪我をするはずだった箇所と同じだった。


部活に向かう途中、僕は今までの現象を整理した。


1、全てのことを覚えているわけではない

2、母の指の怪我など、必ず起きる現象がある。

3、しかし、どうやら全く同じ終わりの道筋を辿っているわけではない


これは仮説だが、タツヤに直接に関係する出来事は、改変することができるが、自分が関係しない未来や間接的に関係するくらいの出来事は変えられない。

ユキとプールに行く出来事は自分の記憶にはなかった。というか、その日の違う記憶をタツヤは持っている。

けれど、自分が行動して変えようとした母の怪我は、結果的に自分の行動では事実は変えられなかった。ということのようだ。


「となると、29日に街が爆発するのは、どうやっても変えられないかもしれない…」


そう思うとふっと力が抜けた。

もう全てが意味がないのか?

この部活も、勉強も、僕の人生も…。


いや、せめて、後悔だけはしない。


そう決めたんだ。


僕は、ユキに、自分の気持ちを伝えたい。そして、ちゃんとサヨナラを言いたい。


そう思った。


街が消えるまで残り五日だった。


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