アティックストーリーズ

円窓般若桜

第1話 トナカイさんに大人にされちゃった

「トナカイさんに大人にされちゃった」



これは内緒のお話です。だから屋根裏でこっそりとしましょう。



それは夜の燈(ひ)の点(とも)し頃。

夜空が青と紫を混ぜ合わせ、木や森が影に染まり、トラツグミが巣に帰り、星が金色に輝いて、白い三日月が細長の雲を従え始める頃。

るるは、燈を点した家の窓から夜空を見つめていました。

窓は厚いガラスで作られていましたから、外の寒さを遮断するにはとても十分で、るるは窓ガラスに素手をくっつけていましたけれどその手は冷たくはありません。

外の街はクリスマス。

ジングルベルが唄い出します。オーメントが踊り出します。

るるは4才。次の春が終わる頃には5才になります。

夜空色のワンピースを着て赤いゴムで髪を縛っています。まだ純粋な瞳には星の輝きがたくさん。

「パパ、サンタさんってまだなの?」

るるの開いた口のくちびるは、サンタクロースの衣装よりも真っ赤。清潔な生き血が通っています。

「君が眠らないと来ないよ、るる」

「えーやだー、サンタさん見たいからるるは起きてる」

自分の所には眠らないと来ないとしても、他の誰かの所には行くはずだから、こうしてじっと待ち伏せていれば窓の外を通るはず、るるはそう考えてヤモリかイモリの様に頬までガラスにくっつけて外を見つめます。

三日月が魔法の様に白く輝いて、空に縫い付けされたみたい。

るるの暮らす街は崖の上にありまして、中世の頃には難攻不落でしたけれど、戦争の無くなった今では坂道ばかりで嫌になります。

三日月の横に一際大きな崖がひとつ。三日月へと昇る架け橋みたい。

「ねえママ、お化け崖から飛び出したら、サンタさんなら三日月に届くんじゃない?」

街で一番大きな崖を、街の人々はお化け崖と呼んでいました。お化けくらいなら可愛いもの、実際は刈り取る鎌みたいな形をしています。

「そうねえ、でもお月様はるるが思ってるより遠いからなあ、サンタさんでも難しいんじゃないかってママは思うね」

「えー、うっそー、あんなに近くに見えるのに?」

「近くに見えるのにね」

「るるが子供だからって、ママ嘘ついてない?」

「ママはるるに嘘はつかないよ」

「やだー、三日月に渡れたら素敵なのにー」

るるは柔らかなほっぺたを膨らませて、窓の桟(さん)に手を付いてぴょこぴょこと背伸び運動を繰り返します。

その時でした。

「おい」

厚いガラスの向こうから声が聞こえました。ガラスは厚いから、聞こえるはずはないのにその声は不思議と不思議ではありませんでした。

「うぇ。あなただれ?」

るるはびっくりして変な声がでました。自分で出した変な声だけどるるはちっとも気にはしません。

「トナカイだ。お前、とんでもねえこと願ったろ?いま」

窓の外の顔は確かにトナカイっぽい顔でした。でも明らかにくたびれていましたからるるには人間のように見えました。喋ってるし。

「なんのこと?るるあなたには願ってないよ?」

「おいおい、嘘つくなよお前。いまこそママが嘘つかないって言ったばかりじゃねえかすごいなお前。願ったろ?サンタが三日月にうんぬんってよ。やだー、じゃねえよ、可愛く言ったら全部許されるとか思うなよクソガキ」

「るるはクソガキじゃない!」

るるはむかっとして反論します。世界の中で、るるを知ってるのはるるだけだって、彼女は小さいけれどとてもよく知っていました。

「お前・・よく言えるなそんなこと。なんだ?前世は大量殺戮を陣頭指揮して夕陽をバックに演説とかしてた?三日月に渡れって?サンタの野郎に?誰がソリ引くんだ?お前が引くの?」

「あなたサンタさんのトナカイ?すっごい!るる初めて見た!」

窓のガラスにべったりと張り付いて、るるは口を大きく開いて言いました。厚いガラスを隔てているのに声は至近距離でとても聞こえました。

「え?聞いてた?お前、パパとママすげえ賢そうじゃん。おれ不安だぞ?聞いてたよな?誰がソリ引くんだ?バカなお前?」

刈り取る鎌の形をしたお化けの崖が不敵に笑った、そんな気がして。

「聞いてたよ、聞いてたじゃないかバカはお前だ。るる得意だもん、聞いたり 見たり。躍るのも得意だよ?見せてあげる?」

むかっとしたるるは無敵です。汚い言葉も自分勝手な提案も、お化け崖が不敵に笑うのみのクリスマスの夜。

「えー。取り消さないのかよ。無理だって無茶だって三日月ってお前、紙に書いたもんじゃねえんだぜ、実際にあるんだぜ、紙に書いたもんならやりようあるけど、無理だって無茶だってうわーまじか渡る?渡れんの?おれ死んじゃわない?」

毛の深いトナカイの顔に汗のマークが浮かびます。お化け崖が不敵に笑う、クリスマスの夜だから。

「嫌なの!?」

無理無理言うトナカイにむりむりとしてるるはむかっと言います。握った拳が熱をもちます。

「嫌に決まってんだろ?“嫌なの!?”って、お前、すごいわーお前、じゃあお前なら渡れんの?お前さん渡れんの?おっさん無理だって言ってんのに?渡れんの?無茶だってー。距離すげえってー、空気ねえらしいじゃんー、酸素めちゃ使うのに空気ねえってどういうことだよー、無理ってことだよー、お前、無理って言ってくれよー、な?お前、な?」

「無理無理言うな!バカはお前だ!しょうがない!るるが手伝ってあげる!行くぞレッツゴー!」

そう言いましたけど、るるは寝間着だから外には出られません。でも威勢はよかった。

「ちょっと待ちなよ、嬢ちゃん。後ろを見てみな。驚きはしないかい?」

しょうがなくなったトナカイはくたびれた表情でるるに見返りを提案します。トナカイのくたびれた表情は、きっともう貼りついちゃってるのね、るるは思います。

「わお!パパもママも止まってる!」

「そう。サンタの魔法さ。ヤツは思いのままに時を操る。じゃないと一晩で世界中の子供にプレゼントなんて無理だろ?いかれた化け物だ」

「なんでるるは動けるの?」

「それもサンタの野郎が化け物たる所以さ。あいつは時の支配範囲を選択できる。可哀想に嬢ちゃん、気に入られちまったな」

「サンタさんに!?るる、お気に召したの?」

「どうやら、な。じき姿を現すよ。わくわく待って、失敗だったな」

そう言ったトナカイはくたびれた表情をさらに一層くたびれさせました。さすがにトナカイは分業制だと思っていたるるは、時の支配の話を聞いてトナカイも孤軍奮闘なのだと知りました。それはくたびれた顔にもなるってもんだ。

「楽しみだなー」

るるは窓の桟にちっちゃなあごを乗っけて左の踵を上下にさせてリズムをとりながら夜空を見上げます。サンタクロースは絶対空からやってくるから、とんとんとん。とんとんとん。

窓の外でしゃがんだトナカイは、親が固まって動かないのに変わった子だ、と思いつつ煙草に火を点け夜空へ吹きかけます。だからサンタが気に入ったのかもな、暮れ行く煙が冬に沁みます。

三日月は上弦の形で輝いていて、

「あの湾曲した部分に寝そべったら頭を上に血が上らなくていいんじゃない?」

るるはそう思って、三日月に寝そべる自分の姿を想像してにやにや。踵はとんとん。


その時です。

「やあるる、こんばんは。メリークリスマス、元気かい?」

赤い衣装に白い肌、明らかに不自然な付けた様な髭は艶々の銀色で三日月に光っています。銀狼みたいだ。

「わあ!びっくりしたあ!でもこんばんはメリークリスマス!サンタさんね?トナカイに聞いてます」

赤い衣装に白が映えるから、一目でサンタクロースだとるるは分かりました。トナカイと同じにゅっと出る突然の登場に驚きはしたけれど。サンタクロースの国ってそんな人ばっかり?

「お前、なに喋ったんだ?」

「お前の悪口だよ。わかるだろ?」

窓の外にしゃがむトナカイを睥睨(へいげい)して言うサンタクロースに、やれやれという表情と嘆息交じりでトナカイは答えます。

「お前、あのこと言ってねえだろうな?」

「俺は教えた方がいいと思うけどな。それも人生だろ」

サンタクロースとトナカイは、ひそひそひそと話をするもんだからるるの耳にはなにも聞こえませんでした。けど、顔をくっつけ合って仲が良さそうだからるるは良かった。

「サンタさん、取り込み中すみません。るる、質問があるのですが」

加速度的に増してゆく踵のとんとんを助走に変えて、窓の桟に乗り上げてるるは笑顔で質問を要求します。良い笑顔だ、サンタの心に火が灯ります。

「なんだい?るる。サンタの国の在り処なら秘密だぜ?俺たちは秘密結社だからな」

「ハッ!こんなバレバレな秘密結社があるかよ」

腐った示威行動者の様な物言いで言うトナカイを赤いブーツで蹴っ飛ばしながらサンタはるるの質問を待ちます。ブーツは絶対に雪とかで濡れるからきつめに防水加工が施してあります。

「あの三日月にるるは渡りたいのだけれど、お化け崖から飛び出したらいけるって思うのですけれど、サンタさんってそういうのってどう?るるは好きだと思うな」

人の気持ちをまったく無視して、るるは決めつけた言い方でサンタクロースに尋ねます。これはもはや質問ではない。

それでもるるの良い笑顔で灯った心の火は、業火だとその身を焦がしちまうけれど、キャンドルの様に暖かなものだったからサンタクロースはちゃんと答えます。

「るるは良い子かい?」

「るる?めっちゃ良い子だって界隈じゃ評判です!いまは固まってしまってるけど、パパもママもるるは良い子だっていつも言ってる!」

「そうかい。なら、答えよう。あの崖を踏み台に三日月に届くかって?答えはな、るる。“わからない”、だ。だってやったことねえんだもん」

自らの命を燃やす恒星の光を、命なんて燃やしてるのに申し訳ないから精一杯反射して輝く三日月を手かざしで仰ぎ見てサンタはるるに答えます。

「できるわけねえだろ」

赤いブーツが一際強くトナカイの脇腹に突き刺さります。でも赤いブーツの先端は丸いからあまり痛くはありません。

「じゃあ、やってみようよサンタさん!やって見なくちゃ分からないって、歌はたいてい言ってますし。るるに任せて、応援するから」

窓の桟に置いた小さなるるの手は、真新しい細胞が健康な色で細やかです。

「るるが応援してくれるのか?じゃあ、やれそうかもな。どうだ?トナカイ」

「やっぱりこうなるんだよな。嬢ちゃん、俺は無理だって言ったじゃん。跳ぶの俺だぜ、その俺が無理だって言ったのさ。嬢ちゃんの応援って、“がんばれー”とか“フレーフレー”とか言うだけだろ?力にはなるよ?そりゃ力にはなるけど、実質的な跳躍力には、よくて24センチ記録が伸びるくらいだな。クリスマスイブだからな。分からない?24日だってことさ、言わせる?跳ぶの俺だよ?仕打ちひどくない?えー、無駄だと思うけど一応断っとくぜ?地球大地の崖から三日月へって?絶対に無理だ。だから俺は跳びたくはない」

「この世に絶対ってある?」

るるは窓の桟によじよじ昇って、トナカイを見据えてはっきりと尋ねます。窓は出窓で、るるはずずい。

「あるだろ。絶対的な不可能って絶対あるぜ」

「いやトナカイ。俺は、100%絶対って無いって思うな。どんなものでも絶対って無いんじゃないか、深く考えれば考えるほど、そう思えてくるよ」

サンタクロースはるるの意見に乗っかりました。小さな女の子の願いを正当性にして、顔は意地悪な悪魔的。

「それみたことか。嬢ちゃんは罪深い子だ。まだ、俺たちが概念すら生まれていなかった頃、ある哲学者が言ったのさ。”自分が物事の本質を理解できていないって知ることはとても大事”ってね。でもどうしてかお嬢ちゃん、あんたはクリスマスの日だってのに無知を知らずに無茶を願ったね。暗い夜道は行けるよ。俺は鼻がピカピカ光るからな。でも三日月に渡れって、それは無理だと知ってはくれない?」

「お鼻光るの!?赤!?ねえ、赤?見せて、お願いるるのトナカイ!」

ソクラーテスまで引き合いにしたトナカイの決死の願いも届かずに、るるはもうすでにトナカイを自分の側だと断言します。でもその顔には喜びと好奇心がごちゃ混ぜになって、新しい秩序が生まれそう。

るるのお家のストーブを避けたもみの木に飾られたベル型のオーメントが艶消しの赤金でカランと光ります。

(クリスマスツリーより赤いといいけど)

艶消しの良さがまだわからないるるは踵をふにふにさせてトナカイの行動を待ちます。髪の毛の一本束が一回ストーブの気流に舞ったりしてさ。

サンタクロースをちらりと見やったトナカイは、一回溜息を大きく吐いて観念します。口にこそはしないものの、手仕草と表情が命令をしています。

「光った!!すごい、すご、うわあ、トナカイさん、ううん、ありがと、夜道もへっちゃらだね」

窓の桟には手を置いたまま、目を下斜めに向けるるは魔女のリンゴの様にピカピカと赤く光る輝きよりも、トナカイの自然生物的な毛穴の黒ずみが気になりました。というか柘榴(ざくろ)の種子みたいでちょっと気持ち悪かった。

「嬢ちゃん、そりゃないぜ。近くにあって見えないってことさ。見てろ」

そう言うとトナカイはいつの間にか連結していたソリを引き連れてるるの家の窓から夜空へ駆け登って行きました。その進路はまるで三日月を目指して。

「わあー、超きれい!!」

見てろ、と言われたるるは窓に視線を戻して夜空を見ました。フィンセント・ファン・ゴッホの様な紫色の夜空にトナカイのピカピカ光る赤い鼻が飛行機のインジケーターよりも輝いて流星の尾を引いていました。

「遠くにみるからきれいなものって、あるさ」

そう言うとサンタクロースはジャンプ一番、赤く輝く鼻を目印に尾を引くソリに乗り込みました。三日月にトナカイとソリとサンタクロースのシルエットが重なって、その影絵はるるの心に深く濃く焼き付きました。憧れたクリスマスをるるは4歳の身空で手にしてしまった。

「すごい!るるの憧れた景色だ!」

るるは窓の木ノブを横に捻って、外と家とを隔てる境界を押し開けます。クリスマスの夜風の冷気が圧力の差でぶわっと流れ込み、るるの前髪をかき上げて小さな全身を過ぎ去ります。

窓が夜風で閉まらない様に両手で押さえたるるの瞳は、憧れの景色に涙が浮かんで幾千の星のまたたきよりもキッラキラ。冷気に紅潮した頬は、智慧の果実よりも真っ赤っか。

「トナカイ、あの崖に重なる様に。それから三日月に重なる様に」

「わかっているよ」

るるに聞こえない様小声で打ち合わせたサンタとトナカイは、まずはるるの言うお化け崖を目指します。

トナカイの引くソリの車輪が夜空の道で滑らかに回って、ラジアルベアリングに取り付けられた鈴がシャンシャンと鳴ります。

「うわあー、いい音おー」

三日月を目指そうっていう車輪回転の激烈と適切にグリスアップされたベアリングの潤滑で発音される鈴の合奏が、るるのハートに響きます。月光を反射して煌めく鈴が、星のメロディーを具現化してるみたいでるるは恍惚(うっとり)。

「助走が必要だ、トナカイ」

「わかっているよ」

ちらりと見たるるの表情が福音を待つ天使のそれに見えたので、トナカイはチッと一発舌を鳴らして、目指すはお化け崖の最尖端、に重なるポイント。

「ジングルベール♪ジングルベール♪ふっふふんふんふーん♪」

るるはもうご機嫌。鈴の音に合わせて歌を歌って。実はもう、三日月に届かなくたってるるは満足ですけど、そんなことはおくびにも出しません。

「見ろよトナカイ、るるが歌ってくれてるよ。俺たちの歌さ」

「あわてんぼうのやつじゃなくて良かったな」

お化け崖の最尖端に重なるポイントに届いたトナカイは、助走をつけるポーズのために一度ソリを停車させます。軸受けの振動が止まって鈴の音が遅れて止んだその静寂が、るるの期待を膨らませます。

「いけえー!」

わくわくが漏れ出したるるの掛け声を号砲に、トナカイは崖の頂上から下って見える様斜めに三日月目がけて走り出します。鈴の音が再び鳴動を始め、星光を反射して光の撥(ばち)の狂騒みたい。

「この上ない応援だな。漲(みなぎ)るだろう?トナカイ」

サンタクロースはるるに見える様、大袈裟に手綱を躍動させます。トナカイは言葉が分かるから手綱なんて必要はないけれど、様(さま)になってカッコいいからとサンタクロースは付けたまま。実は手綱は先代のトナカイの皮でできていて、本心は彼を忘れたくないから。

「聞こえねえな。あんなちっぽけの応援なんて」

ひどい事を言うように見せかけて、全速力のトナカイの顔は慈しみを湛えたにやり。サンタもそれは分かっています。

サンタクロースの手綱に導かれ、疾走するトナカイはるるから見たら完璧にお化け崖を駆け抜けて見え、奥の星が優しく光ります。今回ばかりに限っては手綱も必要、だってるるみたいな無茶な子供はそうそういやしないから。

るるから見たら崖際に届いた所でサンタクロースが手綱を一鞭、トナカイは三日月目指して夜空に飛び出しました。

車輪の鈴が煌めく撥(ばち)が、三日月への夜空の道に零れ落ちて道標。お化け崖に生息する自信の少ないあらゆる生物がそれに見惚れます。だって、僕らだって月に渡れそうな光の撥(ばち)。

「届け!届け!るるの願い!」

るるは智慧の果実よりも真っ赤な頬を躍動させて手に汗握り声援を送ります。圧力差の均衡がおさまって、すでに風は無風。

「届くさ、るる。なあ、トナカイ」

「話しかけんな、的がずれる」

サンタクロースはすでに悠々自適。ソリのふかふかなクッションに深く座って三日月を眺めます。ちっとも近付きなんかしないけど、あの子にはきっとそう見えるはず。

「うっわあー」

三日月の輝きにソリのシルエットが重なった時、るるは届いたと確信しました。青紫の夜空には、三日月と星の煌めきが沢山。夢の世界の様な巨大な崖と、月に重なるサンタクロースのシルエット。それとトナカイと箱型のソリ。

「るる、目に焼き付けたからね!心に、焼き付けたからね!」

遠いはずの三日月に行ってしまったトナカイに向かって、るるは精魂込めて叫びました。聞き分けの良いサンタクロースよりもトナカイの方がるるはお気に入り。届くといいな、届くといいな。

「どうだった?嬢ちゃん?」

「うえっ、びっくりした。え?なんで?」

三日月を指差して、あそこに行ったはずのトナカイにるるは尋ねます。表情は困惑、三日月は相変わらず。

「サンタの野郎さ。嬢ちゃんの時も止めやがった」

姿のないサンタクロースに苦い顔をしてトナカイは言いました。まるで悪い事のように。

「ええー!るる、ちっとも気付かなかったあ。魔法にかかったのね。じゃあ、もう夢の時間はおしまい?」

るるは賢い子なのです。魔法にかかってしまったということは、トナカイがニヒルに喋ってサンタクロースが願いを叶えてくれる夢の世界は幻に変わるのだって理解できるのです。その幻を、この世界は思い出と呼ぶとも知っちゃってるしさ。

「ああ、おしまいだ。声が届いたぜ。心に焼き付けただろ?」

「うん、そうね。でも、やっぱり、ちょっと残念の方が強いから、少しだけ悲しい」

るるは窓の桟に小さな両手を置いて、哀願ともお別れとも言えない表情を見せます。トナカイは苦い顔をしました。

「そんな顔するなよ嬢ちゃん。俺だって別れは辛いさ、でもそれが人生だ。今日は聖夜さ。何かを得るにも何かを失うにもお似合いの日さ」

「そうね。るる、なんだかトナカイさんに大人にされた気分。初めての体験だわ」

「人聞きの悪い事言うなよ。まあ、喜んでもらえて成長までしてくれて何よりだ。じゃあな、嬢ちゃん」

「また来てね、トナカイさん」

「・・・おれは大人でリアリストだから言うけどさ。もう会うことはないな。じゃあな、嬢ちゃん」

「知ってるわ。でも、待ってる」

窓の桟に小さな両手を置いて、無理矢理に口角を上げた歪な表情でるるは見送ります。去り行くトナカイが寂しくないよう。佇む自分が悲しくないよう。

「行こう、トナカイ」

瞬きの一回で現れたサンタクロースを乗せてトナカイは再び夜空に向かいます。振り向いたるるを見る顔は、にやっと笑って暖かかった。

ベアリングの鈴がシャンシャンと鳴り、光の撥が後追いの道。追いかけては行きたいけれど、不可能を知るのもまた人生だ。

今日は大いなるクリスマス。時間が止まってお化けの崖が笑う夜。あとどれくらいで動き出すかは知らないけれど、幻という名の思い出を噛み締めるようにるるは眼を閉じた。

 


             トナカイさんに大人にされちゃった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アティックストーリーズ 円窓般若桜 @ensouhannya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る