第43話「里親と姉弟」
「優君はね、私の代わりにお父さんのお店を継ぐの」
美優さんが春野先輩に話したのは、もう決まってしまっている俺の将来の事。
彼女の言う通り、俺は美優さんのお父さんのお店を継ぐ事が決まっている。
もちろん、強制ではなく、俺を含め関わる人全員で話し合った結果だ。
とはいっても、俺と美優さん、それに翔太と翔太たちのお父さんの四人で話し合っただけなのだけど。
「えっと、それは……それで、夏目さんたちはよろしいのでしょうか?」
意外にも春野先輩はそれほど動揺をした様子は見せず、本当なら何回かやりとりして行きつくであろう事を質問した。
やっぱり頭の回転は早いんだよね。
「うん、もちろんいいよ。むしろ私たちからお願いした事だからね」
「どうしてですか?」
「私はパティシエとしてやっていきたかった。だからお父さんのお店を継ぐわけにはいかないの。だけど、弟の翔太には致命的なほどに才能がない。そこで白羽の矢が立ったのが、幼い頃からよく私たちと一緒にいた優君だったわけ。優君の事、みこちゃんには教えたよね?」
美優さんの優しい声でされた質問に対して、コクリと頷く春野先輩。
いったい何を言ったのか。
その場にいなかった俺にはわからないのだけど、今は聞けるような雰囲気ではない。
だから俺は黙って美優さんと春野先輩のやりとりを見つめた。
「でも、お父さんのお店をご家族以外の方に渡すのには抵抗があったのではないですか? 特にお父さんは……」
「うん、いい着眼点だね。じゃあみこちゃん。一つ質問があるんだけど、この施設にいる子たちを見て何か気付かなかった?」
「えっ? え、えっと……」
急に予期せぬ質問をされ、春野先輩は困ったように視線を彷徨わせ始める。
美優さんの顔を見たり、何もない白い壁を見たり、後は俺の顔や寝ているまなの顔に視線を向けた。
だけど、答えは得られなかったようだ。
そりゃあこんな質問を急にされたら答えられるわけがない。
この施設をよく知る俺でも答えられないと思う。
「みんな幼くなかった? 一番大きい子でも、中学に上がってないよね?」
「あっ、確かに……」
「その理由はね、この施設に限ってだけかもしれないけど、みんな中学に上がるまでには里親が決まって里親に引き取られるからなの」
「えっ、でも……」
美優さんの言葉を聞き、春野先輩の視線が俺に向く。
言いたい事はわかる。
中学に上がる頃に里親に引き取られるのなら、どうして俺はここにいて、里親がいないのかって聞きたいんだろう。
実を言うと、俺にもちゃんと里親がいる。
ただ、一緒に暮らしていないだけだ。
「さて、ここで話が通じるんだけど――実はね、優君と私は家族なの」
「えっ、えぇ!?」
一際大きな声で驚く春野先輩。
その声によってまなが小さく呻き声を出して身をよじり始めた。
俺たちは皆視線を交わしてお互いにシーっと鼻の前で指を立て、お互いに音を立てないように合図をする。
すると、まなはまたすぅすぅと寝息を吐いて寝始めた。
まなが再度眠りについた事を確認すると春野先輩はすぐに謝ってきたのだけど、今のは美優さんが悪いと思う。
いくらなんでも切り出すのが急すぎだ。
「ごめんごめん」
俺が物言いたげに美優さんに視線を向けると、美優さんは両手を合わせて謝ってきた。
その姿が小学生が謝っているようにしか見えなかったというのはここだけの話だ。
「元々里親はいつも募集されているんだけど、大抵幼い子のほうが人気があるの。でも、幼かった頃から優君はいつも他の子に譲り続けた」
「里親の方がお選びになるのに譲る事ができるのですか?」
「里親は子供を選べないよ。性別や大体の年齢の希望は出せるけど、あの子がいいとは選べないの。だから、優君は他の子が選ばれるように職員さんに話をつけてたってわけ」
「……小学生以下の幼い年齢でですか?」
「まなちゃんと同じでこの子も賢かったからねぇ。授業を受けてない事があるから勉強はできないけど」
あの、美優さん。
最後の一言は必要だったんでしょうか?
色々と過去を暴露されている中、褒められているのか遠回しに怒られているのかわからない事を言われどう反応していいかわからなかった。
その間も美優さんの話は続く。
「多分幼い頃は自分より上の子に気を遣い、ある程度大きくなってからは自分の下の子たちが心配でここから離れたくなかったんだと思う。だけど、中学に上がる頃には里親の元にいかないといけない」
「それで、どうなったんですか……?」
「私のお父さんが里親になったんだよ。『冬月』って苗字は私たちのお母さんの苗字なの」
そう、俺の苗字は美優さんたちの母方の苗字だ。
本当は翔太と同じ苗字になるはずだったのだけど、何を思ったのか美優さんのお父さんが引き取る直前に俺の苗字を冬月という名前にしてしまった。
どうやら前々からお父さんは俺の苗字を冬月にするつもりだったらしく手続きは進めており、美優さんたちに反対されるのを予想して直前まで隠していたようだ。
最初はお母さん側の両親に気を遣ったのかと思ったんだけど、無理矢理お父さんから理由を聞きだした美優さんが言うには違うらしい。
なんかお父さんの勝手な願望が入っているとかなんとかで、美優さんは怒るだけで理由は何も教えてくれなかった。
だから俺は理由を知らないんだ。
「でも、里親は子供を選べないって……」
「色々と手を回したんだよ、本当……。お父さんの知り合いとかに、ね。まぁ優君は昔から職員さんの手伝いをしたり下の子供たちの面倒を見てたから、職員さんたちも後押ししてくれたおかげもあるね」
その時の事はよく知らなかったけど、だから美優さんたちの家に引き取ってもらえたのか。
本当に昔から迷惑をかけまくりだったんだね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます