第42話「目的」
春野先輩は俺の話を全て聞くと悲痛そうな表情を浮かべた。
うん、こうなるとわかっていたから話す事を躊躇したんだけどね。
でも話してしまったものは仕方がない。
「まぁここにいる子たちはみんな似たような経験をしています。この子が特別だったってわけじゃないんですよ」
みんな何かしらの理由で親を失いこの孤児院に来ている。
もちろん大なり小なりの違いはあるけど、全員過去に傷を負っている事は変わりなかった。
だからまなだけが特別辛い思いをしているわけじゃない。
「冬月君はご両親の事を恨んでるの……?」
「恨む? どうでしょうね……恨むよりも、呆れていると思います。俺の事で学習しているならまだしも、性懲りもなくこの子を産み、そして捨てた。学習能力のなさに呆れるしかできません」
「「…………」」
先輩と美優さんは俺の言葉を聞いて黙り込む。
先輩は何を言ったらいいかわからないといった表情をしており、美優さんはこの機会に好きに吐き出させようとしているのが表情からわかる。
今まで親に対する不満を俺が言ってこなかったからいい機会だと思ってるのかもしれない。
「だから俺は決めているんです。この子は俺が育てるって。高校を卒業したらこの子を引き取るつもりなんです」
「だったら、お金は貯めておかないといけないんじゃないの?」
俺がまなを育てると言うと、申し訳なさそうに先輩が口を挟んできた。
言いたい事はわかる。
高校を出て働いていたとしても、新卒の給料では自分が生活をしていくだけで精いっぱいだ。
それを避けるには今のうちにお金を貯めておくのが一番だと俺も思う。
だけどそうしないのには理由があり、卒業後の事に関しても俺はちゃんと考えている。
「ここにいる子たちは過去に傷を負っていると先程話しましたよね?」
「う、うん」
俺が話を変えると、先輩はどうして話を逸らされたんだろうという顔で頷く。
当然といえば当然の反応だ。
「それなのにここに来てからも辛い思いをしてほしくないんです。身なりをきちんとし、ゲームなども一般家庭なみにはやらせてあげたい。少なくとも、俺と同じ思いをここにいる子たちには味わわせたくないんです。血は繋がってなくてもここにいる子たちは俺にとって家族であり、弟や妹なんですから」
「だから優君は、まなちゃんがここに来る前からこの施設にお金を入れ続けたんだよね」
全てを知る美優さんは優しい目を俺に向けて笑みを浮かべる。
その笑みには『仕方ない子だなぁ』という言葉が込められているように思えた。
若干呆れられもしてるんだろう。
「まぁでも、自分の生活を切り詰めすぎているのはやりすぎだと思うけどね」
うん、ちゃっかり苦言を言ってきたあたりやっぱり呆れられもしていたようだ。
美優さんは俺から顔を逸らし、春野先輩に視線を移した。
俺でなく、先輩に話があるようだ。
「もしこの話を聞いて将来のお金に不安を覚えるなら、それは安心していいと私が保証するよ」
「いえ、別に心配はしていませんけど……ただ、やっぱり冬月君は優しい人だなぁって思っていただけで……」
「そっか、ならよかった」
あぁ、なるほど。
確かに今の話を聞けば春野先輩がお金を心配し始めるのも当たり前だ。
将来自分もそれに付き合わされることになるのかもしれないからね。
だから美優さんはフォローをしてくれたんだろう。
――って、春野先輩はもうそこまで考えているって事なのかな?
それはちょっと早すぎない?
「まぁでも、一応話はさせて。優君は卒業後、うちの喫茶店の正式なスタッフになると同時に、私のお父さんのお店の正式なシェフになる事も決まってるの。だから今は修行期間というのも込みでどちらのお店でも働かせてるんだよ。本当は、私のお店だけで働いてもらいたいんだけどね」
戦慄していると、美優さんはとうとう俺が二つのお店でバイトを兼任している事まで話し始める。
俺がバイトをたくさんしているのは当然お金を稼ぐのが目的だけど、それなら本当は美優さんのお店でいっぱいシフトを入れてもらうだけでよかった。
喫茶店だけど、美優さんのお店は稼ぎがかなりいいので普通の飲食店よりも凄く高めに給料をもらえるからだ。
まぁ美優さんは俺の技術力に対する評価だと言ってるけど、それは建前だろう。
俺の境遇を知っているから甘くしてくれているんだ。
本当に彼女には感謝しかない。
だけど、美優さん。
その話までするのはさすがにどうなんだろう?
いくらなんでも春野先輩を信用しすぎなのと、饒舌すぎるんじゃないだろうか?
翔太といい、この姉弟は実は口軽だったのかな?
「ねぇ優君、今心の中で私とあの愚弟を同一扱いしなかった?」
一人黙って考えを巡らせていると、急に美優さんがクルッと首を回転させて俺の顔を見てきた。
その表情はとても素敵な笑顔なのだけど、なぜか半端ない恐怖に襲われる。
慌てて俺が首を左右に一生懸命振ると、『ふ~ん』と言って美優さんは再度春野先輩の顔に視線を向けた。
絶対バレてるのに追及されなかったのは、見逃してくれたのか後回しにされたのかいったいどっちなのだろう。
冷や汗が止まらないんだけど……。
思わぬ恐怖に襲われた俺は、もう余計な事は考えまいと美優さんの言葉に耳を傾ける事にした。
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