勇者、はじめました

ゆーり。

勇者、はじめました①




匠(タクミ)が目覚めると、辺り一面真っ白な世界が広がった。


「おぉ、もしかしてここは・・・!」


アニメや小説などでよく見る白の世界。 ついに自分が来たのかとワクワクしながら起き上がると、目の前に神がいた。 いかにもといった風体の老人で、お約束のように頭の上には輪が浮いている。


「よくぞ参った。 ここは天界、お前さんは死んだのじゃ。 死んだ原因は・・・」

「あー、そんな説明はいらないから! 早く俺を、異世界へ飛ばしてくれ!」


その言葉に神は困った様子を見せる。


「待ちなさい。 物事には順序というものが」

「そんなのスキップスキップ!」

「・・・そんな機能はない」

「はぁ? マジで!? 言っておくけどな。 『死んで目が覚めたら天界にいた。 そこで神様と出会い、異世界へ飛ばされる』 なんていうのはお約束の展開だから! そんなのアニメや小説だけでいい!

 もうお腹いっぱいだ、見飽きたし聞き飽きた! どうせ死んだ原因は交通事故とかなんだろ? そんなの、分かり切っているって」


それに神は溜め息をつく。


「・・・分かった。 では問おう、好きな職業を選べ」

「俺、勇者になります!」


神はもう限界といったように頭を抱えた。


「勇者は職業ではなく、ここへ来た者全てが辿る道のこと。 当たり前じゃ。 平凡な村人を希望されても困る」

「あ、じゃあ剣士で! 一番勇者っぽいし!」

「分かった。 では最後に、お前さんの名を聞こう」


―――普通に“匠”だとつまらないからなぁ。

―――異世界へ飛ばされるんだったら、それっぽい名前を名乗っておきたい。


「俺の名前はアルバートです!」


その直後、アルバートは異世界へと飛ばされた。 もう少し色々と情報を聞きたいところだったが“スキップしてほしい”という願いが叶えられたのかもしれない。 

まるでスカイダイビングのような落下感、広がる景色は空。 凄まじい速度で地面が迫ってくる。


「うわああぁぁぁ、危なぁーい!」


真下に人が見え声を出したが既に遅い。 そのまま派手な土埃を上げ、一人の少女とぶつかってしまった。 見た目的に歳は自分より少し下くらいで、水色のショートカットが特徴的だ。


「ご、ごめん! 大丈夫? 怪我はない?」


慌てて起き上がり彼女に手を貸す。 あんなに派手に衝突したのに彼女はケロッとしていた。


「はい。 人との意図しない衝突は、争いを避けるために被害がないんですよ」


思えば確かに自分もどこも痛くない。 正直匠の知識からすれば意味不明だが、ここが別の世界となればそのようなことも有りなのかもしれない。


「そっか、ありがとう。 あ、俺は今日から勇者を始めたアルバート! 君の名前は?」

「私はエミリアって言います」

「エミリアか、よろしくね。 ・・・ところで、早速で悪いんだけど街はどこにあるのか教えてくれる?」


見渡してみれば一面の草原で、街らしきものは影も形も見えない。 チュートリアルもないのが不親切な気もするが、リアルと思えばそれも有りだ。 幸運にも優し気な少女と知り合えたのは嬉しかった。


「あちらですよ。 よかったらご案内します」

「いやぁ、本当にありがとう。 助かったよ。 勇者なんて初めてだから、右も左も分からない状態でさぁ・・・。 って、うわぁ!?」


話しながら歩いていると柔らかいものに当たった。 見るとどうやら緑色のスライムのようなもの。 可愛らしい顔をしてぷよんぷよん跳ねている。 

大きさはバスケットボールを二回り程大きくしたくらいだ。


「あれ、コイツ可愛いじゃん。 もしかして敵だったりする? 誰がこんなヤツに殺されるかっての」


余裕こいてスライムを撫でようとすると、スライムはいきなり高く飛んだ。 そのままアルバートの真上に落ちる。


「ぐわぁ」

「スライムはレベル1のモンスターなので、人に危害は加えません。 だけど乗っかられると重くて厄介なんです。 今助けますね」


エミリアが何かブツブツと唱え具現化した炎は、アルバートの上にのしかかるスライムの身体を抉り飛ばした。 スライムは体を保てなくなったのか、ドロリと地面に流れ染み込んでいく。


「え、凄い! てっきり、エミリアは町娘か何かだと思ってた。 もしかして君も英雄の一人?」

「はい」

「レベルはいくつ?」

「43です」

「え、俺はまだ1だし大分上じゃん!」

「まだ私は初心者ですよ。 レベルはすぐに上がります」


エミリアは笑顔でそう言った。 この世界でどの程度を初心者というのか分からない。 だが自分に比べると随分と場慣れしているし、落ち着いている。 ただそうなると少々疑問が沸いた。


「でも、どうしてそんなレベルの人が、レベル1のスライムがたくさんいる草原なんかにいるの?」

「あ、え、えっと・・・。 あ、クエストを丁度終えたばかりで、今から街へ戻るところだったんです」

「そうなんだ」

「それより早く行きましょう。 まずは、武器と装備を整えないと」


何となく腑に落ちなかったが、促されるまま街を目指すことになった。



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