星に祈りを

 ずっと六等星を追い求めていた。




 目に見える中で最も暗い星を六等星、最も明るい星を一等星というそうだ。しかし、実際には地球との距離が遠いだけで、一等星よりも明るく大きいものは無数にある。


 8月13日、蝉の声も静まるほどの暗闇の中、僕は彼女を待っていた。

 約束の時間までまだだいぶある。僕は彼女との出会いを反芻はんすうしていた。


 彼女と出会ったのは、今日からちょうど2年前。星が降る夜のことだった。ペルセウス座流星群が極大化したあの日の空は後からテレビで観ただけだが、圧倒されるほどきれいだった。しかし、両親と進路のことで喧嘩をして、家を飛び出してきた僕には何もかもが暗くよどんで見えた。

 丘の上で一人うつむいていた僕に声をかけてくれた人こそが彼女だった。



 暗い


 目を閉じれば黒く濁った心が、開けば月によって映し出された僕自身の影が映る。

 逆にそれ以外は鮮明に見えなかった。暗闇の泥沼に飲まれた僕は、光を失っていた。


「あの、大丈夫ですか?」


 急に声をかけられ、反射的に顔を上げた。それからしばらく、僕はその先の光景に目を奪われていた。

 声をかけてきた少女は僕と同年代に見えた。流星はもう終わってしまっていたが、彼女の笑みはそれ以上に輝かしかった。

 このときにはもう、彼女のことを好きになっていた。

 しかし、その恋を実らせるのは六等星に手を伸ばすように無謀だった。


 それからの2年間、僕らは多くの時間を二人で過ごした。お互いに色々な壁にぶつかりながらも、支え合って乗り越えてきた。

 その日々は今までの人生では考えられないほど楽しかった。

 ◇


 そして今は……

 約束の時間まで15分、丘の向こう側から彼女はやってきた。


「き、今日は、大事な話があるんだ。」


 身体からだが震えるのは、きっと夜風のせいじゃない。


「2年前、僕らがここで出会ったときから、ずっと好きでした。」


 視界の端に見えた流れ星に祈りを込めて言った。


「付き合ってください。」


 思わず目をつむってしまったが、ちゃんと言い切った。

 流れ星の奇跡を祈りつつ静かに目を開いた。


 空には、一点から星々が流れるように降っていた。

 しかし、燦然さんぜんたる星々も霞んでしまうほどの輝きが目の前にあった。


「はい!」


 嗚呼ああ、やはり綺麗だ。彼女の笑みは一等星だ。

 こうして、星が降り落ちる夜に、僕らは恋に落ちた。



 六等星を追い求めていたんだ。

 そして今は、隣でまばゆい一等星が輝いている。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

六等星は出会ったばかりの距離が遠い彼女

一等星は距離が近くなった彼女を指しています


星の等級が地球との距離で変化するように、恋も距離が肝心となってくるのではないでしょうか?

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