岩を踏みにじる
シメ
些細なきっかけだった
水正さんはとてもエロチックで耽美な人だ。
といっても見た目だけでは水正さんは一般的な「耽美」のカテゴリには入らないであろう。全体的に骨太かつ筋肉質で、手足は筋張っていて太かった。そしてかぎ鼻に眠そうな目、太い眉、肉厚な唇と、どのパーツを見ても美とはかけ離れていた。
だが、水正さんの本性を知った僕にはとても耽美的で美しい人に見えた。ミケランジェロの作った石像のように。春画で犯される女性のように。成人向け同人誌で陵辱されるアニメキャラのように。
*
僕と水正さんが出会ったのはとあるパーティだった。
友達の付き合いで参加した「異業種交流会」という体のワインパーティ。僕はほぼアルコールが飲めない体質なのだが、「とにかく参加する人数を集めたい」という友達の懇願により参加することになってしまった。
土曜の十八時に飲み屋がたくさん入ったビルの四階にある会場のワインバーに入ると、僕は自分の場違いさをヒシヒシと感じた。友達から「服装はカジュアルでいい」と言われていたが、みんなキレイ目のジャケットを羽織る程度にはカジュアルかつフォーマルな格好をしていた。そしてまだ受付をおこなっている時間のはずなのに、みんなまるで元から知り合いだったかのように話に花を咲かせていた。一方で僕は黒いスキニーズボンに好きなブランドと好きなゲームのコラボTシャツ(※分かる人にしかわからないデザイン)、そして大好きな赤い革ジャンという普段の外出時と変わらない格好だった。
心がざわついた僕は会場から友達を必死に探し始めた。それなりに広い会場には二十人ぐらい人が集まっていた。立食パーティ用にセッティングされた机の上にはワイングラスや一口サイズの料理たちが並んでいた。
友達ならきっといつも通り、僕と同じにやってるだろう。そう勝手に期待していたのだが、ヤツもみんなと同じようにキレイ目のジャケットを羽織ってみんなと楽しく話をしていた。帰りたいという気持ちが芽生えた瞬間、友達が僕を見つけて声を掛けた。
「来てたのなら声掛けてくれよ〜。ドタキャンされたかと思った」
「話が盛り上がってそうで……水さしたら悪いなと思ってな」
僕はハハ、と笑って帰りたい気持ちをごまかした。
友達は僕のことを周りの人々に紹介し始めた。イラストレーターで最近フリーランスになった。メカとか女の子とかを今時の絵柄で描く天才。そしてオレとの中学時代からの友達。と。
それを聞き、「どんな作品作ってるんですか?」「ポートフォリオあります?」みたいな事を色んな人から矢継ぎ早に言われ始めた。僕は念の為にと持ってきていた名刺を渡して名刺を受け取りながら「はい……」「その……」「それは……」と人々の言葉の隙間に返事を挟んだ。
しばらくしてそのやり取りが終わり、一段落すると友達が改めて話しかけてきた。
「面白い人たちだろ?」
「そうだね」
本当は「自分とは違う世界の人たちだからわからない」と感じていたのだが、友達の手前なので否定することはしなかった。
「でもお前もあの会社辞めるなんて思い切ったよな」
「そうかな」
僕はゲーム会社でUIデザイナー(画面レイアウトやメニューとかアイコンとかをデザインする仕事)としてしばらく働いてから、イラストレーターとして独立し、フリーランスになった。理由は「今の仕事は自分のやりたいことじゃないから」というシンプルなものだった。決して会社の環境や賃金などが悪かったわけではない。だからこそ「やりたいことができない」というフラストレーションだけで動けてしまったのだろう。他人からするとただのワガママに見えるかもしれない。
今はゲーム会社時代のコネでちまちまとスマホゲーで使用される絵などを描いている。だが本当に描きたいもの――女の子の絵――を描くことはほぼなく、武器や小物、人物だとしても男キャラの絵ばかりだった。女の子の絵に関わったとしても良くて装備デザインまでだった。たくさん絵を描いたのに、僕の描いた女の子の顔は商業的に使用されたことは一切なかった。
「ま、今日ので顔売れるだろうし、きっとやりたいことに近づけるだろ」
友達は僕にニッと笑ってみせた。ああ、本当にコイツは心の底からの好意だけで誘ってくれたんだな。僕は少し照れながら「ありがとう」とぶっきらぼうに返した。
「んじゃ、オレこの会の司会進行やらないといけないから、また乾杯後にな」
「ああ」
友達が去り、僕はまた独りぼっちになってしまった。だが、帰りたい気持ちは少し薄れてきていた。
ぼんやりと立って友達がしっかり司会をしているのを見る。アイツはライターをやってるだけあってか言葉を使う仕事は慣れっこのようだった。内輪すぎず、でもメジャーすぎない程度のネタを言うと会場はドッと沸いた。
「それではみなさん、お手元にワイングラスはありますか? 無ければ今のうちに取りに行ってくださいね」
そういえば酒に興味がなさすぎてワインのことを忘れていた。一杯目だけでも飲もうと思ったが、どこでワインが注がれたグラスを貰えるのかわからなかった。
「あっちですよ」
キョロキョロしていると、中年の大柄な男性が声をかけてくれた。太い指はバーカウンターを指していた。
「ありがとうございます」
僕は男に感謝し、バーカウンターへと向かった。
*
乾杯の合図に合わせて人々はワイングラスを掲げる。僕も慌てて真似をした。手の中のグラスで赤ワインが揺らめいた。そしてゆっくり一口だけ飲み込んだ。プロが選んだワインということで飲みやすくて美味しいものではあったが、あとからくる酔いのことを考えてしまい少し気落ちした。
そして、酒が入ると人は本性が垣間見えるもので。
「売れたいならもっとあの人っぽい絵にするとかさ」
「コンプライアンス的にウチだと萌え絵はな〜」
「メカの方が得意そうだね」
乾杯から少し時間が立った頃、誰かのタブレットに表示させた僕のポートフォリオを見ながら人々は実に建設的な意見を投げてくれた。わかっている。全部わかっているんだ。でも僕がやりたいことではないんだ。
僕は「あの人人気ですもんね〜」「そうですよね〜」「バレちゃいました〜?」みたいに自分を卑下しつつ会話を成り立たせようと頑張った。
「でもコイツは伸びしろまだまだありますよ!」
友達が僕の背中を軽く叩いてくれる。そして小声で「キツかったら向こうに座ってていいよ」と言ってくれた。コイツは気が利いて、優しくて、本当にいいヤツだ。僕はまた友達の好意に甘えて「お手洗いに……」とだけ言ってその場を離れた。背中側からはまだ賑やかな声が聞こえた。
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