青原探偵社怪奇譚

青猫あずき

事件編

 ことの起こりは、青原あおばら探偵社にかかってきた電話からだった。

僕が電話を取るとテイダと名乗る男が一方的に支持を出してきたのだ。


「もしもし、こちら青原あおばら探偵社……」

「テイダだ。事件が起こったすぐに来い」


すぐに来い、などと言われても場所もわからない。

落ち着いて話してもらわないといけない、そう思って宥めても興奮した口調でまくしたてるばかり。しばらくしてテイダという男も何か様子がおかしいと気づいたのだろう。


「おい。もしかしてお前さん、土屋が雇ったとかいう新しい助手か?」

「はい、そうです」


どうやらやっと話が通じそうだ。


「やれやれ、前はツーカーで通じたっていうのに、助手を入れたせいで仕事の能率が逆に落っちまってるじゃねえか。まったく、らちが明かねえ。土屋を出せ、土屋を」


土屋というのは僕の雇い主である女性で、この青原探偵社の探偵さんである。


なぜ苗字が土屋なのに事務所の名前は青原なのかと気になって一度聞いてみた。

答えは、もともと青薔薇探偵社というこじゃれた名前を付けたものの、書類仕事をするときに漢字で「薔薇」と書くのがあまりにも手間だったので音だけ近くなるようにアオバラという今の名前に変えたのだという。

その辺り、土屋さんはちょっとズレた感性の持ち主で、掴みどころのない変人だ。


「申し訳ありません、土屋は今、調査のために席を外していまして。こちらでご用件を伺いますので…」

「話にならん、生贄殺人の件だと言えばわかるはずだ」


別に居留守しているわけじゃないのだから、言えばわかるといわれてもいう相手がいないのでどうしようもない。それにしても生贄殺人事件とはなんとも物騒な名前だ。


 そうこうしている間に土屋さんが戻ってきた。


「ただいまー。鈴木君。何か事件の依頼はあったかい?」


「土屋さん! テイダって人からお電話です! 今まさに! 僕じゃ全然ダメなんでお願いします。なんでも生贄殺人がどうとか」

「テイダ…? ああ、底田ていだ刑事か」


そう言うと受話器を取って土屋さんが電話に出た。


「私だ。事件に進展があったのかな、底田ていだ刑事?」

「もちろんだ、警察をなめるな」


「それで犯人は?」

「わかってる」


「殺害方法は?」

「直接ナイフでぶすり」


傍から聞いている限りなんでもかんでも分かっていて、わざわざ依頼するような謎が残っていない事件に思える。


しかし、ここは【青薔薇】探偵社。青薔薇は多彩な薔薇の花の色の中で、唯一作り出せないとされた色。その花言葉は『不可能』。


「アリバイは?」

「あるにはある。だが、犯人はそいつで間違いねえ」


そう、この探偵社にくるような依頼は「不可能犯罪」と呼ばれるものなのだ。


「わかった。そちらへ向かおう。概要をメールで送っておいてくれ」

受話器を置くと彼女は車のキーを僕に投げてよこした。


「考えながら向かうぞ、運転は任せた」


運転席に乗り込み、シートやミラーを自分の位置に合わせる。

土屋さんは助手席に座って膝にぬいぐるみを置いた。この人は何かを考え込む時は必ず、ぬいぐるみをいじくる。手作りなのか酷くぶかっこうだが恐らくアニメかなにかのマスコットキャラクターなのだろうと辛うじてわかる。


「それで、どんな事件なんです?」

「密室殺人だ。おまけに犯人にはアリバイまである」


普通に考えてアリバイがあるうちはまだ犯人じゃなく容疑者のはずなのだけど、この探偵社で扱う事件の場合、事情が異なる。


「犯人は佐久間という男で、ヴィジュアル系ミュージシャンだ。やつは知人を自宅に招き神への供物にするために殺した」

「うわあ。おっかない話ですね」


「佐久間は家でホームパーティを開き知人たちをよく家に招いていた。しかし、その日に限って、巡業先から帰る電車が人身事故で止まってしまったせいで足止めを食らい遅刻した。佐久間はメールで知人たちに家の庭に置いてある合鍵で先に入っているように伝えた。しかし、実は佐久間以外にも遅刻者がいた。というか佐久間が足止めを受けた事故以外に別の事故があってダイヤが乱れていたんだ。1人を除いて皆パーティに遅刻したというわけだ。遅刻組が佐久間より先に着くも家の鍵は開いてない。先に着いた一人が家の中にいる気配もないし、合鍵も隠し場所に入ってない。不審に思い窓から中を除くと……」


「ナイフでぶすりとやられた遺体を発見した、というわけですか」

「机の上に胸を刺された死体が横たわり、シャンデリアに照らされた様子はさながら悪魔的な儀式だったと書かれているな」


想像するだに悪趣味だ。


「怖いなあ。でも、それって密室なんですか? 合鍵が見つからない限り、被害者自身が合鍵で中に入って、後から来た犯人が殺して、悠々と外に出た後で合鍵を使いロックして逃げる。それだけでいいじゃないですか?」

「その合鍵が見つかったのさ。……被害者の腹の中からね」


 現場に到着して、僕は戦慄した。家の外観からして怪しげな洋館といった趣で、ヴィジュアル系のミュージシャンだからなのかそれとも本当に悪魔狂信者だったからなのかは知らないが非常に不気味な建物だ。

 家の前にはパトカーが止まっている。よれよれのコートを着たオッサンが僕たちを迎え入れてくれた。


「鈴木君、この人がさっきの電話相手、底田ていだ刑事だ。刑事、私の助手の鈴木君です」


「先ほどはお手数かけまして、すみません。改めまして助手の鈴木です」

「早く慣れてくれよ」

無愛想にそう言うとすたすたと先に行ってしまった。なんだか好きになれそうにない。


 部屋の中にもう遺体はなく、白いテープが人型に象られていた。

床には赤黒い染みが残されグロテスクな装飾として仕上がっている。机の周りだけでなく周囲の棚も怪しげな剥製や骸骨が飾ってあって、非常に不気味だ。

そんな中、土屋さんがふと目をとめてじっと見ているものがある。

うわ、趣味悪。そこにはぬいぐるみが赤黒い液体で染められている。土屋さんが抱えてたぬいぐるみ、このキャラクターだったのか。視線を土屋さんの方へと移すと、彼女の眼は静かな怒りで燃えていた。


となりの部屋では、騒ぎ声がする。いつまで拘束されるんだ!とわめいているのを聞くに、恐らく容疑者としてパーティに呼ばれた知人と犯人…もとい犯人候補の佐久間氏が部屋に留め置かれているのだろう。


「鈴木君。準備をしたら、直ぐに解決編と行こう。神様もこんな生贄なんて望んじゃいないだろうし、無実の者を長く拘束するのもよくない、犯人はすぐにでも始末しないとな。さあ、少しばかり手伝ってくれ」

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