第30話「高橋くん、絶対に勝って」
「これより黄桜高校と市立睡蓮高校との試合を行なう。互いに礼!」
整列して向かい合うと、鷲尾がいつになく大きく見える。
身長が伸びたわけではない。気迫があって気力が漲っていて、それが大きく見せている。
しばらく見ない間、そんなに成長していたのか。
俺と鷲尾は先鋒だ。だから有利不利無く、思いっきり戦える。
何のわだかまりも無く決着が付けられる。
とても嬉しかった――
「……おい、高橋」
自分の控えるところに戻ろうとしたとき、鷲尾が俺に話しかけてきた。
言葉を交わすことはないと思っていたので少し驚いたが「なんだ鷲尾」と返事した。
鷲尾は俺を見据えている――
「本当に、俺と戦うのか――いや、戦えるのか?」
出たのは確認の言葉。
侮りではなく、普通に心配しているんだろう。
こいつ、相変わらず優しいな……
「ああ。戦えるさ」
「そんな身体で俺に勝てると思っていたのか?」
「……思っていたとは、随分だな」
試合場の中央で話していたものだから、主審が「二人とも準備しなさい」と注意してきた。角谷先輩も黄桜高校の大将――佐藤と垂に書かれていた――も俺たちに「何しているんだ」とやめるように促す。
「これでも稽古を重ね、鍛錬を積んできたんだよ」
「ふざけるな。無理に決まっているだろうが」
「そうかな? 俺は……感謝している」
これだけは試合前に言わないといけない。
鷲尾の目を真っ直ぐ見て、感謝の念を伝えた。
「お前ともう一度戦えるように鍛えてくれたこと。そしてこんな機会を与えてくれたこと。俺を支えてくれたこと。俺の仲間になってくれたこと。全てに感謝している」
「…………」
「もちろん、戦ってくれるお前にも感謝している――鷲尾」
鷲尾は口を固く結んで、何かに耐えるようにして――ゆっくりと開いた。
「もう何も言わない。だが俺もお前ともう一度戦いたかった」
「それは嬉しいな」
「――決着をつけよう」
それを最後に、俺たちは背を向けた。
身体が少し震える――理由は怖れではなく、喜びだった。
「高橋くん、絶対に勝って」
赤のたすきを付けてくれた鈴木が、後ろから声援を送ってくれた。
鈴木には本当に世話をかけたな。感謝しても足らないくらいだ。
面を付け終わった俺は静かに頷いた。
定位置につき、中央まで歩み寄って蹲踞する。
面を互いに付けているため、表情は見えないけど、自分が笑っているのは分かる。
ようやく、このときが来たんだ。
絶対に――勝つ!
「――始め!」
主審の合図とともに、俺たちは立ち上がる。
待ちに待った鷲尾との勝負だ!
俺は竹刀を挙げた――右片手上段の構えだ。
鷲尾はさほど動揺しなかったが、体育館中がどよめくのが遠くに聞こえた。
双葉工業との試合では見せなかった構えだ。
鷲尾相手に出し惜しみはしない。
俺の本気、いや全てを出し切って勝つ。
それしか考えないし考えられない。
足さばきを使って弧を描くように鷲尾の様子を窺う。
鷲尾はやや剣先を高めに構える――平正眼だ。
上段に対する一般的な構えで、流石に心得ていた。
俺は足を使って間合いを曖昧にして――長めに構えた竹刀で面を放つ。
鷲尾は冷静に受けて鍔迫り合いに持ち込んでくる。
柄を短く持って接近戦に備える――引き面を打たれた!
「面ぇえええええん!」
だがこれは見え見えだったので竹刀で防御できた。
離れた俺たちは再び上段と平正眼にそれぞれ構え直す。
今度は鷲尾が右回りに足を動かして様子を見ている。
相手の剣先が上がっているということは、小手が狙いやすいということだ。
当然、鷲尾なら警戒しているはずだ。
狙うのは難しいし、あいつの返し技は上手い。
下手に仕掛けるのは得策ではないな……
「――胴ぉおおおおおお!」
鷲尾が上段ゆえにがら空きになっている胴を狙って打つ。
そのあまりの速さに俺は面を打つことで、有効打にしないので精一杯だった。
審判が旗を下に振っている――互いに無効というわけだ。
「ふーふー、ふ……」
息切れが激しい。さほど打ち合っていないのに体力が失われている。
「はあ、はあ、はあ……」
鷲尾も同じだ――俺たち、よっぽど緊張しているんだな。
公式試合じゃないのに、ただの練習試合なのに、今まで臨んだどの試合よりも緊張している試合だった。
その事実が――本当にたまらない。
あいつともう一度試合できている現実が信じられないくらい楽しい。
なあ、鷲尾。お前も同じ気持ちだと嬉しいな。
俺は鷲尾を攻める――敢えてあいつの小手を狙う。
鷲尾は跳ね上げて小手を回避する――予想通りだ。
柄を長く持つことで間合いを想像以上にして。
低くなってしまった竹刀を上に伸ばすように。
鷲尾の喉を狙って――突きを放った。
「突きぃいいいいいい!」
鷲尾はまったく対応できなかった。
当然だ。中学生の突きは禁止されているから。
だからこれは、お前が知らない技だ。
片腕を失くしてから得た新しい技だ。
俺の突きは鷲尾の喉に当たった――同時に挙がる赤い旗。
一本、取れた――
「うおおおおお! 高橋、すげえぞ!」
「やったああああああ!」
俺の一本を喜んでくれる、仲間たち。
喜びを噛み締めながら、中央に戻る。
鷲尾を見ると、面の奥ではっきりと分かる笑顔が見えた。
――凄いじゃあないか、高橋。
表情がそう言っていた。
「二本目、始め!」
主審の言葉で俺は素早く上段に構える。
鷲尾は落ち着いて呼吸を整えて――攻めてきた。
鷲尾はまず上段であるのにもかかわらず、面を狙った。
面と言っても真っ直ぐではない。右片手上段ゆえの死角であり隙である、左面を狙ってきた。これは防御しなければいけない――
「胴ぉおおおおおお!」
左面を狙ったはずなのに、胴に攻撃が行く。
まるで最初から胴を狙っていたような打撃――フェイントだったのか!
竹刀の剣先を無理矢理真下に向ける。三所避けに近い防御だったが、勢い良く打った胴の打撃が竹刀に当たったことで、思わず竹刀を落としてしまった。それくらい強烈な一撃だった。
「――面っ!」
結果としてがら空きになった面を打たれてしまう――鈍い痛みが右手首に走る。
「面有り!」
二本目は鷲尾に取られてしまった――激痛が右手首に広がる。
竹刀を取ろうとしても、なかなか掴めない……
「待った! ……君、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
軽く手首を痛めただけだから大丈夫――
鈴木と飛田先輩がこっちに来た。そして小手を外す。
「……ちょっと捻っているっぽい。すぐに冷やさないと」
「腫れているぜ……平気じゃねえだろ」
「大丈夫ですよ、続けましょう」
鈴木が首を振って「駄目。すぐに治療しないと」と言う。
飛田先輩が主審に事情を説明している。
「お、おい高橋。お前……!」
鷲尾が不安そうに寄ってきた。
俺は「心配要らねえよ」と強がった。
じんじんと右手首が痛みを――
「……棄権しろよ。それで戦えるわけねえだろ」
鷲尾が吐き捨てるように言う。
「大体、片腕で剣道をやること自体、無理だったんだよ」
「……さっき一本取っただろう」
「確かにあれは凄かった。しかし――」
「――続けよう、高橋くん」
鷲尾を遮ったのは、鈴木だった。
決意を込めた目で鷲尾をじっと見ている。
「冷やしておけばできるようになる。軽い捻挫だし、骨は折れてない」
「鈴木、いいのか?」
「本当は良くないよ。でも、このまま終わりだなんて、そっちのほうが良くないよ」
鈴木は主審に「お願いします」と頭を下げた。
「十分だけ時間をください。それで痛みがあるようだったら、棄権させますから」
「……だけどね。怪我を押してもやるのかい?」
鈴木が言う前に「やりますよ」と俺は答えた。
「それだけの価値が、次の一本にある」
飛田先輩も「俺からもお願いします」と頭を下げた。
「訳が分からないと思います。でもこいつは、この試合に懸けてきたんですよ」
「……鷲尾くん。君はどうなんだ? このまま続けたいか?」
主審に問われた鷲尾は俺をじっと見つめた。
無い左腕と痛めた右手首、そして俺の顔を――
「……俺も、続けたいです」
鷲尾は今まで溜めていた思いを吐き出した。
「高橋を倒さない限り、俺は一歩も前に進めない。だから、勝負したい!」
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