第12話 魔力確認


 翌日、登録局内に再び、コーヘイとフレイア、マンセル、そしてエリセの姿があった。エリセは書類をチェックしながら、横目で見学という感じだが。


 今日はフレイアが魔導士団からもらってきた魔方陣を、さっそく試す事になったのだ。

 コーヘイの前に魔方陣が描かれたメモ用紙が差し出される。


 彼はフレイアに促されるままに直に陣の円の中心に指を置いてみるが、何も起こらず。


「これで本当にわかるのか?」


 マンセルは胡散臭そうに腕を組み、上から覗き込むように見ている。


 この世界で生まれた人間は量の多少があっても必ず魔力があるので、今までこのような魔力の有無を調べるような魔方陣は作られた事がない。量も、魔法を使わせれば一発でわかるので魔法量の測定の陣もおそらくない。


 存在しない物という事は、わざわざこのためだけに魔導士団が新しい魔方陣を組んでくれたことになる。異世界人のためにそんな手間をかけてくれる事自体、信じられない。新しい魔方陣を構築するには知識と実力の両方が必要で、新しい魔法を生み出すのとそう変わりがないからだ。

 適当な紙きれを渡されて追い返されたと、マンセルが考えるのも当然の事だった。


 フレイアは、改めて今度はマンセルにその紙を差し出す。


「マンセルさんでも試してみましょう」


 何なんだ? と訝し気に思いながら、同じように円の中心に指を置いてみると途端に魔方陣に青白い光が浮かび上がったので、彼は驚いて手を引っ込めた。


「何だこれ、すげえ」


 エリセは無言で席を立つと歩み寄ってメモ用紙を指でつまみ上げ、陣の内容のラインを読み取ってみる。


「なるほど、よく出来てるな」


 卓上にメモを戻すと、彼女は言葉を継いだ。


「強制的に微量の魔力を吸い出し、発光させる仕組みだ。無いものからは吸出しようがないからな。単純だし既存の陣の応用で出来るが、考えた奴は相当に頭がいい。この陣は描かれた形状そのものに意味があるから、この通りの記述で複製していけば永久的に使えるし、この部署にはありがたいかもしれないな」


 こういう世界に来ると、自分も魔法を使ってみたいと考える異世界人は多いから、そんな相談が来た時にも便利そうだ。ただ、メモ用紙のままではすぐに破損しそう。


「つまり、自分は魔力なしって事なんですね」


 コーヘイが残念そうに、気落ちしたように言う。あの方位を知る魔法ぐらいは使いたかった。


「今は、ってところだな。原理はわからんが、いきなり使えたって話も聞くから」

「これで定期的にチェックしてみるというのもいいかもですね。発光があったら、本格的な訓練を始めるようにしましょう」


 フレイアの提案に、コーヘイは納得して詰め所に戻って行った。


 それを見送った少女は、少し厚めの質の良い羊皮紙を取り出し、魔方陣を書き写しはじめた。少し時間はかかったが同じように書きあがり満足げに頷くと指を中心に置き、確認した。きちんと反応する。


 原本のメモはフォルダに丁寧に貼りつけ、用途と使い方、作成者名を記入し、資料棚に保管。

 いちいち指示されなくても、必要な行動をする少女をエリセは頼もし気に見守る。


 エリセも書類の確認が終わったようで、トントンと机に当てて揃えると、憂鬱そうなため息をついた。


「そろそろ定例会議に行って来る」



 二週間に一度のペースで、局長や隊長クラスの会議がある。主に業務の報告会だが、最近は帝国の動きも怪しく、騎士団の方では出兵準備の話もある。

 ここ数年は平和で落ち着いた日々が続いているが、国王一代の間に戦乱がなかった事は歴史上一度もない。

 現国王ジルダール四世は名君だが、ひたすら力だけで圧される外交では、その慧眼も役に立たない。敵はゴートワナ帝国だけでもない。国内にもある。


 戦端が開かれるような事があれば、元騎士団員にも召集がかかる事も多い。エリセはそれもあって、今も騎士団員としての基礎鍛錬は欠かしていないが。


 前回の襲撃も解決していない中、お呼びがかかってはたまらない。


 今回の魔法陣の件で、魔導士団が協力的だったのも気味が悪い。



 異世界人だけでなく、魔導士は騎士の事も筋肉バカと嫌っている。魔法こそ崇高で最高のもであると信じる集団であるから、それ以外はすべて劣っていると考えていてもおかしくない。だから下僕のごとく体を張って命をかけて我々を守れ、というわけだ。

 そんな態度だから、騎士団も魔導士団が嫌いという対立状態。元騎士団員を局長に置く異世界人登録局は、仕事の依頼をだしても今までは最低限の対応が関の山で。

 

 面倒な発表がなければいいがと思いながら会議室に向かったが、予想に反して会議では国境の城にいる第一王子の王都帰還の話題ではじまり、終わった。



◇◆◇


 夏にしては肌寒い曇り空。雨が降り出しそうで降り出さない暗い空は、なんとも不吉な感じがしてたまらない。


 この日、フレイアとマンセルは喪服を着て、街の礼拝所にいた。


 クローディアが亡くなったのだ。


 彼女は元の世界をあきらめこちらで結婚し、二人の子供に恵まれていた異世界人だ。よく登録局に辛い気持ちを吐露するため相談に訪れる回数も多かったから、すっかり局員とは顔なじみだったし、家族の前では大らかな肝っ玉母さんだった。


 子供たちは成人していたが、棺にすがりついて声を上げて泣いている。


 病死ではない。


 殺されたのだ。


 いつものように夜遅く帰宅する家族のために夕食を作り、そのゴミを家の裏手のゴミ置き場に出しに行って、凶刃に倒れ。


 武器を持たない一般女性に対し、惨殺といってもいい複数の傷。

 警ら隊の調査では、その執拗に受けた傷から怨恨の線を疑うが、クローディアは、総じて普通の女性だった。

 家事をして、近所の人と長話を楽しみ、夫を愛し、子供たちを慈しむ、幸せな主婦でしかない。

 恨みを買うような性格でもなく相談内容はいつも元の世界への思慕についてで、トラブルがあった話は何も聞いておらず。


 だから本当に信じられない。誰にとっても、殺されて最後を迎えるような人ではなかったから。


「異世界人がこちらで死んだとき、魂はどちらの世界で生まれ変わるのでしょうか」


 フレイアが苦しそうに言う。マンセルは気の利いた言葉が出てこない。学のあるローウィンなら、詩歌の一節でも引用して、心が軽くなる一言を発するだろうか。



 彼はふいに、視線を感じた。きょろきょろと見まわしていると、街角に十四歳ぐらいの、浮浪児のグループの姿。スリや強盗などの犯罪に手を染めている事も多く、素行の悪さから逮捕者も多い。

 

 クローディアの葬儀を遠巻きとはいえ見ているのはどういう事だろうか。

 その中のリーダー格的な少年が、マンセルの視線に気づいたようで、さっと合図を送って全員で裏路地に引き上げて行った。


 彼は長く危険な隊商に付き従って、不自然なものへの感覚はするどい。マンセルは事件を管轄する警ら隊に、この事を報告する事を決めた。



 事件は終わらず、翌日にはジェリオという名の老人が殺された。

 郊外に住むアレイダという女性、マイルズという男性も続けざまに。

 遺体は切り刻まれ、直視に耐えられぬ有様だったという。



 共通点は、「 異世界人 」である。


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