本命がいるのに乙女ゲームを攻略しないとリアルに戻れなくなったなんていうよくある話
みこ
乙女ゲームはじめました。
ビー……ビー……ビー……。
耳元で不快なエラー音が鳴り響いた。
「え……?何……?」
ふっ、と鳴り止む。これから乙女ゲームを始めるって時に、すごく嫌な予感がする。
目の前には、大きな教会。腰には魔法が出せる宝石が付いた杖。このファンタジックな世界で、ひとり突っ立っている私。
これはまずい気がするなぁ……。
私、水森奈々子。みんなナコって呼ぶ。23歳。VR乙女ゲーム「ドラゴンズ・ラバー」の開発メンバー。今回は、テストするってことでゲームにログインしたのはいいんだけど。
「だ、大丈夫!?ナコさん!!」
突然、耳元で声が聞こえた。ぶわわっと顔が真っ赤になる。み、耳元で急に
このゲーム、ゲーム内でヘッドフォンをつけているわけじゃないんだけど、リアルではつけているから、そこからシステム音声が聞こえるみたい。でも、その音声が思ったよりリアルに耳元で聞こえてどぎまぎする。
だって……、まあ、認めるわけじゃないけど……、開発メンバーの後輩くん、南雲だけはダメなのだ。声が耳元で聞こえるとか、目が合うとか、会話するとか……嬉しくて、照れちゃって、……とにかくダメなのだ。
「南雲くん?どうなってるの?」
今回のテストプレイのシステム監視をしてくれているはずの南雲くんが、ちょっと慌てている声がする。
不安になってポケットから出した手帳にようなものを開く。……ログアウトのボタンが消えてなくなっている。
「水森さん、ちょっといい?」
今度は、耳元でチームリーダーの坂井さんの声がした。
「ちょっとエラーが出ちゃってるみたいなんだ。でも、ゲーム内は多分正常に動いてると思うから。できればクリアしてから出てきて欲しいんだ」
クリア?
誰か、攻略対象である男の人と恋愛すれば……ってこと?
え?
そ、そこまでやる予定なの?
モヤモヤと南雲の顔が思い浮かぶ。
ただのゲームではあるんだけど……擬似体験でも他の男の人とイチャイチャしてるところは南雲に見られたくない、なぁ。
まあ、お仕事なら仕方なくしますけど……。
「でもこれ、クリアって何日もかかるんじゃ……」
「こっちの身体の方はちゃんと保持しておくから。数日くらいなら大丈夫」
そ、そんな……!?
お風呂とか、ご飯とか、いろいろあると思うんだけど……。
でも、開発中、会社に寝泊まりしてたことを思うと、あんまり変わらなかったり?
「わ、わかりました」
しぶしぶ了承。お仕事だし、しょうがないって気持ちもある。
「じゃあ、ナコさん、その教会でキャラメイクしてください」
ナビゲートが南雲に変わり、ちょっと緊張。
「じゃあ、行ってきます」
でもそこから、キャラメイクが壊れてました〜って言いながら、そのままの顔で出てくるまで数分もかからなかった。
「な……っ、ナコさん、そのままじゃないですか……」
「…………」
やっぱりあっちから私の顔見えてるんだ……。
せめて、作り物の顔だったらよかった。
落ち込みながら、教会を出ようとする。
「私、このゲームのストーリー詳しく知らないんですけど」
「あれ?そうなの?」
今度はリーダーの声。
南雲くんは引っ込んじゃったのか……。
でも、恋愛するところなんて見てもらわない方がいい。見ないで欲しい!
「今回の仕事、街とかモブとか専門ですからね」
「そうか……。まあ、知らない方が楽しめるからね」
そうかなぁ。
私の担当は、街やモブ、いわば背景にしかならないものだから。一応企画書や仕様書は読んでいるけれど心許ない。
「こちらに用事があったら、メニューからシステムチャットボタンを押して」
ポケットからメニューを取り出して開く。システムチャットというボタンがあることを確認する。
「が、がんばります……」
大きな教会の門をくぐろうとしたところで……、
ボフッ
と目の前で大きな音がした。
「きゃあっ」
びっくりして顔を覆う。何か爆発したのかと思った……。
恐る恐る目を開けると、目の前には、猫くらいの大きさの、爬虫類が空中をフワフワと飛んでいた。
「これって……ドラゴン……?」
緑の体、紅の翼。大きなきゅるんとした瞳。
か、かわいい……。
「俺は、リュート。ナビゲートドラゴンだ」
リュート……?
そういえば、キャラクター設定のページに書いてあった気がする。
主人公のお供のナビゲートドラゴン、リュート。
キャラデザのマキちゃんがきゃあきゃあはしゃいでたっけ。リュートがどうの、って。
こいつ、か。
「よろしく、ね」
頭を撫でようとすると、
「ちょっ……やめ……!」
嫌がられてしまった。
かわいいマスコットってだけでもないのかな。
小さな手と握手をする。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
街に出ると、人がたくさんいて、びっくりした。それも、本当に、生きてるみたいだ……。
でも確かに、私が知っている街そのものだった。店の配置も、外の風景も。
実際立ってみると、やっぱり違うなぁ。
そう、この景色を見るためにテストに参加したんだ。
リュートも心なしか感動しているみたい。
フラフラと周りをみながら歩いていると、ドン、と人にぶつかった。
「あ、ごめんなさ……」
よろけた先で、誰かに受け止められる。
「ひひひひ、お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
う、うわぁ……怖いお兄さんたちだぁ……。
思ったよりもリアルで、そこにいるみたい……。
「リュート……」
リュートに助けを求めると、
「ナコ……」
リュートも心配そうな顔でこちらを見ていた。
「オレらいいとこ知ってんだよねぇ」
なんて言われながら連れて行かれそうになる。
「や、……だ……っ!」
振り払おうとしたその時。
ヒヒーン、という馬の嘶き。フワッと持ち上げられる感覚。
何……これ……。
気がついたら馬の上に乗っていた。後ろに座っているのは誰……?
パカラッ、パカラッ、パカラッと馬が走る。
誰かの腕の中にいる気、がする。
街の外れまで来たところで、私を助けてくれたその人が、馬から飛び降りる。
私を馬から降ろすために、手を取るその人は、顔を隠すように目深にフードをかぶっていた。
フードから覗く……。
金色の髪……。
青い瞳……。
ウ……ウルフランス王子……!
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