これは紛れもなく『デート』である③
──オシャレは人を輝かせる。
誰が言い出したか分からないが、全くもってその通りだ。
僕はどこにでもいる、冴えない見た目の高校生だ。
クラスの陽キャやイケメンみたいにワックスで髪を遊ばせても似合わないし、スタイルもそんなに良くはない。
けれど母さんに影響されてファッションの世界に足を踏み入れ、ファッションを学び、それを自ら実践することで──簡単に変わることができた。
そして、母さんは僕に言った。
──かっこよくなれたじゃん、
人ってのは本能的に承認欲求を求めているからか、『かっこいい』という言葉でその欲を満たされた僕の心が、かつてないほど舞い上がったことをよく覚えている。
──冴えない僕でも、簡単に変われるんだ。
強力な装備を整えるだけでステータスが上がるように、見た目を彩るだけで美のステータスが上がって見た目が変わる。
周りの評価も。見える世界も。そしてほんの少しだけ、自分の心も──。
その素晴らしさを伝えるべく、僕は母さんの店を継ぐと決めた。
そしてそのための大きな一歩を踏み出すべく、僕は一人の少女──ニセモノの彼女にして最高に気の合う後輩、
〇
「きゃわわ〜!!」
「えっ? それが!?」
目的地へ向かう途中、萌絵が釘付けになった服を見て僕は唖然とした。
「先輩、これ可愛いないですか!?」
「いや、これはちょっと……」
見せられたのは、缶チューハイを片手にブラブラしている、だらしない中年のオッサンとネズミが合体したかのようなバケモノがプリントされたTシャツ。名前は『チューねん』というらしい。
……ていうかこの店のセンス、大丈夫か!?
「えー!? 先輩のセンス、変!!」
「キミには言われたくないんだが!?」
どうやらこの子、重症患者だ。
ファッションセンスが無いのではなく、そもそもセンスのベクトルの向きがおかしいのだ。
「……ほら、行くぞ?」
「じー…………」
目的地へと急かすが、萌絵は動じない。釘付けどころか、完全に釘が奥まで打ち付けられている。
「買うか?」
「……買います!」
予定外の出費だが、ここで買わねば萌絵はこのまま一歩も動かないだろう。
萌絵は僕の問いに即答して、せっせとレジまで走り出した。
〇
あの後、寄り道することなく無事に目的地の女性服専門店に着いた僕たち。
「じゃーん! どうですかぁ??」
「おぉ…………」
試着室のカーテンがばっと開いた瞬間、僕は言葉を失った。
さっきまでの制服姿から一変。
目の前にいるのは、白のフリル
清楚な服装が、萌絵のイメージとしっかり噛み合っていて、なお美しい。
彼女は美少女の域を超えた──まさに天使であった。
「おーい、聞いてますかぁー?」
「……あぁ、すまん!」
「もしかして、私の変わり
「……あぁ。本当にびっくりした」
「やっぱり先輩もそう思いますか!? いやぁ、私なんてびっくりしすぎて鏡に映ってるのが自分なのか信じられなかったですよ!!」
少し
「先輩。私、可愛いですか?」
「うん、可愛いよ」
やはり気恥しさはあるが、それよりも満足感があった。それを体現するように、僕が大きく頷くと、萌絵は両頬を押さえて、
「……くぅぅ、やっぱ先輩の褒め言葉は身に染みますぅ〜……」
「僕の言葉は味噌汁か何かか?」
「えっ、ちょっと何言ってるか分からないです」
「うるせぇ」
もう「可愛い」って言わねぇぞ、バカ。
「しかしこれ、マネキンの着てたやつですよね?」
少し不服そうな顔を浮かべ、萌絵は言う。
「私、先輩が私に似合う組み合わせをチョイスしてくれると思ったんですけど……」
「もしそんなものを全部教えたとして、キミは全部覚えられるのか?」
「あっ、そっか」
手の平をポンと叩いて、萌絵は言った。
それに僕はファッションのノウハウを教えに来たのでは無い。オシャレに自分を飾ることの楽しさ、素晴らしさを伝え、あの子に自信を付けさせることが目的だ。
その第一歩として、まずは難しいことを考えずにマネキンが着る服から選ばせる──それが僕のやり方だ。
「それで、どの服にするんだ?」
「そりゃもちろん、先輩が『可愛い』って言ってくれる服から選びますよ!」
「そっか」
「はい! ということで今度はコレを着てみますね!!」
別にキミが「可愛い」と思ったモノを選べばいいのに。
萌絵の目指す場所が僕の思ってるものとは違う気はするが、さっきまで「センスに自信がない」といってた美少女の心は変えられただろう。
僕は達成感に浸りながら、いろいろと試着する萌絵を眺めていた。
それからも萌絵のファッションショーは続く。
様々なお店に行って、様々な服を試着して、七色に変化する萌絵の姿に、僕はお世辞抜きで何度も『可愛い』と褒めた。
けれど最後の試着のとき、僕はある衝動に駆られた。
「どうですか、これ!? 夏っぽくて良くないですか!!?」
「おぉ、これもなかなか」
バッとカーテンがめくられると、その向こうには涼しげで元気な雰囲気を
上は白のサーマルトップス──後ろにボタンのついたニットシャツに、下には薄い青のデニムパンツ。更には黒の帽子まで被っている。
しかし一つだけ、どうも気になるところがあった。
「……萌絵、ちょっと後ろ向いてくれないか?」
「えっ? まさか後ろのボタン取るんですか? エッチですね、先輩!」
「うるさい。……ちょっと失礼するぞ」
「はぁ〜い。って、せっ、先輩!?」
やはりそのコーデに合わせて髪型も変えるべきだな。
そう考えた僕は手で、萌絵の綺麗で柔らかな髪に触れていた。
「……悪い。嫌なら止めるが?」
「いっ、いえ。悪くないといいますか、先輩だからむしろ良いといいますか」
「なら、いいけど」
「あっ、でもやっぱ……恥ずかしい……」
「…………」
くそっ、こっちまで恥ずかしくなるだろ。
僕は揺れる心に負けず、慣れた手つきでお団子を作ってみせた。
「もしかして先輩、美容師目指してたとか?」
「いや。昔こうやってある人の髪を結ってあげてたんだよ……」
「……先輩?」
ある人を思い出し、髪を結う手が止まった。
「……ごめん、なんでもない」
萌絵の声に応え、僕は萌絵の髪を一から結い直す。
「……よし、できた」
「おぉぉぉ……」
鏡を見ながら全体を整えて仕上げると、萌絵は感激した様子を見せる。
「やっぱ帽子を被るには、お団子ヘアだな」
「ふつーのまん丸とはちょっと違うんですね! ……でもこれ、私作れないかも」
確かに僕が結った髪型は普通の真ん丸なお団子と違っていい感じに遊ばせている。慣れないやつが一人で再現するのは一苦労だろう。
「まぁそれなら最悪、普通のお団子でも──」
「そうだ! これからも今日みたいに先輩に作ってもらお♪」
やはりそうなったか。
萌絵は目を輝かせてこちらを見つめた。
「お金取るけど、それでもいいか?」
「……ケチ」
「冗談だよ。ヘアゴムさえ持ってたらいつでも結ってやる」
「さすが! いやぁ、持つべきものは葵先輩ですね!!」
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