日陰に咲く夢幻の華

Barufalia

あの春の小さな決意

校舎裏に寂しく咲いている一輪の華。それを眺めるのが私は好きだった。

 小さく、はかなく、しかし確かにそこに存在する青い華。日光のよく当たらないこんな場所でも綺麗に咲き誇るこの花に、私は一瞬で魅了されてしまった。

 一度この華のことを調べたのですが、詳しいことはわかりませんでした。もしかしたら新種なのかも、そんな淡い期待が、さらに華の魅力を引き出しているようにも感じられました。

 でも、みんなはこの花の存在は知らないようです。そもそもこんな場所に来ることなんてないのか、来たとしても花になんて興味が無いのか、どっちにしても、この場所の人気がないのは私にとっては好都合です。

 おかげで、静かにこの華の幻想的な雰囲気に心を預けることが出来るから。


「琴葉、やっぱりここにいたんだな」

「清矢君・・・うん、ここにいると落ち着くか

 ら」


 岡本清矢。彼もまたこの華に魅了された一人でした。彼も感性が私とよく似ていて、華について話すとき、驚くほど話がかみ合うのです。おかげで彼がこの空間に参加しても、まったくそれを苦に感じることはなく、むしろ彼の存在は心地よいものを私にもたらしてくれました。彼は私の隣に少し離れて座り、華に目を落としました。

 多分、私たちはほとんど恋人みたいな関係でした。この空間を共有し続けてもう一年近く経っています。感性の類似の多さも相まって、互いにどんどんと距離が縮まっていることを感じていました。

 どちらかが想いを伝えれば、すぐにでも恋人になれる。そんな確信を私も、おそらくは彼も持っていました。

 でも、彼とこの花を眺め続けて一年。その機会はやってきませんでした。私たちはどこかで怖がっていたのです。この花のおかげで出会い、この花と一緒に距離を縮めてきた。もしかすると、この花の存在が無ければ、私たちの関係は空虚なものになってしまうのではないだろうか。

 その思いが、最後の一歩をためらわせていました。それを示すかのように、私たちはこの空間以外の関係をほとんど持っていませんでした。会話や一緒に歩くことはおろか、連絡先すら交換していないのです。もはやこの華も、もしかすると彼でさえ、私の見ている夢なんじゃないかと思うほどに、接点というものを絶ってきました。

 ですが、その思いとも、もう決着をつけなくてはならない。あと一週間で私たちは卒業してしまいます。高校は、別です。このままだともう彼と会うことも、この花を一緒に見ることも叶わなくなるでしょう。

 それは幸せことなのかもしれません。この花の魔力から解放され、私たちは普通に過ごすことが出来る。お互いにこの時間を忘れ、いつものような日常、新しい日常を手に入れていく。そこで感じる愛に、恐怖を感じることもありません。まがい物の愛かもしれないだなんて葛藤が起こることもない。

 それなら、この気持ちは伝えない方がいい。そう自分に言い聞かせてきました。でも・・・


「・・・どうした、琴葉?」


 私は彼に近づいてその手を握りました。お互いに必要以上に距離を詰めない。この夢のような時間を、そのように感じようという暗黙の了解のようなものを、私はその瞬間破りました。

 彼も私の意図をすぐに読み取ってくれたようです。

 何も言わずに彼は私の手を握り返して再び華に視線を戻しました。お互いの存在が確かに存在するのを確かめるように、しばらくそうしていました。


「この華との出会いが終わったら、私たちの関係

 も終わっちゃうのかな?」

「俺たちはこの素晴らしい世界を最も良い形で共

 有していた。この華が見せてくれた夢を、俺た

 ちは逆らうことなく受け入れたいた。それは、

 真実だとも言えるし、まがい物だったとも言っ

 ていいのかもしれないな」

「・・・でも、私はこの時間、好きだったな。

 清矢君と一緒にこの花を眺めるこの時間が、

 なによりも」

「・・・俺も好きだよ。まがい物だろうと何だろ

 うと、これまで感じていたこの気持ちだけは、

 嘘じゃない」


 私たちが想いを打ち明けるのと同時に、一瞬、花が光を放ったような気がしました。まるで私たちの背中を押してくれているかのように。


「私は、もっと清矢君のことが知りたい。この時

 間を共有すること以外にも、一緒に色々なこと

 がしたい。この時間でしか清矢君と一緒にいれ

 なかったことが、もどかしくて仕方がなかっ

 た」

「・・・そうだな、俺もそう言いたかったよ。

 ずっと・・・な」

「うん、ずっとね」


 この華によって私たちは繋がれ、こうして別れの瞬間を機に互いの想いを伝えあって本当の意味で結ばれる。

 なんだかすべて華の思い通りになってるみたい。こうなることも、この華は全部わかっていたのだろうか。

 でも、そんなの関係ない。私たちはそれで幸せな時間を過ごせたのだから。

 もうすぐ私たちは夢から覚める。この花が見せてくれていた不思議で、素敵な夢から。

そのあとのことは、私たちにはまだわからない。

 でも、一つだけ確信がある。彼と一緒なら、絶対に大丈夫だって、きっと、この華の魔法が無くたって、私たちの想いは変わらない。

 今ならそう信じて前を向いていられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日陰に咲く夢幻の華 Barufalia @barufalia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ