「あっはははは。すっげえ音したね今。ばたあんって言ったよ。あはははは」


「んもう。風が強いのよ。雰囲気台無しじゃない」


 急いで部屋に戻る。


 なんだこの風は。


「台風でも来てるのかしら」


「強いよねえ、風」


 彼。部屋の明かりをつける。眩しさで、ちょっと視界が霞む。そして彼は、テレビをつけた。


「来てないね。台風」


「来てないわよ。春だし」


「春一番かな?」


「夜中の春一番なんて、ぜんぜん風情がないわ」


「ええ。そうかなあ。いいじゃん。夜の風。アンニュイな雰囲気あるよ」


「ううん。微妙」


「さあ。さてさて。アンニュイタイムは終了ですよ。それにしても扉の音大きかったなあ」


「最後のシメだったのに。小さな音で、ぱたっ、と閉まったら最高の恋の終わりなのに」


「恋の終わり想定なんだね?」


「うん。ふたりの価値観が合わなくて、別れる想定」


「うわあ。ありがちなやつだ」


「あなたが太陽で、わたしが雨粒なの」


「雨粒?」


「あなたの太陽に焼かれて、蒸発する雨粒がわたし。だから、あなたに釣り合わないと思って」


「うわあ。なんか本当にそう思ってるみたいなリアリティだね?」


「本当にそう思ってるわよ。今もそう」


「だから、別れるって?」


「うん」


「あっはははは」


「笑わないでよ。真剣な妄想なのよ」


「ごめんごめん。価値観の違いで別れるってやつかな。なんか、おかしくって。おもしろいよお」


「どこが面白いのよ。本気よわたしは」


「ええとね。わたしが出ていくわ、のところとか。笑いこらえんの大変だった」


「なんで?」


「雨は出ていかないよ。太陽が出るんだよ」


「ん?」


「あれ。分かんないかな。雨は上から落ちるだけでどこにも行けないけど、太陽の光はどこにだって差し込めるんだ。カーテンを開けているかぎり、必ず朝は来るし、太陽は出てくる」


「当然のことを、さも名言であるかのように言うのね」


「えっへん」


「ほめてません」


「それでさ。恋の終わりについてです」


「うん」


「恋が終わったあなたに、ぴったりなプレゼントがあります」


 彼。携帯端末のケースから、何かを引っ張り出した。


「はいこれ」


 指輪。きらきらしている。


「なにこれ」


「恋が終わったら、愛が始まらないとだめでしょ。結婚しよ?」


 彼。にこにこしてる。


「どうかな?」


 指に、はめてみる。


「ぴったり」


「やったっ。ばっちりだね?」


「アイス」


「ん?」


「アイス食べたい」


「え。まだ寒いよ」


「食べるの。いいから食べる。アイス持ってきて」


「わかったわかった。待っててね」


「スプーン忘れないでよ?」


「スプーンね」


 彼が、いなくなった、ほんのわずかな間に。


 指輪を眺めて。


 全力で、にやにやした。


 彼からの指輪。


 愛の証。


 うれしい。


 とっても嬉しい。


「あっはははは」


 にやにやしてるのを見られて、結局、派手に笑われた。


「超にやにやしてるじゃん。あはははは」


「にやけるわよ。嬉しいもの」


 どぎまぎして、思わず窓を開けて。


「うわっ風強っ」


 すぐ閉める。その動作を見て、また彼が爆笑した。

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