曇り空。午前四時、強めの風と流れ星の指輪

春嵐

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 夜空。

 曇っていた。今の気分にちょうどいい、くぐもった感じ。

 彼にも、よく、雰囲気が不思議だと言われていた。

 曇り空や、ちょっと晴れない憂鬱気味アンニュイなものが好きで。ときどき、空想に浸る。道行くカップルを見て、実はそのふたりはとてもつらい過去を抱えていて、その傷を舐め合いながら必死に今をふたりで生きてる、とか。妄想したりする。

 彼は、そういうわたしのしぐさを見て、いつも笑っていた。

 彼が笑うと。

 ありとあらゆるものが晴れる。

 快活で、明朗で。ほがらかで。あたたかくて。すべてを包み込んでしまうような、おおらかな気分をしている。それが彼。

 わたしとは正反対だなと、思う。


 最初から、上手くいくはずのない恋だった。


 学生の時分だと、わりかし簡単に好いた惚れたが展開される。特にそういう意識をしないで、単純に、彼の隣にいただけで。恋人という認定になった。

 わたしは、ただ、彼の笑う姿がみたいだけ、だった。アンニュイな妄想をして、憂鬱な気分になって。そして、すぐに彼の笑顔を見て、お口直しをする。重たくて美味しいものを食べたあとに、アイスクリームを食べるのと似てる。そんな感じで、憂鬱の直後に暖かさをもぐもぐする。それが、好きだったから。


 彼は、いつも笑ってる。

 ときどき、わたしが妄想を披露すると。だいたい彼は大爆笑する。


「話が重すぎるでしょ」


 そう言って。ひとしきり笑って。


「どこからそんな設定思いつくの」


 そう言って、また笑い出す。

 その笑い声だけで。なんか、甘く、ちょっとだけ切ないような気持ちになる。アイスクリームの、最期のひとくちと同じ。


 好きだった。だから、一緒にいる。


 いや。一緒にいた。


 もう、過去形。


 結局。彼とは、うまくいかなかった。学生の時分では許されていたわがままも。憂鬱な妄想さえも。最後は、むなしいだけだった。

 相性がある。からだの相性とか、こころの相性とか。そういうのが。やっぱり、合わない。彼は、太陽だけど。わたしは、月ですらない。雲でもない。ただ上から落ちてきて、地面にぶつかってすぐに消える、小さな雨粒。それがわたし。太陽の前では、存在そのものが許されない。蒸発して終わり。


 彼の笑顔。


 その笑顔を見ているだけでよかったのになあ。


 ままならない。すべてが。


 うまくいかない。


 わたしの人生なんて、そんなものだった。漫画やドラマのようにはいかない。主人公は、わたしじゃない。


 曇った夜空。


 なんとなく、光が射したような、気がした。流れ星かもしれない。

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