小さな心残り

「ピン様から話を聞いた時はおどろ驚きましたよ、タイチ殿。傭兵稼業の御活躍は聞いていましたが、での大立ち回り。適性でない精霊ジンリンを味方にしたとか。貴方は、私を驚かせるのが上手じょうずですね」


「フフーン! 娘が”病”になってから恥知らずにも玄武シェァンウー様を信仰したにしては、立派な結界の張られた御屋敷ですね。生半可な侵入者や【仙術シィェンシュ】では破れませんね」


「土地を治める領主の立場ですから、地脈の仙力シィェンリーの流れの良い場所に建っています。よく青龍チンロン様の教えを理解、信仰しているようで何よりです」


 出迎えと屋敷の案内をしてくれたフェイ・ランに連れられる道中で、精霊達が上から目線で論評していた。


「この屋敷内で体調不良になるんだったら、確かに”病”か”毒”を疑うだろうね。【呪い】なんかだったら結界に弾かれるか、分かるだろうからね。この結界に気付かれずに【呪い】をかけるなんて【神技シェンジー】並だよ、タイチ様」


「そうなのです。だから、様々な薬草や癒しの【仙術】使いを集めたのですが、効果が薄く。玄武様には不義理をしていたので”媒介”を頂けず。”病”を治すには、タイチ殿の【神技】に、すがるしかないのです。……こちらです」


 悲痛な表情をしたフェイ・ランに連れられて着いた≪クゥイの部屋≫と書かれた可愛らしいヒマワリ柄のプレートの掛かった部屋。

 この可愛らしい部屋に相応しい少女にするために俺は来たのだ。



 ーーーーーー



「貴殿が、ピンの言っていたタイチ殿か。この街の領主のリ゛ーシュだ。娘、クゥイのために、御足労をかけてしまい申し訳ない」


アイと言います。ウチのクゥイに負けず劣らずの可愛らしい精霊が、3人も憑いているなんて。心強いな」


 出迎えてくれたのは、お互いに中性的な整った容姿なので、どっちがどっちなのか判別に迷うような夫婦だった。



「……お父さん。……お母さん。誰? ……誰か来たの?」


「クゥイ。この人はな。タイチ殿と言って。お前を治しに来てくれた先生だよ」


 ベットに横たわる、ツァンと同じオレンジ色の髪で、ショートヘアーの少女が、見慣れぬ俺について父に訊ねる。


「……先生せんせー? 本当に、クゥイのことを先生なの?」


 今まで多くの治すための薬や先生を受けたのだろう少女クゥイが、期待と諦めが混じった声色で弱弱しく聞き返す。



「フフーン! そんじょそこらのヤブ医者ではありませんよ。尊く慈悲深い玄武様の精霊。偉く賢いシンが居ますよ! ボクが憑いていますので、確実になることを保証しますよ!!」


「精霊様? 本当? 本当にクゥイを、元気に出来るの?」


 神の使いである精霊の言葉で、希望を取り戻したクゥイの瞳に輝きが増す。


「ああ、出来るらしいぞ。良かったな、クゥイちゃん」


「ちょっとーー!! なんで他人事なんですか!? 今からタイチさんが玄武様の御力を顕現するんですからね! 素晴らしき御業に、崇めたおすことになるでしょうね! フフーン!」


 この幼気な少女を救えるのなら、お百度だって参ってやるさ。



 ーーーーーー



「最初は胃腸が悪くなったので医者に見せた。治らずに、そうこうする内に呼吸器が、全身の筋肉が____」


 何処を、どのように治せば良いかを専門的な医療の知識が無いので、”病”の詳細をクゥイの父、領主から聞き取っている。


「あ、小難しい病状とかは要りませんよ。【神技】で1から、身体全身を、丸ごと健康体にので」


「ちょっと、シン! そんな乱暴な! 【仙術】や【精霊技ジンリンジー】で治せれば、無駄にタイチさんの仙力を使わなくて済むじゃないですか!」


 シンの短絡的な解決方法に、リウが嚙み付いていた。

 このシンという精霊の思考は、意外と馬鹿単細胞のようだ。



「”媒介”を使うなら、そうするでしょう。安く済めば、還ってきますからね。でも、今回はタイチさんの自前。手加減して効果が無かったら、無駄、ですね」


 いや、意外と理性的だったようだ。


「出し惜しみをして、更なる【神技】を使わせたり!」


「うぐっ!!」


「何もしないで、放置するなんてのは、もってのほか、ですね!」


「めっちゃ、やむ!?」


 そして、ナチュラルに煽ってしまうようだ。

 図星を突かれて、心当たりのあるリウとガンちゃんが悶えている。



 ーーーーーー



「【魂移身フンイーシェン】!!!」


 前世で、妹達が見ていた魔法少女が変身するような光が、クゥイの身を包む。


「おおぉお……。なんと、美しい。これが玄武様の、神の御業、【神技】か」


「クゥイ……。これで」


 領主夫婦が娘の回復を祈って、フェイ・ランはクゥイの裸体に近い姿を見ないように、眼を瞑って祈っていた。


「見え!? そうで……見えないね、タイチ様」


 光の加減と言うべきか、青少年に配慮した絶妙な変身シーンなので、フェイ・ランが眼を瞑る必要は無かった。



 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー







「お父さん、お母さん……クゥイね。……


 光が収まり、”病”に罹ってから満足に食事が取れていなかったのだろう。

 土気色に近かった顔色が、空腹を訴える恥ずかしさで健康的な、朱に染まっていた。


「「クゥイ!!!」」


「痛いよ~。お父さん、お母さん……」


 感極まって、親子そろって涙を浮かべながら強く、強く抱き合う。


「クゥイお嬢様……。良かった」


 フェイ・ランの瞳にも、涙が光っていた。



「良かったですね、クゥイさん……」


「おおおおお!!! 感動的だね!! めっちゃ、尊い!!!」


「フフーン! どうですか!? 玄武様の【神技】は凄いんですよ!!!」


 この後、娘の快気祝いの親子の会食が行われるそうなので、騒がしい精霊達を連れて、部外者は退散することにした。



ーーーーーー



 帰り支度を始めた俺達の前の、中空に無数の青龍チンロン白虎パイフーの”媒介”、”鱗”と”爪”が浮かび上がる。


「この度の娘、クゥイの治療の対価。玄武様の【神技】のおかげですが。あいにくと不信心なので”甲羅”で支払えません。、いや、を差し出しても構いません」


「フフーン! 尊く慈悲深い玄武様をないがしろするから、大損するんですよ。これに懲りたら、末永く玄武様も信仰してくださいね。信仰の度合いによっては”媒介”も授かれると思いますよ!」


 まるで玄武の【神技】一つで、他の神の数個分に匹敵すると言いたげに踏ん反りかえるシンを横目に、俺が何を要求するのか、察しのついているリウとガンちゃんが笑っている。



「1つで良い。十分すぎる。貰えるのなら青龍の”媒介”、”鱗”が良いと思う。世間では勘違いされているが、俺は青龍の所から来た。選べるのなら、青龍への”願い”を叶えたとして”鱗”が欲しい」


「なぬっ!?? せっかく全て貰えるのに、どうしてですか!? 欲は無いんですか!? 命が惜しくないんですか!? タイチさん!!」


「良い心がけですね、タイチさん。それでこそ、気高く謙虚な青龍様の使者です。どこぞの即物的で強欲な神とは、大違いです!」


 シンとリウの口論を一同で微笑ましく見守りながら、親子の水入らずの邪魔にならぬように___



 ___お節介焼きヒーローは、静かに去るのだった……。






『手加減して効果が無かったら、無駄、ですね』


 帰り道で、シンが言っていた一言が、何故か心に残ったままだった……。






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