異世界→異世界☆

 訳が分からないが、逃げるためにも状況を確認しようと、周囲を観察する。


 見渡すかぎり何も無い、白一色の広い空間。

 床や壁という概念すら確認しづらいが、床に落とす自分と厄災おんなの影のおかげで、かろうじて床だけは分かる。

 俺の後ろ、数秒で辿り着ける距離に、であろう黒い渦のような穴が、宙に開いている。



『お~~い★ 来て早々、帰ろうとするなヨ★ こちとら、サテラちゃんに、下げたくもない頭を下げてまで、是枝太一勇者候補を探してもらったんだからネ★』


 この厄災おんなが特別なのか、この空間が特別なのか分からないが、どうやら俺の心の声が聞こえているようだ。


「勇者候補ということは、俺に”魔王”でも倒させる気か?」


 なんとか逃げるためにも会話をし、機会を窺う。


『””な。懐かしい響きだけど”ソレ”は、こっちの世界には無いんだわ。無くなっちゃったんだゾ☆ タイチには、前に育成失敗した男の替わりに☆ 私好みの、超☆良いおとこになってもらうんだゾ☆☆☆』


 他にも被害者が居たと聞いて、ますます後方の逃走手段黒い穴に意識が向く。




『……オイ。逃げんなって言ってんだろ。ふざけてんのか? 向こうで、お前は死んだんだよ! 逃げたって、お前の魂の受け入れ先は無いんだよ!! そこに逃げ込んでも、元の世界からは弾かれる。行くのが別の異世界になるだけで、状況は変わらないんだよ!!!』


 聞き分けの無い子供に業を煮やしたヤンママのように、圧が増した女の恫喝に、数々の修羅場を経験してきたはずの俺の脚が震える。


『何処に行くかも分からない世界より、ココにしとけよ。ココなら私が【神々の恩寵チート・スキル】を授けることが出来る。……将来、安泰だゾ☆』


 最後だけ調子を戻した女の最後通牒。



 ーーーーーー



 状況を整理すると元の世界で死んだ俺は、穴に逃げ込んだとしても元の世界には帰れず、行くのは別の世界。

 その別の世界に招かれた訳でもないので、なんの保証も情報も無く、この世界なら招かれたので多少の特典付きで生きていけるらしい。


 普通に考えたら、この世界で生きていくのが正しい判断のはずだ……。








!!!」


 アラフォーになっても失わなかった、忘れなかった、捨てきれなかった憧れ。

 幼き日に見た、憧れた探偵正義の味方の生き方。


『……は? バカなの?』


 現実の探偵稼業との落差によって、その絶望と失意、幼き弟や妹達の生活を守る使命との板挟みで、人相が変わるほどのストレスでも失わなかった憧れ。


『ソレのせいで。ちょっと、小言を言っただけで死んだのに? こっちの世界なら簡単だよ? ちょちょいと人助けして、信仰を集めて、神にだってなれるよ?』


 魅力的な提案だが、俺の長年の直感と経験が告げたように従う気は無い!

 は関わったら駄目な、とびきりの厄災おんなだ!!

 コイツに関わっていたら、俺は悔いの無い人生は送れない、死んでまで不本意な生き方は出来ない!!!



『……ごめんね。が、まだ有るから迷うんだよね?』


 何をされるか分からないので、目を離さず見ていたはず……だった。


『キッドからも、よく言われるんだ。”出したら片付ける”。悪い癖なんだゾ★』


 見失ったと思ったら、逃走手段黒い穴の前に立っていた。

 なすすべなく、俺の逃走手段が閉じられようとして……



 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー






「うわあああああああああああああああああ!!!!!」


『うわ★ なんだコイツ!!?』


 俺の元居た世界にも繋がっているだろう黒い穴から、俺の後で殺されたであろうが飛び出してくる。

 穴を閉じようと、前に立っていた女と絡まりながら転がっていく。


『あ!? 待て、コラ!! 逃げんな!!!』


 待てと言われて待つ馬鹿は居ない!

 この絶好の好機チャンスを逃さず、間髪入れずに穴に飛び込む!!


「おや? お嬢さん、御綺麗ですね。その格好も奇抜で素晴らしい。どこのアパレルですか?」


『お? 分かる? 分かっちゃう? 良い女は、どんな格好でも映えるのよね~~☆ ……イケメンだし、コイツでも良いかな☆』


 でかしたぞ、糞野郎!

 後は、任せた!!



 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ーーーーーーー




「おおおおおおおおおお!! ……だっふう!!!」


 異常に澄んだ水を湛えた池のような場所に間抜けな叫び声を上げながら、黒穴から排出され、する。

 即座に周囲を確認すると洞窟のような場所、光源も無いのに周囲を確認出来るのは岩肌が発光しているためなのだろう。



 辿り着いた先は、あの女が言っていたように元居た世界ではなく、異世界のようだ。



『急に気配を感じたと思ったら、珍しき客人だな』



 俺の元居た世界でも探せば、このような幻想的で美しい洞窟のような風景が有るかもしれないが、決定的に俺の世界に無いものが目の前に居た。



『””か。”招き人ヂァォレェン”ではないようだな』



 俺の世界には、絶対に居ない青きドラゴンが、俺と同じように池に浸かっていた。






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