37. 肉まん食べよう


 ファミリーマートでコーヒーと肉まんを買った。ミイはついでに酒を買おうとしていたが、医者の言葉を思い出してやめさせた。


 さっきまでいた公園のベンチに座って、2人並んで肉まんを食べた。


「お姉ちゃんと何話したの?」


 半分ほど食べたところで「もういらない」とミイは俺に肉まんを渡してきた。


「もうお腹いっぱい」


「ちゃんと食べろよ。貧血って言われたんだ」


「味に飽きた。それでお姉ちゃんと何話したの?」


「そんなに大したことじゃないよ。明日迎えに来るってさ。会う約束をした」


「お姉ちゃん嬉しそうだったでしょ。サキにいと話せて」


「さぁ。どうだろう」


「絶対そうだよ」


 ミイはコーヒーのカップに口をつけた。


「どこかで待ち合わせしてるの?」


「うん。明日、東京駅のスタバで」


「行きたくないな」


「別にミイは来なくても良いよ」


「え?」


「嫌だったら、俺だけで話をつけてくるから」


「どうして。お姉ちゃんが言ったの?」


「うん。あっちから提案してきた。ここにいる方が良いなら、無理に帰ってこなくても良いって」


 アユムがしばらく俺のところにいても良いと言ったことを、彼女に打ち明ける。ミイは最初は驚いて目を丸くしていたが、徐々に考え込むように黙りこくってしまった。


 ベンチのふちに、彼女はカップを置いた。 


「そっか、お姉ちゃんがそんなこと言ってたんだ」


「ミイさえ良かったらだけど」


「サキ兄は困らない?」


「困らないよ。バニラさんのとこでのバイトだって、せっかく慣れてきたところだろ。もうちょっと続ければ良いよ」


「うん」


 小さくうなずくと、ミイはかじかんだ手のひらをこするように合わせていた。


「お姉ちゃんのことは、別に嫌いじゃないんだよ」


「知っているよ。それくらい」


「ただ、見ていられなかっただけ」


 アユムのことはミイが誰よりも理解している。それはひょっとしたらミイ自身だって気がついていないかもしれない。


 アユムのことを話す時、ミイはちょっと口数が多くなる。


「お姉ちゃんはね。全部、自分で被ろうとするの。苦労も責任も、自分だけで背負うとするの」


「そうだな。あいつはそう言う性格だ」


「サキ兄もだいたい同じだよ」


 クスクスと笑いながら彼女は言った。


「誰かのためって言って、自分のことを犠牲にできる。でも、それってすごく恐ろしくて、怖いことだと私は思うよ」


 声を震わせながら彼女は言った。

 それが寒さによるものか、感情によるものか、俺には分からなかった。ミイが一際真っ白な息をはいた。


「目の前で、そんな自己犠牲を見させられてる方からしたらさ。本当に最悪」


 ミイが口にした感情は知っている。

 アユムが学校を辞めた時、結婚すると知った時、得体の知れない感情につぶされたのは俺も同じだった。


「自分だけじゃない。他の人も傷つけているの。だから私はあの家が嫌いだった。お姉ちゃんとお父さんのしかばねの上にたっている家」


「ミイは子どもだったから。あいつはそう言うものも含めて、家族と一緒にいたかったんだと思う」


「そしたら、早く大人になりたい」


 彼女は大きく脚を伸ばした。やはり寒いのだろう、太ももに鳥肌が立っていた。


 地面に映った影を見ていた。


「お姉ちゃんは、サキ兄と幸せになるべきだったんだよ」


「べき、ってなんだよ」


「だって、あんなに好きあっていたのに」


 その言葉から目をそらして、俺は上を見上げた。目をらすと、小さな点のような星が見えていた。


 薄い雲がすぐに、その星を覆い隠した。


「私ね。お姉ちゃんとサキ兄が一緒にいるところ見るの、大好きだったんだよ。私もあんな風に誰かと通じ合えたらなって、心底うらやましかった」


「いつまでも続く関係なんてない。永遠に続く愛なんてないんだよ。子どもじゃないんだから」


「でも、まだサキ兄はお姉ちゃんのこと好きなんでしょ」


「俺は別に」


「正直に答えてよ」


 キッパリとした強い口調で彼女は言った。誤魔化してもダメだからね、と念を押されているような気がした。


「あるよ、未練」


 そう言うと、ミイは「はあ」と大きくため息をついて、肉まんの包み紙をくしゃりと潰した。 


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