14. 歯車


 彼女たちの家族は、裕福でもなく貧乏でもなく、言うなれば普通の家庭だった。


「へぇ、妹ちゃんの家、定食屋さんなんだ」


 ついこの間、バニラとその話をした。いつもの路地裏で、彼女はぼうっとマルボロをふかしていた。


「どんな感じのお店?」


「小さい定食屋ですよ。地元の客と、近くの工場のドライバーとかが良くきてました。おじいちゃんの時からやってる店だって」


「じゃあ随分長いこと続いてるんだね」


「評判良かったんですよ。ミイのお父さんが作る、八宝菜がすごく美味しくて」


「八宝菜ねー。ちゃんと作ろうとすると意外と難しいんだよなあ。あ、今、めちゃくちゃ食べたくなってきた」


「今もやっているか分かんないですけど」


「やめちゃったの?」


「やめたと言うか」


 彼女たちの父親のことを思い出す。


 大きな声で良く笑う人だった。

 地元の野球チームのコーチをやっていて、常に集まりの中心にいるような明るい人だった。


 彼女たちの家族は、とても上手くいっているように思えた。


「もう作れなくなって」


「作れなくなった?」


「経営が厳しかったらしくて」


「あー。今時、厳しいもんね。個人店は」


「そう言っていました」


 俺が中学に上がったくらいのことだった。彼女たちの父親は、隣町の駅前に居酒屋をオープンした。歯車が狂い始めたのは、あの時からだったように思える。


「ダメだったの? 居酒屋」


 俺が首を横に振ると、バニラが「そうなんだ」と残念そうに言った。


「悪くなさそうだけど。県道で店構えているより、客は入るし。味も評判良いみたいだし」


「最初の売り上げは良かったみたいです。その後、すぐ近くにチェーン店ができて」


「あー」


「値段下げてやってたらしいですけど、結局うまくはいかなかったってことです」


 最終的には彼女たちの父親が身体を壊して、店はたたむことになった。残ったのは大量の借金だけだった。


「身体を壊しちゃったら厳しいね。その後は?」


「俺が知っているのは、それまでです。俺はすぐ地元から離れましたから」


「そっか。八宝菜、食べてみたかったなぁ」


 バニラは残念そうにタバコの煙を吐き出した。


 彼女に話したのはここまで。


 ここからはもっと悲劇的で、救いのない話。


 俺と幼なじみが高校2年生だった夏の日。

 きしんでいた全ての歯車が、バラバラに崩れていった日。


 彼女たちの父親は自分が愛したその店で、首をって自殺した。


 その姿を最初に発見したのは、当時まだ小学生のミイだった。

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