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 シャーロットのもとに兄であるウェルナーがやって来たのは、昼寝を楽しみたくなるような麗らかな昼下がりだった。

 シャーロットはアレックスの婚約者にされてからまともに実家に帰れておらず、兄と会うのも久しぶりだ。シャーロットより三つ年上の兄は、現在父から領地経営について学んでいる最中でなかなか忙しい。暇を見つけては城に遊びに来てくれてはいるが、先月に一度領地に戻っていたため、兄が訪ねてくるのは実に一か月半ぶりだった。


「シャーロット! にーちゃんだよー!」


 部屋に入るなり抱き着いてきた兄に、シャーロットは「相変わらずね」と苦笑する。


「お兄様なのは見ればわかるわよ」

「久しぶりだから念のため宣言しておこうと思って」

「一か月半で兄の顔を忘れるわけないでしょ」

「シャーロットおおおお」


 ウェルナーが感激したようにひしっと抱きしめてくる。

 やれやれ。兄はいつもこんな調子だ。シャーロットのことを愛してくれるのは結構だが、少々――いや、かなりその愛が重い。押しつぶされそうだ。

 このやり取りを過去に何度か見たことのある侍女のヨハナも微苦笑を浮かべて、手際よく二人分の紅茶をいれてくれた。


「で、お兄様、今日は何の用?」


 ウェルナーは紅茶に砂糖とミルクをドバドバいれて、スプーンでかき回した。どうやら疲れているらしい。兄は疲れているときに、このようにミルクと砂糖がたくさん入っている紅茶を好む。


「うん、ちょっと相談があってね」

「相談?」


 シャーロットは嫌な予感がした。兄の「相談」はたいてい面倒なことが多い。シャーロットは聞く前から頭が痛くなってくるような気がした。

 ウェルナーは甘いミルクティーを一気に飲み干した。


「うん。第二王女ヴィクトリア様の婚約の話なんだけどね」

「あー、あれね」


 つい五日前に第三妃の部屋に乱入してきたヴィクトリアの顔を思い出す。


「あれでしょ? リアクール公爵家のテオドール様と婚約の話がでてるっていう……」

「まだ決定ではないけどね」

「ふぅん。でもいいじゃない。リアクール公爵家なら嫁ぎ先としてはおかしくないでしょ?」


 ヴィクトリアは嫌そうだったが、王女の嫁ぎ先というのはなかなかデリケートな問題である。王女という身分柄、嫁ぎ先の爵位や財力はもとより、王家との位置関係なども問われてなかなかに難しい。他国へ嫁ぐこともあるが、それもまた政治的な問題なども浮上してくるから、これもまたややこしい。国同士のつながりを持つということは、その国に何かあった場合それ相応の援助をしなければならないということで、下手な国と縁戚関係を結べば戦争や内乱に巻き込まれる危険性もある。

 一昔前までは国同士のつながりを強固にするために結ばれていた他国との婚姻も、国土を広げるために戦争を起こそうとする野心家な国がいなくなった今では、それほど重要視されていない。

 現に、前国王の三人の王女は全員国内の有力貴族に嫁いでいる。だから、リアクール公爵家なら、悪くない。むしろかなりの良縁だ。

 しかしウェルナーは困ったように笑った。


「嫁ぎ先としてはおかしくないけど、今回はそう簡単な問題じゃなくてねぇ」

「なにか不都合でもあるの?」

「あるね。しかもシャーロットも人ごとじゃないよ」

「どういうこと?」


 ウェルナーはちらりとヨハナを見た。できた侍女である彼女は、その視線だけで内緒話であることを悟ったらしい。黙って一礼して部屋を出ていく。

 ウェルナーはからになったティーカップをもてあそびながら、ため息をついた。


「シャーロットはリアクール公爵家のテオドール殿の王位継承順位、知ってる?」

「ええ。リュディアン殿下が生まれて、一つずれたわよね。前王陛下の王女のうち、お一人は令嬢で、もうお一人は子供がいないし……、今、八位かしら?」


 現在の王には妹はいても男兄弟はいない。前々王の時代の姫や王子の子供たちを加味して、リュディアンの誕生により一つ順位が下がったことを考えると八位。姫には継承権はない。


「……もしかして」


 シャーロットはまさかと思った。普通ならば問題にならない継承順位八位。けれども兄が表情を曇らせるということは、何か妙な動きがるということだ。


「ここだけの話、議会がテオドール殿を担ぎ上げようとしている。正妃殿下の甥でもあるし、ここでヴィクトリア王女が嫁げば、ね?」

「……アレックスが馬鹿王子をやっていたつけが回ってきたってことね」


 実はアレックスが賢いことは、シャーロットも兄も知るところではあるが、つい最近まで筋トレばかりにいそしんで遊び惚けていたことは、誰もが知る事実である。頭の固い議会連中の中にはアレックスを次期国王にすることを良しとしない人間もいるだろう。しかし第四王子のリュディアンは生まれたばかりで、さらに言えばその母は第一、第二王子を殺害してアレックスまで毒殺しようとした罪人で処刑されている。この先リュディアンが誰もが賞賛するような素晴らしい人間に育ったとしても――、現段階でリュディアンを擁立することはでるはずもないし、誰もしない。

 そこで、議会は考えたのだろう。王女の年齢に釣り合ってなおかつ王位につかせても身分も性格も器も問題のない人物。それがテオドールだったのだ。


「ちなみにどうしてヴィクトリア様なの? 第一王女は――」


 第二妃の産んだ第一王女。二十五歳の彼女もまだ誰にも嫁いでいない。彼女を対象にあげれば、もう少し候補者の幅も広がる。十五歳のヴィクトリア王女よりも、こちらの方が現実的だろうに。

 ウェルナーは肩をすくめた。


「第一王女は無理だろうね。人柄的には問題ないんだが、第二妃の姫というだけで、正妃を含めてリアクール公爵がいい顔をしない。別の継承権を持つ相手と王女を結婚させたとしても、その相手を王に据えることはリアクール公爵家が否を唱えるだろう」


 リアクール公爵家の発言力は高い。彼らが否と言えば、議会が押し通そうとしてもなかなかうまくは行かないだろう。かの家を敵に回したくない貴族は多い。


「なるほどね。でも、どうしてリアクール公爵家が反対するの?」

「それは……」


 王妃が、ほかの妃の産んだ王女を嫌うというのであれば、第三妃を母に持つヴィクトリアだってそうである。

 ウェルナーは言葉に詰まって、それから薄く笑った。


「あまり僕の口からは言いたくないな。今度、第三妃殿下にでも聞いてみるといいよ。まあ、僕が言えることは、正妃殿下が第二妃のことを嫌っているということくらいかな」

「そう……」


 妃同士の間にもいろいろあるらしい。

 アレックスはシャーロット以外の妃を娶るつもりはないというが、もし彼がほかの妃を娶ることになった場合、同じような問題に直面するのだろうか?

 それはちょっと面倒くさいし、何よりアレックスがほかの女性と結婚すると考えると面白くないなと思うシャーロットであった。

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