第5話
その日、私の部屋のテーブルの上には書き置きがあった。
日時が暗号で示された簡素なそれは
当初の予定よりも数日は早まったそれは今日の夕方のことだった。腕時計を見る。あと数時間もない。
心臓が早鐘を打つ。
なぜ。なぜ。
ちがう。計画が早まった。それだけのことだ。他組織の動向に合わせて予定が変わることなど茶飯事である。
遂行しなければならない。
死すべき人間に楔を打ち込む。ただ、それだけだ。
殺すことだけが私の生きる術なのだから。
私はベストの背中に二本のマチェットを仕込み、仕事まで出来るだけ無心になろうと館の中をただ練り歩いた。
一つ一つの景観に、この館に乾いた別れを告げるように。
この館の人間に恨みなどない。
無能として扱われていたけれど、それでもこの館の人間達は随分と親切だったと思う。
私は別れの散策を終え、エントランスに突っ立っていた。時折侍女たちは不審そうに私を眺めては通り過ぎていく。
エントランスにはお嬢様の肖像画が控えめに飾られていた。著名な画家によるものだろうか。私は芸術のことは分からなかった。
お嬢様の肖像画を眺めながら、私の頬には不意に一筋の涙が零れ落ちた。
私は稚児にも劣る不覚さでただ考えないようにしていただけだった。
駄目だ。それだけは絶対に阻止しなければならない。
だってこの館にはお嬢様がいるのだ。
直後に爆破音が館内に響いた。
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