ナイヴズ・フォー・ライヴズ

藤原埼玉

第1話

 ファザー・ハガチは爛々とした目をしている。その眼には意気軒昂たる生命感が満ち溢れていてまるで悪魔のように生き生きとしていた。


 数時間前に路地裏で死にかけていた襤褸切れの如き私とは雲泥の差だった。


 文字通り拾われた私はこの邂逅に安堵を感じながらもやがてこの身に対価としての求められるであろう痛みや苦痛、その他もろもろの皮算用をその時既に始めていた。


 だが、私は大きく思い違いをしていた。ファザー・ハガチは裏世界でも無類の美少年愛好家として名高くも、私が今まで出会ってきた有象無象の変態貴族共とは一線を画す人物だった。


 忘れもしない。ファザーが私に見せた、蜈蚣むかでの刻印がなされた一振りのマチェットナイフ。


 美しい意匠が施された外面。そして何よりもレザーのホルスターから取り出されたその刃が放つ斬り、刺し、殺すことに特化したその鈍く静かな輝きに私の目は釘付けとなった。


 無意識にその刃の輝きに魅せられた私はおそるおそる手を伸ばしたがその刃はすっとホルスターに仕舞われる。私は視線に気が付き慌ててファザーを見上げると、その眼は悪戯っぽく満足げだった。


 ファザーは言った。


 ジュージ これがお前の自由だ


 この一振りのナイフがたった今からお前の人生を変える


 蹂躙されるばかりの生を


 一方的に搾り取られるばかりのお前を


 狩られる側から狩る側へ 


 負け犬から勝者へ


 魂が生まれ変わるのだ


 お前が殺す相手の目をよく見ろ 見るんだ


 お前がこれから殺す相手を見ろ 見るんだ


 ナイフはお前の手に血と肉の感触を伝え


 秋色の黄金の麦畑に女を横たえるが如き 豊穣たる死の感触を伝える


 存分に 芳醇と死と向き合え その正体をよくよく見極めろ


 そうすればある日お前は気づくだろう 


 恐れることなどなにもない 死とは…ただのうろなのだ…と

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る