嵐気
(かづらは結界にひびを入れて道を作っている途中。ここは補強に回って。かづら自身にも体力をつけてもらう為に鬼灯の実を食べてもらって。九尾は。あちゃー。なにあれ。ややこしい事になってるわね。ううん。解決できそうな妖怪、は。あいつは死んでもう抹消しているから、反魂の術しかないけど危険が大きすぎる。最終手段。魔界に一体や二体はいるだろうから、そっちにも分身を送って。圭、は)
圭以外は。
(やしろが傍にいないのも納得だわ。あれは私が行ったとしてもする事がない)
じとり。脂汗が滲み出る。
焦りも諦めも持ったわけではない。ただ、現状に危機感は抱けた。抱きたくなどなかったが仕方ない。やる気が出ただけよしとしよう。
(圭の意識に任せるしかない)
力で解決できるのなら、いくらでも叶えられるのに。今、力は必要ない。一点たりとも。
のばらは苦笑を滲ませた。
圭の魂はマンドレイクという生物の魂ともはや混ざり合ってしまっている。外部でできる事はない。解く事ができるのは圭かマンドレイク自身。憑依を解いたとしても、圭が生き返ったとしても、魂が混ざり合った状態では意味がない。もはや圭ではないのだ。無論、マンドレイクでもないだろう。新たな生命の誕生である。
希望はある。混ざり合っている状況なのだ。まだ一つにはなっていないので、打開する術はある。
(でもなんであんなに下に潜って。そこになにがあるのかしら?)
行っても助けにはならない。しかし傍にいる事で妖怪送還など、対処できる事もあるだろう。
(ううん。正直、かづらみたいに温存しときたいし。ずっと巡術を使っていればもしなにかあった時にもすぐに駆け付けられるし。分身の術よりは消耗はないし)
迷う。正直すごく迷う。
(うう~ん。やしろに啖呵を切っちゃったけど。ううう~んん。これは………かづらの分身に任せよう)
「やしろ。分身を送っているあんたにはわからないだろうけど、九尾の妖狐もか~な~り!ややこしい事になってる。私は色々多方面で補佐に回る。だからしっかりしろ」
真剣味ぶって真面目に告げる事はしない。明るく軽く、問題など一つもございませんと茶化すように。
「九尾の妖狐はやしろがどうにかしなくちゃいけないんだからね。わかった」
「……ややこしいって、どんな状態なんだよ」
(よしいいこ)
悲壮に暮れていないだけ今はまし。かなりまし。色々と悔しさが顔に刻まれているのは見逃してあげよう。
「それはね、」
「……うっそだろ」
のばらに前もって伝えられたそのまんまの光景を目の当たりにしたやしろ。心づもりはできていたはずなのだが、まだまだ足りなかったらしい。思わず目を覆ってしまった。
「あ~あ。最強が情けないわね」
一番強いと言った烏天狗から受け取ったものを抱きしめていたのばら。なにを、かと言えば。
「ヤーン。ヤーヤーヤー」
姿意識共に赤ん坊になってしまい、今は泣きじゃくる九尾の妖狐を、である。これが演技というのなら、素直に褒め称えたい。やしろとのばらは切に思った。
頭上にふさっふさの三角の耳が二つ、短髪、ふさっふさで小さくとも九つある尾っぽ。毛という毛は黄金で染まり、紅の瞳は涙に湛えて、赤ん坊特有の神聖さも加わり、さらに存在自体に輝きを増していた。零れ落ちそうなふっくらとした桃色の頬が愛嬌をぐんと引き上げる。
「途中で言ったように、分身を魔界に行かせて、成長剤を作れる妖怪を探させているから。やしろ。それまでちゃんと世話をするのよ」
優しく頭を撫でた後、はい、と、抱きかかえていた九尾の妖狐をやしろへと手渡そうとした。が。やしろは後ずさり、受け取りを拒否した。のばらはやしろを睨んだ。
「九尾の妖狐を探していたのはどこのどなた様でしたっけ?」
あれ~どこかな~と、当たりをきょろきょろと見渡すのばら。やしろは唸りながらも、のばらがいるじゃねえかと悪あがきをした。
「私は補佐に回るって言ったわよね?」
にっこり。それはそれは美しい微笑を湛えた。ひくり。やしろは口元を引き攣らせた。
「大体こういうのは、薬に頼らなくても愛情をたっぷり注げば成長してあっという間に元に戻るもんなのよ。もちろん、念の為に用意はするけど」
「ならのばらが「私。九尾の妖狐に愛情なんて注ぎたくないもの」
「…俺だっ、て。愛情とかよくわかんねえ」
「大丈夫よ」
「なにがだよ?」
「だって、やしろは九尾の妖狐に勝負を挑むでしょ」
「それがどうした?」
「勝負を挑むって事は、少なからず相手に興味がなければできないわよ」
「興味?俺が九尾の妖狐に?ありえねえ」
「はいはい。しかめっ面はそれくらいにして。ヤンヤン泣いている九尾の妖狐を早く抱っこしてあげてよ」
「………」
「ん」
「…あ~~~。くっそてめえ。早く元に戻って二度とそのふやけた姿を見せるなよ!」
ガバッと。効果音的には乱暴にかっさらった動作が聞こえてきそうだが、実際はとても丁寧に優しく九尾の妖狐を両の手で掴み、やしろは胸元へと迎え入れた。
「ふふ。似合ってるわよ」
「うっせ」
やしろはのばらを一瞥して後、九尾の妖狐になるべく負担がないようにしながらも強く抱きしめた。熱き抱擁。やしろにとっては最大級の愛情表現であった。九尾の妖狐がいやいやと暴れているのを無言で制している。真顔である。そこに笑顔はない。そして、九尾の妖狐は嫌がっているものの泣いてはいなかった。同時に変化もないが。
(ぷぷぷ。ドヤ顔。これで早く大きくなれるだろうって考えてるの丸見え。ほんとばかわいい)
のばらは無言で九尾の妖狐を抱きしめ続けるやしろを視認しながらも、巡術でかづらの動きを確認しつつ分身にその場を任せ、また、圭を注視し続けた。
地平線へと夕陽が沈みつつある日暮れ。
鬼灯色の照らされる波は未だ穏やかなまま。ささやかな潮の匂いとさざ波の音だけが鼻と耳をくすぐった。
名前は。
尋ねられて、名を返す。そして訊き返す。
あなたの名前は。
あなたは言う。
名前は、
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