不知火






 栗の炊き込みご飯、親子丼風鍋、酢の物、お吸い物。刺身こんにゃくと野菜、川魚焼き以外はすべて茸も使われていた夕飯で、デザートには、芋餡が入った梨のタルトに、マスカットのゼリーが出された。



「探しているのか?」



 舌鼓を打った尚斗、竹蔵、寿が今、竹茶で夕飯の余韻をまったりと楽しんでいる中、尚斗は少し離れたところで寝ている絃を見て、口を開いた。



 まずは風呂からだと、それぞれの部屋に充てられた温泉に入って、尚斗と寿が泊まる「露の間」で夕飯を取っていた時から、すでにうつらうつらと舟を漕いでいた絃。子ども用にと少量に用意されていた夕飯の半分を残して、まだ食べている尚斗たちをよそに早々に布団の中に入っていたのだが、時折、布団を軽く叩いては手を丸め、寝返りを打ち、また布団を叩いて手を丸めて、の動作を繰り返していた。



「短刀ですね」



 腰を上げた竹蔵はゆっくりと近づいては膝を床に付けて、気休めにと、絃の手に人差し指で触れてみたが、まるで相手にされなかった。



「ほんと、つれない」



 竹蔵はちょんと、人差し指で軽く絃の頬に触れて、そっと、離れた。



「ちょっと、不安ね」

「短刀と風船がない事がですか?」



 寿の返答に、堀机に腰をかけた竹蔵は小さく頷いた。



「今の絃にとっては、ない方が休息に繋がるんじゃないかって、思ってたのよ。ここに来る前には、寝ている時にあんな風な動作はしていなかったから」

「貴、かもな」

「やっぱり絃さんの身内の方に似ているんでしょうか?」

「まあ、似ているんじゃないかと思った」



 尚斗は竹茶を口に含んで、昼間の光景を思い出しながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「それが、造形なのか、匂いなのか、雰囲気なのかは、判別はつかないがな」

「……じゃあ、記憶が戻る可能性もあるかもしれない、という事でしょうか?」




 閑雲にいた事実は認識しているらしいが、どこで、誰と、どのように過ごしていたのかの記憶を持っていない絃。貴が身内の誰かに似ているとしたならば、不意に記憶が甦るかもしれない。



 喜ばしい、事なのだろう。か、

 寿には判別がつかなかった。




『昔の君は怖いからってその短刀を受け取らなかったのにね』





 絃を知る、絃と同じ閑雲の出で、同じく神に選ばれし、泡儀と名乗る人物の発言。



 刀に限定せず、料理に使う包丁だって、刃物は大抵人を傷つける要素がある為、怖いものだが、あの短刀に、別の意味が含んでいるとしたら。



 柄や鞘から見ても年代物とわかる短刀だった。

 もしも、もしかしたら、人の血を吸っている可能性も、ある。

 違法的に使われたのか。それとも、合法的にか。



 死刑制度は今やもう廃止されたが、実行されていた時代もあった。近くはないが、それほど遠くもない時代に。死刑を執行する際に使われた可能性もある。その時は長かった刃を加工したとも考えられる。


 そうではなく、例えば、犯罪集団で、違法的に使われていたものだとも考えられる。



 閑雲に関する資料が少ない中、まことしやかに囁かれているのは、忍びに負けず劣らずの武術剣術の使い手であるという事。



 竹蔵が言うには、絃にはまったくその才能はないというが、記憶がないが故、だったとしたら。



(絃さんが、僕たちに協力を仰ぐ必要がなくなる)






 たった独りで、

 すべてを終えてしまう、






 可能性が皆無ではない事に気づき、ぞっと、背筋が凍った。

 いや、何を弱気になっているんだと叱咤し、立て直そうと要する時間の狭間で、不意に寿の頭が小刻みに揺れた。尚斗が寿の頭上にそっと手を添えていた。未だに腕は震えていた。



「寿。一人にしないって、みんなで決めただろ」

「尚斗様」

「そうそう。命をくださいって言われた手前、絃のもしかしたら隠されていたのかもしれない実力が発揮させようが、私が、私たちが全力でへばりつくんでしょ」

「竹蔵」



(僕は、)



 涙丘が熱くなるのを感じた寿。熱と弱気を振り払うべく元気に是と返した。











 草原で自由奔放に過ごす牛豚鶏、という牧歌的な光景ではなく。



 水が赤色で周囲が薄黒く、禍々しかったら、魔界にでも彷徨ってしまったのかと考えてしまうくらいに異様な光景だった。否、現実には、近づくのを躊躇ってしまうほどに神々しかった。



 無念無想の境地にさえ至っているのではと錯覚してしまうほど、千草色の温冷泉に静かに身を委ねる牛豚鶏。常識離れした神秘的光景を際立たせる湯煙に純白の翼が隠れているのではないか。頭上にも柵を張ってなくて大丈夫?四方八方結界とか囲ってなくて大丈夫なの?飛んで逃げちゃわない?



「仙獣の修行場に迷い込んだんじゃないか」



 ぽつり、呟いた尚斗の発言に、竹蔵、寿、貴、曇、滝は、静かに同意した。



 ここは世にも珍しい、温冷泉で牛豚鶏を育てている牧場である。

 とは言っても、一日中温冷泉に浸かっているわけではなく、一日に二回、一日の合計一時間から二時間ほど、時期によって、温泉と冷泉を使い分け、時間が来たら温冷泉の地下から金網が上昇してきて、牛豚鶏を地上まで押し上げて、畜舎に戻すとの事。温冷泉に入る前には、少し離れたところにある草原で放牧。   



 つまりは、畜舎での朝食、卵回収搾乳、放牧、温冷泉、昼食、放牧(体験)、温冷泉、畜舎に戻り夕食睡眠。これが一日のスケジュールらしい。






 尚斗たち一行は仙獣の修行場を離れ、牛車に乗って、牛たちと一緒に牧場へと向かっていた。

 そこで、搾乳体験、ピザとアイスクリーム作りをする予定だった。



 小さな跳ねや揺れはありながらも、ゆったりと進んでいき、辿り着いたのは、草原で自由奔放に過ごす、豚と鶏、合流する牛という、牧歌的な光景であった。











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