踏青








 この世で一番力を持っているものは何だと思う?


 神様に尋ねられて、自分は答えたのだ。


 宝飾の刀でもなかった。


 知識の本でもなかった。


 流通の金。


 世界で唯一の無機物。


 己を宿らせぬが故に、あまたの想いに応えられる。











 辺り一面、目が眩むほどの白色に痛みを訴える目は、助けを求めるように素早く動かしては黒を見つけ出し、凝視し続けた。

 何時間かは、確実に経っただろう。

 目の痛みがなくなったと感じると同時に、眩さが消えた事にも気づいた。



 そこで漸く周りを見渡す余裕ができ、救済の黒はその空間を縦に両断するように引かれている線で、ここが鶏の卵のような空間だとわかった。



 ここが。呟いた時、突如として、眼前に空色の風船が出現。

 ふわふわ、ふわふわと、上にも下にも、右にも左にも移動せずに眼前で浮遊し続ける空色の風船に、そっと手を伸ばし、両の手でやわく掴まえてから、額を静かに合わせた。

 初めは頭の中心が痛くなるくらいに冷たく、おもむろに温かくなる空色の風船に、よろしくお願いしますと挨拶をする。



 この刻以来、ずっと、空色の風船は。ペポは傍らにい続けた。

 意思疎通ができるわけでもない。意思を汲むような行動を取る事もない。


 ただただ、ペポは自らの役割を遂行するだけ。

 ただただ、空気に沿って、ふわふわと浮遊して傍らにい続けるだけ。


 有難かった。


 救われた。














「よろしくお願いします」



 白の空間、両断する黒い線、両の手に圧し掛かる黄金。


 この刻だ。

 この刻だけ、ペポは自ら動き出す。



 真ん中、横に切り込みが入ったように白い線が浮かんだかと思えば、そこを軸にして、焼かれたあさりみたいに、上下に大きく開く。

 大きく開いて、お金を飲み込む。

 開いたまま、激しく上下左右に動いて、激しい音を立てて、突如として動きを止める。不気味に感じるほどの静寂ののち、次には岩を吐き出す。

 その身のどこに隠されていたのかと驚愕するほどの、雄大な灰色の岩石だ。






 絃は腰に携えていた短刀を手に取って、鞘を抜き、右手に短刀を、左手に鞘を持ったまま、岩石めがけて振り上げた。



 短刀も、鞘も、双方とも。

 経験も、勘も、計算も、重ねずに、培わずに、かなぐり捨てて。



 荒く、粗く、厳めしく、

 ただただ、眼前の岩石を破壊するだけ。



 斬る、



 その役割を担う短刀を叩く槌のように扱って、

 身体全部を槌のように扱って、



 たたいて、たたいて、毀れて。

 毀れた分だけ、強度は増して。

 増せば増すほど、破壊できて。



 はやく。

 はやくはやく、

 焦燥に駆られる。

 破壊したい。

 破壊したその先に、

 見たい光景がある。











(世界を滅ぼしてでも、か)


 しかし果たして、少女の頭の中に世界が存在しているのか。

 存在しているとすれば、一人の忍び。けれどその忍びですら中身を伴わぬ器。

 ちっぽけな存在。軽い世界。たやすく消えてしまうだろう。

 ならば、大きくしよう。重くしよう。

 世界を救う為に、少女の願いを消してしまおう。




 否。




「こーゆーの、苦手なんだけどな」



 重たい、重たい。

 尚斗はぶつくさと文句を言いながら、両の手で掴んだ刀を振り下ろした。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る