春日傘
私が絃と一緒に世界を滅ぼす。
私たちの新しい支援者の、あんたの主が世界を救う。
あんたは絃に、
(無用じゃないのか)
それと、全部私が請け負っているから、絃はなあんにも知らないわよ。
自分が神に選ばれし者だって。
今まではね。
これからは私が全部教える。
あんたにも。
一通り教えたけど、まだ疑問があったら全部私が答える。
不満だろうけど、あんたはあんたの役割を果たしなさい。
(無用だろう。あの人は、知っているのに。今更どうして、)
世界を見せる役割なんて、無用の長物だ。
そもそも世界を捨てようとした自分が見せられるものではない。
主の企みだ。
絃だけではない。自分にも、世界を見せようとしている。
それこそ無用。
そう、
理解しているのに、
「寿さん。新しい味が出たようですが、買ってもよろしいでしょうか?」
牢屋掃除の仕事をしていた絃が連れ去られた先で同郷者と再会した日から、そして、寿が己のひ弱さを痛感した日から二日後。店の買い物の道中。
絃は『豊慢』の常連客の一人が好みそうな新商品の飲料玉を見つけたので、付き添っていた寿に許可を求めた。
寿は絃から商品を受け取って、商品について記載されている内容と金額を読んでから、少し考え、いいですよと答えた。
「他のお客様にも出してみましょうか。季節限定のものですから、きっと喜ばれますよ」
「はい」
お会計してきます。そう言って、レジへと向かう絃の小さな背中を見つめながら、寿は内心で溜息を吐いた。
以前と同じようには接する事はできない。
お互いに。
絃は気負う事はないが、以前よりも遥かに隙を見せなくなった。
言うなれば、一枚だったはずの堅硬なシャッターが、何十も積み重ねられた感じである。
こと、自分に向かっては特に。
(それに僕も)
『これからよろしくお願いします』
竹蔵からどう説明されたのかは定かではないが、協力者の一人としては捉えられているようだ。真剣な態度で頭を下げる絃に、確かに応えた。
主が支援するのだ。否はない。
ないのだが、
(僕は)
笑顔が見たい。
胸の内を隠す、結界のような笑顔ではなく。
感情を曝した笑顔を。
全部とは言わない。
一抹で構わないから。
見せてもいいと、思われるような人物になりたい。
(…こんな感情、要らないのに)
必要だと、主は言う。
だから、絃の傍にいろと、主は命じる。
(あなたしか、要らなかったのに)
でも、今は。
目を伏せて、絃を視界から消して、口の端を上げる。
(主の為にも、僕の為にも。あなたの為にも)
寿は会計を終えた絃の下に向かい、米屋へ行きますよと元気よく告げた。
(もう、以前のように接する事はできない)
「一応聞いておくけど、やけっぱちになったり、逃げたりしてないわよね」
「はい」
幻灰の手伝いをさせてほしい。
午後八時。長屋に突然現れ、部屋の中に迎え入れるや否や、開口一番にそう告げる寿の額に片手を押し当ててから尋ねた竹蔵。熱はないと確認しながらも、その体勢のままに、寿の目を直視した。
今の寿は言うなれば、光を存分に充電しながらも、まだ出番はないとしまわれているラジオ付きの懐中電灯。
(…まあ、つまりは、頼りになりそうに見えて、いざという時に限って光が消えて力にならなそうな存在、なのよね。まだ)
だからこそ。本人も実力不足を痛感しているからこその、申し出。
けれど、幻灰に関しては、情報操作や収集は頼むつもりではあったが、実行は今までのように一人でこなすつもりだったのだ。
理由は二つ。
一つは、能力的な問題。
もう一つは、と、考えれば、心に陰りが生まれる。
今はまだいい。世間を味方につけられるような相手ばかりを狙っているのだから。
ただ今後は。
状況次第では、なりふり構ってはいられなくなる。
世間を敵に回す事態になるかもしれない。
そこに、この真面目で優しい子を巻き込みたくはなかった。
(本当は、)
あんたには無理。
茶化して、断ろうとした竹蔵を制したのは、いつか絶えるのかもという危惧を伴う、綺麗な光を灯す瞳。覚悟を決めた一人の、未熟で、志の高い忍び。
「竹蔵。お願いします。僕は、絃さんに笑っていてほしい。すべてが終わってからも。終わりにはさせない。主が必ず世界を救う。だから僕はいつでも絃さんが笑えるようにしたい」
いつか、ではなく、いつでも、
竹蔵は軽く目を見開いて、次いで、苦々しく笑みを零した。
問題は上げればきっとキリがない。
自分が越えられない相手が敵になったのもそう。
敵わない。わかったから抜け出したのに、その相手と戦わなければいけないのだ。勝たなければいけないのだ。
絶対に。
(覚悟は、)
決めていたはず、
竹蔵は額から手を退かして、全身の力をやわく抜き、瞳に力を集約させて、挑発するような笑みを向けた。
寿は雰囲気が変わった竹蔵に対して、気を引き締めたまま、向かい合った。
同時刻。『豊慢』で用意された絃の部屋にて。
出されたお茶は絃と寿が今日買ってきた枇杷茶であるが、葉ではなく実で作られたそのお茶は、少しばかり甘ったるい味をしていた。
どちらも毎日飲んでもいいが量的には葉の方が多いだろう、しかし実は期間限定だから毎日は無理かと思いながら、飲み干した尚斗は馳走になったと告げて、本題の口火を切った。
曰く。
神の課題をこなす場所、純白の間へ連れて行ってほしいと。
(さて、こちらはどうかな)
絃が答えを出す前に、尚斗は茶のお代わりをお願いしたのであった。
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