別れの燦然

エリー.ファー

別れの燦然

 暗い場所である。

 まず、まともな人間はこんな場所にはいないだろう。

 モラルがなく、そしてモラルがないということが求められている人間のための居場所であると思う。それが、この場で上位と下位に分かれていたとしても結局は同じなのだ。

 何一つ変わってなどいないのである。

 ここはずっと同じだ。

 過去も、現在も、未来も同じである。

 嘘偽りなく過ごすことのできる時間はもうなくなってしまった。

 だから私は鉄格子の中の男を見つめる。

 狭い世界の中に、詰め込まれた男はこちらを見つめている。

 反抗的な目、ではない。ただし、従順な目でもない。

 ただ、こちらを見ている。

 観察しているのだ。

 気に食わない。

 冷静に考えれば男がこちらに対してそのような目を向けるのは当然と言えば、当然そのものである。

 何せ、男は暇なのである。

 何もやることがないのだ。

 鉄格子の向こう側にある自由な世界をただひたすらに眺めて時間をつぶす。そのような寿命の消費の仕方以外存在しないのである。

 私は男を見つめる。

 私の方がここでの立場は上なのだ。

 だから、手格子をへだててこちら側にいられるのである。

 思い知らせてやりたい。

 ふざけるな。

 その目はなんだ。

 反抗的だ。

 そう、なんだっていいのだ。

 どんな言葉だって吐き出すことができるし、そのまま叩きつけることだってできる。地面に落としてそれを聞いてみろと這わせることだってできる。

 それが立場というものであるし、そのためにここでこの男に付き合わされるようにして時間を消費させられているのである。

 このままではわりに合わない。

 権利と義務をはき違えてはならない。

 そこに差はない。幻想ばかりである。

 私は鉄格子に近づく。

「おい、そこのお前」

「俺か」

「そうだ、お前だ」

「なんだ」

「お前は今、反抗的な目をした」

「別にしちゃいない」

「いや、皆、そう言う。本当は反抗的な目をしたことなど百も承知であるにもかかわらずだ」

「あんたの被害妄想だ。忘れた方が良い。」

「いや、これは被害妄想ではなく現実であるし、忘れるべきではない。それを口に出し、お前を問い詰めるだけの権利と義務をこちらは持っているんだ。忘れるな」

「好きにすればいい」

「だったら、鉄格子に近づいてみろ。おしおきしてやる」

「そんなことを言われて近づく奴がいるわけないだろう」

「近づきたくなくても近づいてこい」

「それに、おしおきって、そんな言い方するか、普通。もう少し雰囲気とか考えるだろう」

「うるさい、うるさい、そういうのはいらない。とにかく、鉄格子に近づけ」

 男は立ち上がると鉄格子に近づき、私の顔に向かって唾を吐いた。

 私はのけぞる。

 男は。

 そう。

 男は笑っていた。

「何をする」

「俺は、お前みたいなやつは嫌いじゃないんだがね。でも、まぁ退屈しのぎとしてはいまいちだったな」

「ふざけたことを」

「もう気が済んだだろう」

「何がだ」

「外に出られた気がしただろう」

「何を言う」

 男の着ている制服が白く光る。

「鉄格子だけだと、どちらが内で外なのか分からないな」

 その時。

 後ろでフクロウの鳴く声が聞こえた。

 振り返ると、二十メートルも高い位置にある小さな窓から、フクロウの羽が落ちてきていた。

 そのまま月明かりの中を舞い、そして、コンクリートの床に着地した。

 男は鉄格子から離れる。

 私は鉄格子を強く掴むと前後に揺らした。

 何の音もしなかった。

 横にある拳銃を持ち、銃弾を数え、ポケットに入っている牢屋の鍵を使う。

 男の牢屋へと入る。

 私の着ている軍服は強くこすれると不思議な音がする。

 でも。

 今夜はそんな音も聞こえない。

 

 十一月二十四日 午前二時零分十秒。

 矢次基地より。

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