なにか飛ぶ教室
日本の小都市にあるごくごく代表的な公立中学校、
読者様および作者の私もよくわからないところなので改めて説明すると、本来担任であった
しかし、実際担任に就いたのは「アイ&ヴォイス」という監視カメラ型最新デバイスであった。そして今、教室で、新しい副担任まで紹介されるというのである。
「みんな、今から説明するからちゃんと聞いとけ」教務の
「福田はどうしたんだよ!」福堂哲翔が睨みをきかせて言った。「あいつが副担任だったろーが。あいつまで逃げたんか?」
羽田山は無視した。「机にあるタブレットの電源を入れろ。それから、画面に『アイ&ヴォ』からのお知らせ──って書いてあると思うが、これはそのままにして、メニューを開くんだ」
生徒たちはブツブツ言いながら嫌々タブレットをオンにした。
「おいおい、まさか、この中に副担任が入ってんじゃねーだろーな」声を荒げる哲翔。笑い、はやし立てるクラスメイト。
「さっさと言うとおりにしろ!」羽田山は進めていった。「メニューからQRコードを読み取るを選んで、さっき配ったカードにあるコードを読み取れ!」
電子黒板に、七三分けの若い男性のキャラクターが浮かび上がった。カクカクした動きで口が開閉し、喋りだす。
「1年1組のみんな、おはよう! 僕が今日から副担任を務める、ヨミーだよ。『アイ&ヴォ』先生のサポートをやるから、わからないことがあったらなんでも聞いてね」
巻き起こるブーイング。投げられる文房具。羽田山の声が嵐を割って響く。
「ヨミーの体が一か所欠けてるじゃないか! 誰かコードを読んでないやつがいるだろ! 誰だ!」
羽田山の指が電子黒板のヨミーを差していた。たしかに、ヨミーの体の一部に透明な四角形が表れていたのだ。
「ヨミーのデータは今日出席している人数に分割されておまえたちに渡されるようになってる。つまり、このクラス全員が協力しなければ現れない仕掛けになってるんだ!」
羽田山と哲翔の目がかち合った。
「
哲翔はタブレットに触ってもいなかった。腕組みしたまま言う。「先生たちは一体なにがやりたいんだよ。監視カメラだの3Dキャラクターだのが出てきて、それになにができるって言うんだ!」
哲翔はタブレットを避けて机に固い拳を振り落とした。振動する軽量タブレット。クラスで圧倒的存在感を振るっている生徒の言葉に一瞬で教室は静まり返り、次々と閉じられる画面。ヨミーの体の透明部分が増殖する。
「おまえたちは今、試されてるんだ」羽田山は苦しまぎれの熱弁をはじめた。「新型ウイルスの脅威による社会の停滞が学校にまで影を落としている。止まったままの時計、学業。なんとかしてなんとかならないかという必死の努力が虚しく先生方の心身を蝕む。迫られる新時代の教育改革。思春期の苦悶の海を泳いでいるおまえたち、溺れかけてるおまえたち──」
「…………が、……だよ…………ピッ」と、ビット的に損なわれながらも明るくクラスを鼓舞しようとするヨミーの音声が羽田山とデュエットしていた。
「あゆな……。もうこの学校はだめかもしれない」哲翔は振り返ると、斜め後ろの席にいる親友の西野あゆなに暗い音色を吐きだした。
「てしゃーん、大丈夫だよ。先生たちはきっと戻ってきてくれるよ」
あゆなの指はタブレットの上を泳いでいた。
「おまえ、なにやってんだ?」
「ん。これは『アイ&ヴォ』先生の今日の体調チェックに返信してるんだよ」
あゆなは「36.2度」と入力して送信ボタンをクリックした。
「てめっ、ふざけんな!」突然立ち上がり叫んだのは
「コピーするのにいちいちあんたの許可がいるわけ?」言われた相手、
「おいおい、女子たち」あゆなが心配して口を挟んだ。「ガッコのタブレットで趣味を検索したらいけないんじゃん? たしか禁止事項を行ったらセンセに通知が送られることになってるはずだが」
「それで英語の歌詞の意味を磯田に聞きに行くんだろ? いい子ぶってんじゃねー!」
りんかがヒロカを掴み、近くにいた
「やめてー、りんかちゃん!」
「やめなさーい!」
アイ&ヴォから猫宮の声が聞こえてきた。「先生、ちゃんと見てるのよ。見えてるのよ。ケンカはやめなさーい」
「教室に来いやー」男子が笑った。
あっという間に総勢十二人もの女子を巻き込み絵に描いたような取っ組み合いへと発展(「女子十二学暴」──2020年
「センセー、戻ってきてくれよー」あゆなは床に積もりつつある文房具を拾いながら言った。
一体どうなる、1年1組。ワンパクライフははじまったばかりである……。
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