1年1組! ワンパクライフ──極み

崇期

西野あゆなの苦悩

 上履きを引きずり引きずり、ここ「子騒おやるす中学校」の廊下をけだるく歩く少年がいる。彼の名前は福堂ふくどう哲翔てつしょう。その名を聞くとほぼすべての教師が息を飲み、そのまま吸うのを忘れて顔面蒼白になって倒れる寸前まで行くと言われている有名な悪童であった。


 もう何人の大人を酸欠にしたろう──といっても、彼の青春ははじまったばかり。これから築く伝説の方に思いを馳せるべきであろう。

 と、彼は視線の先に知った顔を見つけて歩を止める。

「あゆな」と哲翔は声を送った。

 

 西野あゆなだ。子騒西小学校でともに学んだ西野あゆな。春、ともに中学へ進学し、1年1組の堂々たるクラスメイトとなった西野あゆな。魚のフライが好きで、にんじんゼリーは好まない。エヌ、アイ、エス、エイチ、アイ、エヌ、オー……西野、あゆな……。

 心の声がこれ以上長くなる前に早く来てくれと祈る哲翔。するとまるでその声が届いたように駆け足で寄ってくる。あゆななのだ……。


「おっす。おはよーっす、てっしゃーん」

 あゆなはいつもその呼び方をした。ヒロトのことは「ひぃー」と呼んでるし、エドゥアルドのことは「えどーうあー……るっど?」と呼んでやってるみたいだ。

 あゆなはこういう名前をしているが、男子だ。すでに角刈りができあがりつつあるし、キリッとした眉、50メートル先の的も射抜くような瞳は、教師を酸欠させる哲翔より畏怖を抱かれているのではないかというPTAからの評判があった。


「今日、例の、教師が来る日だよな、たしか」挨拶も早々に切り上げ、哲翔は眉間にしわを寄せた。「ったく、なめてやがんぜ。おれたちまだまともに授業できてないのによ。担任をどこぞのバカに変えるなんて」

「暴れんなよ、てしゃん」あゆなは心配そうに上目遣いで哲翔を見た。「猫宮ねこみや先生、もしかしたら具合悪いのかもしれんのだし。事情があってのことならば、おれたちの出る幕でないってこと」

「教師が匙投げたんかもしんないだろ?」哲翔は怒りと悲しみの入り交じった目をくうへ投げた。

 

 すでにたった数か月で教師にそのような選択を迫る自分たちの例外っぷりを省みることはせず、哲翔は大人たちの無責任っぷりにムカっ腹を立てていた。

 そう、教頭から聞かされた話によれば、担任の猫宮は一旦1年1組と〈穏やかなるディスタンス〉というものを置くことになり、代わりにGo□gleが開発したという噂の「教室見守りシステム・Go□gleアイ&ヴォイス」が臨時担任として就任することになったのだった。

 アイ&ヴォイスは、見た目は監視カメラそのもので、天井にぶら下がっての指導となるとのことだった。そして職員室勤務となる猫宮先生の声がそこから聞こえたり、たまに自宅待機となるかもしれない猫宮先生の目がアイ&ヴォを通して注がれる──とも言うのだ!


「それってまんま猫宮だろーが!」聞いたときの哲翔の叫びがこれ。「おれたちから隠れやがんのか、猫は」

「ま、ま、てしゃーん」そのとき後ろの席からなだめたあゆな。「今の技術はすごいって話さ」


「悔しくないのか? あゆなは」並んで廊下を歩きながら哲翔は訊く。「西小でも何人もの教師がおれたちから逃げやがった。おれたちは教育が必要だというのに」

 哲翔はこんな感じでありながら、教育を受けたい──という感情を一度も捨てたことがない児童だった。「見捨てんなよ。子どもたちをよ」


「悔しいんじゃない。おれは悲しいって感じする」あゆなは噛みしめるように、そして図書室ではお静かに、という感じの音量で呟いた。

「あゆな……。そ、そうだよな。おれたちの手で、なんとかしようぜ」


 この思いに、ヒロト、ヒロダイ、ヒロナ、ヒロユウ、ヒロサキ、ヒロコウジなどなどクラスメイトたちが賛同し、一緒になんとかしようぜ、という空気が瞬く間に広がったという。

「Go□gleなんかにおれたちの教室を盗られて(or 撮られて)たまるかってんだ!」

 

 この動きにいち早く気づいたのが、KD□Iが開発し、ア&ヴォに先行する形で教室に投入されていた「学園ムード察知システム・スクールWOW」だった。この最新デバイスには担任教師・猫宮の指導能力と思考回路、感情変換ファイルがプログラムとして組み込まれていて、「やばい」という電子の波がちょうど起こったところだった。


 あゆなたちの苦悩と猫宮の苦悩、そして教育現場の苦悩。

 三つ巴の戦いは、最新機器も絡んでのかつて例を見ない壮絶なバトルを予感させ、とりあえずの幕を下ろすのだった。




 

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