にゃんこ狗尾草大合戦

葛西 秋

第1話 虎の巻

 時は戦国、時代は「ニャ土桃山」辺りと思し召せ。


 さて、場所柄は寒くもなく暑くもなく、春と秋に吹く風が心地よくヒゲを揺らす土地の片隅、小高い丘のふもとに広がる明るい林、ここに虎猫一家が縄張りを構えて城は丘の上、いちばん風通し良く乾いた場所に心地よく枯葉を敷き詰めて、雌猫一匹が体を伸ばして横たわる。

 

 この雌猫こそ城主の奥方、白玉の君で、白毛がちな細身の体に額と腰に虎模様の斑、つつましやかなその虎の斑は白玉団子にふんわりかかった黄粉の風情。


 桃色の肉球も柔らかなその腕をちょこちょこ曲げると叢から一匹の、背が虎、腹が真白の若い雄猫が「お呼びですか母上」と駆け付ける。

 

 この雄猫は、白玉の君が己が腹を痛めた何匹かの子猫のうちで最も年若く、目に入れてもヒゲを引っ張られても痛くないほどのかわいがりよう。


 さてこの愛息を呼び出して聞き出だすは城主寅衛門の近況で。


 寅衛門は鼻の先から尻尾の先まで虎模様が途切れるところない堂々たる体躯を誇る雄猫で、若い内から辺りを総締め、今ではその縄張りを猫の額などと揶揄する者も皆無な一帯の頭領である。

 

 が、最近気になる腹の肉。

 

 若かりし頃はにゃんと一声、笹の叢恐れもせずに飛び込んで、なわばりに侵入せんとする鯖猫どもを追い払ったものだがあれから三十年、いや七、八年。

 

 叢の陰で何かがゴソゴソしようともヒゲも動じなくなったのは、年を重ねて得た落ち着きではなく加齢による難聴である。


 最近は目も霞み始めて地面に擦らんばかりの腹を抱えて動くのも億劫がり、奥方である白玉の君が日頃徘徊する急な坂を登った城の上など行く気など露ほどもない。


 ただふわふわと陽だまりの、落ち葉にまみれて家臣どもと転寝をする日々で、そろそろ黄色いキノコにでもなっているのではないかと白玉の君が気に掛けるのもむべなるかな。

 

 白玉の君の愛息は、名前をそのままキナコと呼ばれ、なに和猫にとって見ればなかなか名誉なこの名前、たまにはキイちゃんキイちゃんなどと群れの雌猫に呼ばれてごろごろ喉を鳴らしているまだまだ年若い雄猫は、いずれ親父の如きでっぷり腹に一物も二物も貯め込むことになるとは想像だにもしていない。

 

 そのキナコが自分の親父の様子を母親に報告して曰く、


「キノコにはなっていませんでしたが、あの這って移動する有様は、巷に聞く粘菌に近いのではないでしょうか」

 

 黄色い粘菌もあると聞きます、と真面目に語るその顔に白玉の君、


「おや、嫌だよ粘菌だなんて。書いて字の如く粘っこいんだろう。猫の毛皮に粘っこいものはご法度だよ」


「まだ毛はふわふわしておりました」


「じゃあこれから糸を引き始めるんだろうねえ」


 などと、さて縄張りの主への評価にしては手厳しいが、長年の連れ合い故の情はある。


 白玉の君が己の夫君のキノコ具合を心配しているのには訳がある。


 小高いこの丘の上から見るとふもとを流れる川の向こう、別の一族が縄張りを構える草地から最近ちょろちょろ出てくる猫影がある。

 

 果たして猫目を憚る逢引きならまだしも、縄張りを狙う斥候であったらこれはやっかい。


 家臣どもは見廻りをしっかりしているのかと危惧すれば、頭領ともどもごろ寝に精出す体たらくと聞いて息子キナコにちょっとあの辺り見ておいで、と耳の後ろを舐めてやりながらの頼み事。


 いつもの遊び場からはほんの二、三駆け離れただけのその場所ならばと、さっそくピンと虎縞の尾を挙げて、キナコは一匹、跳ねるように出かけて行った。

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