序:夢【2】

 夢に出てきた人の話を聞いて、御舘おたて雅之まさゆき氏は苦笑していた。


 期末試験が終わった日、昼ご飯をおごってもらう事になったのだ。というより、茜がお兄さんとの待ち合わせをすっかり忘れていたので、お兄さんのほうがあたしらのいるファミレスに足を伸ばしたんだけど。


「そこまでの自己犠牲精神なんて、私は持ちあわせていないけどね。

 ところで茜。試験の出来はどうだった」

「思い出したくない」

「ふむ。すまんが私大に行かせてやる金はないから、次で挽回ばんかいしろよ」

「茜、国立狙いなんだ」


 茜の頭なら判らなくもない。でも茜は浮かない顔だった。


「まあ一応……それより兄貴、そろそろ食べるもの決めた?」


 あ、話そらした。


「まったく、おまえは成績の話になると逃げるんだからな。そういや、ここの店のピザって美味いのかな?」


 それでも話に乗って、テストの話を終わりにしてくれる雅之氏。うちの親より、さっぱりしてる。


「ぜんぜん」


 雅之氏にそう答えたのは、友里だった。


「それよりイカスミのパスタとか、ボンゴレとかのほうがいいですよ。ペペロンチーノもあたしは好きですけど」


 と、あたしが言うと


「え~?クリーム系じゃないと、食べた気しないじゃない」


 こう、典子が言った。


「クリーム系ねえ……あ、駄目だな。カロリーオーバーだ」


 女の子みたいな事を言ったのに、あたしと友里は吹き出した。

 典子は恨めしそうな顔。茜は呆れている。


「男の人でも、カロリーって気になるんですか?」


 すっごい意外。でも、雅之氏は軽くうなずいた。


「諸般の事情ってやつでね、ちょっと絞り込まないとまずいんだ」

「絞り込むって?」

「引き締めるって事だよ」

「でも、そんなに太ってないですよ?」

「少し走ろうと思ったら、今の体重じゃ重すぎる」


 べつに、デブでもガリでもないんだけどな。そう思いながら中途半端に袖をまくってる雅之氏の腕を見たら、結構、筋肉質だった。

 そんなにムキムキしてるわけじゃないけど、かなり鍛えてる。色も白くて服装はあんまり気にしてないみたいだし、おまけに大きいデイバッグ持ってるから、てっきり秋葉系オタクかと思ったんだけど、違うみたいだった。


「うちの兄貴って筋トレオタクだから、そーゆーこと気にすんのよ」


 茜はジト目。


「筋トレで走ったっけ?」


 体育まじめにやってないことがバレバレの、典子の発言だった。

 そのあとしばらく、筋トレの話とかスポーツの話をしていたんだけど、その話が途切れたのは、誰かがファミレスに入って来るのが見えた時だった。


「あ、あれ」


 最初に気がついたのは、友里だった。


「あ、晴香だ。……男連れじゃん」


「彼氏?年上だね」


 こそこそ話していたら、晴香の連れの方がこっちに気がついた。

 あたしらに向かって、薄笑いを浮かべる。


「なんか蛇っぽい雰囲気じゃない?」


 背筋がわけもなくぞわっとする、気味の悪い笑いだった。


「顔もなんか爬虫類っぽいし」

「表情が悪いよね、顔は悪くないんだけど」

「他人の陰口は、感心しないな」


 さすが年上。雅之氏はなんかいい人っぽい事を言った。でも、なんだか視線が泳いでるような気がする。

 蛇男はそんなあたしらを見て、もう一度イヤな薄笑いを浮かべて、あとは晴香と何か話してるだけだった。

 あたしらも、注文したものが届いたあとは、蛇男のことは話題にしなかった。


 注文したものが届いて、それを食べ終わってから、典子と友里が塾の特別講習を思い出した。


「もう始まってる!」


 なんかわざとらしい。ていうか、友里のこれって演技だよね。

 雅之氏もそれに気が付いてるようで、ちょっと苦笑ぎみだった。


「先に行った方がいいな。ここは私が払っておくから」

「すみません!」


 あ、タカッたな、友里。ついでに典子も。雅之氏って大人だから、ファミレスくらい大丈夫なんだろけど。

 二人がそれほど慌てる様子でもなく出て行った後、あたしらはコーヒーを飲んでから席を立った。


 どういうわけか、レジ前で晴香たちと一緒に並ぶ羽目になる。雅之氏はちらっと蛇男に目をやってから知らん振りをし、蛇男の方はなんだか薄笑いを浮かべて雅之氏を見ていた。

 晴香はあたしらに向かって「うちの親には黙ってて」と言っていたから、気が付いてなかったと思うけど、この蛇男、やっぱり何かおかしい。


 その予感が的中したのは、ファミレスの外に出た後だった。


 それまで知らん顔だった雅之氏が、さりげなく茜とあたしを背中に庇う。


 にやにやしている蛇男と、雅之氏が、正面切って睨みあっていた。


「何の用だ、遠山」


 これは雅之氏。さっきまでとは全然雰囲気が違って、なんだか迫力があった。


「ご挨拶だな、御舘君。判っているんじゃないか?」


 蛇男もなんだか、薄気味悪さが増していた。


「おまえが見舞いなんて殊勝なことを考えるはずも無い、ってことは判るが」

「見舞い?葬式の香典だったら喜んで包むよ。この間は、実に惜しかった」

「それで、何の用だ」

「この間、やりそこなった事をやりに来たんだよ」

「私を誰だと思っている?」


 時代劇に出てくる剣豪って、こんな雰囲気だったんだろうか。そんな事を考えて、あたしは現実逃避していた。


 雅之氏の言葉は静か過ぎて、逆に怖い。


「君一人ならとにかく、今はそうじゃないからね」


 蛇男の視線が、雅之氏から離れてあたしらを見た。

 晴香が、青い顔で蛇男を見ていた。蛇男がその晴香を、雅之氏の方に押しやる。


「じゃあ、御舘君。さようなら」





 次の瞬間。


 あたしは、それが地震だと思った。

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