魔導士を追放したけど、特に問題なかった件

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 遡ること半年前。俺のパーティは、魔道士タクトを追放することにした。独断じゃない、みんなで話し合って決めたことだった。タクトが魔導師として能力が劣っていたかと言えばそんなことはない、むしろ俺より魔力は強かった。勇者というのは、専門職にはどの能力も劣るものだ。


 だからこそパーティを組んで、助け合いながらダンジョン攻略に挑む。その地域や出現する魔物に合わせてメンバーが入れ替わることはしょっちゅうあり、俺も酒場で待機する日があったものだ。


 では何故追放するまでに至ったか。理由は単純明快、あいつは嘘つきだった。ただそれだけだ。パーティを組むからには協調性に欠けているやつは追い出す、至極当たり前のこと。冒険者はソロでやっているやつだってたくさんいるのだから、酷いことをしたつもりはないし、恨まれるならお門違いだ。


 追放を告げた日、緊張感のないきょとんとした顔で俺をみていたことを、今でも鮮明に覚えている。なんで自分が? と言いたそうにしていて、心の底からため息をついた。本当に悪いやつは自分が悪いことをしている自覚がないと本で読んだことがあるが、目の前に現実として存在するとは思わなかった。


 先程俺はタクトに協調性が無いと話したが、その根は思っていたよりずっとずっと深かった。戦闘面では雑魚相手にやたらと補助魔法を使って魔力を無駄に消費するし、アイテムは自分にだけしか使わない。ステータスには錬金術も取得していると表示されていたが、何かを作ったところなど見たことがなかった。


 俺が話しかけるとすぐ距離を取り、いつもうつむいてばかりで、まともに話せたのはほんの二、三言くらいだろう。魔導に精通する職業に就いているやつは引っ込み思案だったり対人が苦手だという話は聞いていたので、まぁそういう人種なんだろうと納得していた。使えないから、解雇するのもありだなとか考えていた。


 ところが、それは巧みな演技だった。ある日、俺が待機していると二時間ほどでメンバーが帰ってきたのだ。しかもそれまで未踏だったダンジョンの最下層までたどり着き、鉱石をたんまりと抱えて。話を聞けば、タクトが索敵から強化魔法から、階層のボスを倒すところまで援護していたらしい。


 なんだ、ちゃんと魔導士として仕事ができているじゃないかと俺は嬉しくて褒めたのだが、タクトはいい顔をしなかった。それどころか、ムスッとむくれていた。まるでお前に褒められたって嬉しくもなんともないと言いたげに。テイマーの少女ミラにだけ、笑顔を向けていた。


 その夜、俺のところにミラがやってきた。そして、今日の態度を見てもう辛抱ならなくなったとこれまでの所業を暴露したのだ。タクトは俺のいないときには強化魔法で全体を援護してくれること、錬金術で薬草から最高級回復薬を作り出していたこと、そして人と会話することに抵抗がなかったと知った。つまり、わざと足を引っ張っていたのだ。


 それだけなら俺が嫌われているだけなのだろうと思っていたが、次々にパーティメンバーたちが部屋に集まってきて、あいつがこっそり何をしていたのかを話してくれた。女性にだけプレゼントを贈っていたり、虚言癖があって、ないことをあるかのように語ったり、嘘か真実かわからないことを言って惑わせたり、自分の言いたいことを他者が言ったようにごまかして、時にはそこから喧嘩に発展するようなこともあったという。


 証拠に枯れない花束や、女神の加護を受けた指輪を見せてもらった。男の剣士や腕っぷしのいい格闘術士は毛嫌いされており、薬草一つ使ってもらえず死にかけた話をしてくれた。


 これはもう追放だ。そうしなければ、パーティが瓦解してしまう。能力がどうこうの問題じゃない、人としてまっとうでないやつにいてもらっちゃ困る。俺は意を決して、タクトを追放することをみんなに約束した。


 それから月日が流れて三ヶ月ほど前。街中で出くわした時、タクトはテイムしたケモミミ少女、奴隷エルフを連れて全身Sランクの装備品を身につけていた。冒険者ランクも最高のSSSで、隠し持っていたであろうスキルも大っぴらに公開している。パーティにいた頃とは打って変わって、どこでどうやって手に入れたのか饒舌に説明をするので面食らってしまった。


 その頃の俺たちといえば、やや落ち目のAランクになっていた。そりゃそうだ、薬草から最高級回復薬を作れるような錬金術師は世界に五人といないし、強化・弱体化魔法で底上げしていた部分が無いので、テイマーや魔法を使えない職業は強いダンジョンに挑めば苦戦する。宝を前にずこずこ引き返すことも、珍しくなくなっていた。


「今更戻ってこいと言われても、もう遅いですよ」とドヤ顔で放ったあいつの言葉が忘れられない。根に持っていたのかと呆れて乾いた笑いが出た。お荷物だと思っていたやつが実は最強の能力を持っていましたと、そういうわけなのだが、実はタクトがいなくなってからのほうが人間関係はぐっと良くなった。みんな嘘や隠し事をせず誠実に自分の役割を果たしてくれるし、俺もこの一件があってからは気を配るよう努めた。話し合い、改善策を出し、よりやっていきやすい環境を整える。それが勇者たるものの役目だ。


 少し後悔しているのだと思う。タクトは何故俺たちのパーティにいた頃能力について打ち明けてくれなかったのか。そんなに俺は信用ならなかったのか。ならどうして自分から出ていかなかったのか。もしかして、いなくなった後落ちぶれていく様を見たかったのか。聞きたいことは多くあったが、馬鹿らしくなってそのまま宿へ戻った。優しく温かいメンバーの「おかえり」が、妙に心に沁みた。宝よりも名誉よりも、大事なものを俺はもう手に入れている。あいつは多分、これを一生手に入れられないと思う。


 こんな話をしている間にも、もうすぐタクトは魔王のいるダンジョンを踏破し、歴史に名を刻むことになるだろう。俺は勇者だったが、時の砂に埋もれてそのうち誰も思い出さないような、無名の冒険者でしかない。だが、人々の心に残ってくれればそれでいい。


 魔導士を追放したけど、俺たちの人生に特に問題はなかった。これまでも、そしてこれからも。それだけを、誰かに覚えておいてほしい。

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