生徒会長選挙編13-3

百瀬さんとの会話が予想よりも長くなったので、急いで寮に戻ったが会田さんの姿はなかった。

あまりにも遅いから怒って帰ってしまったのかもしれない。

そういえば、寮生と話したいって言っていたから誰かの部屋にいるのかも。


「神無、会田さん来てる?」


「いるよ~」


神無の部屋をノックして声をかけると会田さんがドアを開けてくれた。


「お疲れ、告白はどうだった?」


「うーん、行ってみたら告白じゃなかったんだよね」


「そんなことあるの?」


普通は無いが実際にあったのだから仕方がない。


「心と会ったんだね」


銀色の髪をなびかせながら無表情の神無がこちらに来る。付きあって半年以上経っていることもあり、無表情でも神無が怒っていることがわかる。


「うん、手紙には佐藤って書いて会ったんだけど行ってみたら百瀬さんで」


「百瀬さんって昼間の話に出た面白い人?」


「うん」


「おお~詳しく聞きたいところだけど、もう帰るからまた今度詳しく教えてね」


「えっ折角来たのにもう帰っちゃうの?」


「うん、話は済んだからね。それに十川ちゃんと二人で話したいんじゃない?」


なるほど、元から僕と話すのではなく神無と話すつもりだったのか。まあ昼休みの時に神無が怒るかもしれないと言っていたし、神無に先に聞くのはわかる気がする。

それに僕が百瀬さんのことについて神無と話したいのも丸わかりのようだ。


「結局昼に言ってた作戦をやるの?」


「いや、やっぱりそのやり方はやらないって」


神無の方を向くと無言でこくりと頷いている。


「どんなやり方だったの?」


「うーん、それは言えないかな。でも、十川ちゃんと話して別のやり方を見つけたから」


「別のやり方?」


「うん、あんまり効果はないかも知れないけどね。でも私も楽しめるし、誰も損しないから良い方法だと思うよ。それに一番役得なのは優ちゃんだよ」


「えっそうなの?」


「うん、明日からやるから楽しみにしててね。じゃあ私は帰るね」


結局どんなやり方なのかは全くわからなかったが神無と会田さんが納得するやり方なら悪いことにはならないだろう。


「優、動かないで」


会田さんが部屋から出ると、神無が僕の肩を掴み鼻先が触れそうなくらい近くで僕の目を見る。


「神無?」


「じっとして、この方がよく見える」


百瀬さんと会った時のことを鮮明に知りたいのだとは思うが、ずっとこのままだと流石に照れてしまう。


「気をつけてって言ったのに」


神無は軽く溜め息を付き不満そうに呟く。当然男ばれしたことは神無には丸わかりだった。


「いや、神無と同じ力があるなら隠すなんて無理だよ。入学式で目が会った瞬間にばれていただろうし」


「違う。そう魅せただけ」


「え、どういうこと?」


何がなんなのか全くわからない。どう考えても百瀬さんは僕の考えていることを理解していたし、男だと言うこともわかっていた。

そんなことができるのは神無や神音さんのような力がある人しかいないだろう。


「チョコ…じゃなくて手紙頂戴」


「う、うん」


一瞬本心が出た気がするけど、僕の記憶を読み取っただけでは手紙の内容まではわからないから手紙が見たいということだろう。神無宛の手紙と一緒にチョコも渡す。


神無は軽く手紙を見ると僕に手紙を渡し、百瀬さんから貰ったチョコを食べ始めた。


「優も見て良いって」


「そうなの?じゃあ見るけど」


僕が貰った手紙にはアンズの花があしらわれていたが神無宛の手紙には竜胆の花があしらわれていた。


『十川さんへ  初めまして、百瀬心です。伊澤さんは男の子なのに可愛いですね。それに純粋で分かりやすい。

初めて会った時から十川さんは人とは違う何かがあると思ってました。

でも相手の考えが読めるとは流石に驚きましたよ。それが知れただけでも伊澤さんを呼び出した甲斐がありました。

十川さんが私のプライベートを伊澤さんにすら言わないでおいてくれたのは嬉しいですけど伊澤さんや生徒会のメンバーになら全部ばらしていいですよ。

もちろんこの手紙も見せていいです。


私が生徒会に入って十川さんとお話しできる日を楽しみにしています。

百瀬 心』



僕のことを完全に小馬鹿にしている気がするが、今はそれどころではない。この手紙は僕の前で書いた物だ。つまり、僕と話すまで神無の力を知らなかったということ?


「えっこれどういうこと?」


「心に私みたいな力は無いってこと」


「それはさっきも聞いたけど…」


「心は話すのが極端に上手い」


「ごめん、もう少し分かりやすく教えてほしい」


相変わらず神無の説明では何もわからない。

神無も伝わらないことを理解したのか、ポケットからスマートフォンを取り出し誰かに電話をかけ始めた。


「優に心のこと説明して」


それだけ言うと神無は僕にスマートフォンを渡した。画面には一ノ瀬麗と表示されていた。


「えっ、一ノ瀬さん?」


「私も全然状況わかってないんですけどどうしたんですか?」


それから一ノ瀬さんに今日起きた出来事を全て話した。


「なるほど、してやられましたね。手紙に全部話して良いと書かれていたなら私が説明しますよ」


「うん、お願い」


なぜ一ノ瀬さんが説明できるのかはわからないが、神無が一ノ瀬さんに任せたということはある程度わかっているということか。


「まず、百瀬さんのご両親は占い師です。それも父親は占い協会の理事長ですね」


「占い師?そもそもなんで一ノ瀬さんが百瀬さんのご両親の職業を知ってるの?」


「探偵を使ったからに決まってるじゃないですか」


そんな当たり前のことのように言わないでほしい。かなり前に僕のことも探偵を使って調べていたし今更気にしても仕方がないのかもしれない。たが


「ま、まあ今はそこはいいや」


「百瀬さんの父親は愛妻家としも有名で離婚などはしていないので旧姓が佐藤って言うのは嘘ですね」


「その嘘に何の意味があるの!?」


「意味はありますよ。手紙に百瀬と書くと伊澤先輩が警戒して来ないかもしれないです。佐藤を旧姓って言ったのは偽名を使ったと思わせるよりそっちのほうが警戒心をときやすいからです。間違って使ったことにすれば、伊澤先輩に触れてはいけないところを触れたと思わせて罪悪感を抱かせることができて、これ以上手紙に佐藤と書いたことについて言及されません」


「な、なるほど」


神無が口が上手いと言った理由がよくわかった気がする。会う前から既に嘘をつかれていたのか。


「まあ苗字の件は仕方がないとしても伊澤先輩は簡単に騙されすぎですよ。十川先輩みたいな特殊能力を持っている人なんて何人もいませんよ」


「神無にも違うと言われたけど僕の考えていることや、百瀬さんが知らなそうなことを言い当てられたよ?」


「それは、コールドリーディングとホットリーディングです」


「えっ何それ?」


「コールドリーディングはその場で相手を観察して、会話の中で相手を探って相手のことを言い当てる話術。ホットリーディングは事前に得た情報を利用して相手を信じさせる話術です。百瀬さんは漠然とした言い方をして伊澤先輩の言葉を引き出すか事前に知っていたことを、目を見ただけで読み取ったと思わせていただけです」


確かに百瀬さんは見ればわかると言っただけで、神無のように相手の感情や考えていることがわかるとは一言も言っていない。僕は男バレしたと思っていたが百瀬さんとの会話で男ですよねとは言われていない。


「つまり、僕は百瀬さんの話術に引っかかってべらべら余計なことを自白したってこと?」


「そうですね」


「でも、手紙には男だってことも神無の力のことも書いてあったよね?」


「十川先輩の力のことは伊澤先輩との会話の流れで確信したんでしょうね。男ばれは十川先輩宛のチョコを受け取った時に指の長さを見て確信したと思いますよ。普通に手を見せてくださいって言うと警戒されますけどプレゼントと言えばその物に注目させることができますから」


「でも、手が大きい女の子もいるんじゃ?」


確かに女の子よりも男の方が手は大きいとは思うけど確信することはできないだろう。それに僕の手は男の中ではかなり小さいほうだ。


「違います。女性は人差し指の方が長くて男は薬指の方が長いんですよ。多分それを見て男だと確信して十川先輩に手紙を書いたのだと思います」


「えっそうなの?」


「はい。もちろん女性で薬指の方が長い人もいますけど、安西さんが君付けしたことや伊澤先輩と話していた内容と合わせて確信したんでしょう」


「そうなんだ…」


つまり軽く話しただけで僕が男だとあばいたということか。その上、神無の力もばらしてしまった。


「しかも、伊澤先輩へ送った偽告白に使った手紙にあしらわれていたアンズの花言葉は『疑い』、『疑惑』、十川さんに渡した手紙にあしらわれていた竜胆の花言葉は『悲しんでいる貴方を愛する』、『満ちた自信』です。だいたいが伊澤先輩への皮肉ですけど、満ちた自信というのは選挙で闘う私への宣戦布告ですね。わざわざ生徒会の人には手紙を見せて良いと書かれていますし間違いないでしょう」


「よくそんなことまでわかるね」


「百瀬さんは私と似てますからね。考えていることがわかるんですよ。予定通り私が選挙で倒すので、伊澤先輩はおとなしくしていてください」


たしかに、僕が余計なことをするよりも百瀬さんのことは一ノ瀬さんに任せた方が良いのかも知れない。


「うん、じゃあ百瀬さんのことは任せるね」


「はい、任せてください」


自信に満ち溢れた声で宣言し一ノ瀬さんは電話を切った。


「麗なら大丈夫」

「うん、そうだね」


横にいて、全てを聞いていた神無も一ノ瀬さんの勝利を確信していた。


これ以上僕が余計なことをするよりも百瀬さんのことは全て一ノ瀬さんに任せた方が良いのかもしれない。

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