12-6新入生編

今回の話も宮森恭歌視点になります。




「恭ちゃん、行こっ」


私の手を取り、湊さんは教室へと向かう。


恭ちゃんなんて呼ばれ方をしたのは10年ぶりくらいだろうか。


私だったら友達をあだ名で呼ぶまでに1年くらいかかるのに湊さんは凄い。


「私は高校からだけど恭ちゃんも?」


「うん、本当は中等部から来たかったんだけどお父さんに許して貰えなくて」


しまった。ほぼ初対面の人に重たい家庭の事情を言ってしまった。こういう所がコミュ障といわれる所以なのかもしれない。


「へぇーそうなんだ。でもここにいるってことは解決したんだよね」


私の焦りを知ってか知らずか特に話を広げず軽く返してくれる。


それに湊さんの言う通り、今この学校に通えてるなら過去などどうでも良いことだ。


ここは湊さんの優しさに乗らせてもらおう。


「うん、受かったからもう解決したかな。湊さんはなんでこの学校に来たの?」


「うーん、制服が可愛いからかな」


この学校は偏差値が結構高いのにそんな理由で受けたんだ。ちょっと失礼だけど見かけによらずめちゃくちゃ頭が良かったりするのかな。


「それは理由の半分くらいだけどね。でも丁度教室着いちゃったし残りの半分の話はまた今度だね」


湊さんの言うとおり、いつの間にか教室に着いてしまっていた。


半分?まあ制服の可愛さが半分を占めているなら残りもそれほど大きな理由では無いのだろう。


ドア越しに教室を見ると、既にほとんどの人が仲良さそうに話している。やはり中等部から上がってきた人が多いのかな。


もう始まる前から私の高校デビュー失敗してない?


「おはよー、みんな一年間よろしくね。私のことは湊って呼んでね~」


私の不安とは裏腹に湊さんは教室の扉を勢い良く開いて大声で宣言する。


中等部の人がやるならまだわかるけどほとんどの人と初対面だよね!?


「今日も元気だね~湊」


教室にいた女の子が湊さんに茶々を入れる。


さっき高校からって言っていたはずなのになぜ仲良い人がいるの!?


「同じ中学校の人?」


「ううん、同じ寮の人。昨日仲良くなったんだ~」


やっぱりこの人は誰とでも仲良くできるタイプの人なのだろう。あまりにコミュ力の違いがありすぎて全く参考にならない。


私は私なりのペースで頑張ってみよう。


「じゃあ、恭ちゃんこれからよろしくね~」


湊さんは先程話していた寮生の所に向かって行った。


私も頑張って一人でいる人に話し掛けてみようかな。


黒板をみると出席番号順に席が書かれている。私の席は窓側の一番前。


私の決心を応援するかのように、後ろの席の人が一人で誰とも話さずに座っている。


胸あたりまである黒髪ポニーテールに綺麗に揃えられたパッつんの前髪。真っ黒な瞳。


誰と話すでもなくブックカバーがかけられている本をつまらなそうに見ている。


本を読んでいるだけなのに誰も話しかけるな、迷惑だと言わんばかりの空気を感じる。


この学校の新入生はコミュ障かコミュ強しかいないのだろうか。


結局、勇気など出るはずもなく後ろの席の人に話しかけることができないまま入学式が始まった。


体育館に入ると来賓の人達や保護者の方々の拍手で迎えられる。


当然だが保護者席には男性もかなりいる。この距離だと蕁麻疹が出ることはないがやはり苦手なものは苦手だ。あまり長居したい空間ではないがそれほど時間がかかる式でもないし我慢するしかない。


保護者席を見るとお母さんが私のことを探して目線をキョロキョロさせている。


あれ、今一瞬目が合ったはずなのに何故気づかないんだろう。すぐに目線を外されて再び目が合い、今度は気づいた見たいだけど2度見された。


今日の髪型や化粧はお母さんに初めて見せたけど、母親なんだからすぐ気づいてよ。


式が終わるまでは話すことはできないがお母さんが拍手をする手を強めて喜んでいるように見えたので良いとしよう。


入学式には在校生はほとんど出席していないらしく、放送委員っぽい人と生徒会の人達しかいない様だ。


当然新入生に知り合いはいなかったが生徒会の人達がいてくれたおかげで少し安心できる。


寮にいる時から思ってはいたけど、やはり生徒会の人達は目を惹く。見た目で選んだんじゃないかと思うほどに全員美人でまさにこの学園の顔というべき存在なのだろう。



新入生が全員着席し、いよいよ式が始まる。


入学式と言っても特に楽しいことなど何も無く、来賓の有難い言葉をひたすら聞き何事もなく進んでいき残りは在校生代表と新入生代表の挨拶だけになった。


「在校生代表伊澤優さん」


司会の先生に呼ばれ伊澤さんが演台の方に向かう。


「優くん!?なんでこんなとこにいるの?」


湊さんが急に立ち上がって叫び出した。

伊澤さんと知り合いなのかな?

それに何故伊澤さんのことを君づけで呼ぶのだろう。まあ、あだ名で呼ぶのが好きみたいだし、特に意味はないのかも知れないけど。


だが、今はそんなことはどうでもいい。式の途中に突然新入生が叫びだすなど前代未聞だ。


先生だけでなく、保護者や来賓の方々もざわつき、我を取り戻した湊さんも焦りだす。


体育館にいる誰もが慌てている中で伊澤さんは演台の方に行く歩みを止め、湊さんの方を向く。


口元に人指しあて、しーっとジェスチャーを送る。


何というか伊澤さんが人気な理由が良くわかった。魅力的な人間は男も女も簡単に虜にしてしまうらしい。


湊さんの方を見ていた会場の人の視線が一斉に伊澤さんの方に集まる。


伊澤さんは湊さんだけに伝えたはずなのにざわめいていた会場に一瞬で静寂が訪れた。


そこからの伊澤さんは会場中の視線にも物怖じすることなど全くなく、流れるように挨拶をしていく。会長として挨拶に慣れているとはいえこんな雰囲気で通常通り話せるのは本当に凄い。


在校生代表の後に新入生代表の挨拶もあるけど、この後に新入生代表の挨拶をするのは気の毒すぎる。


新入生代表の挨拶は毎年入試成績のトップの人がおこなう。


私の入試成績は2位だったらしく1位の人が別の学校に行ったり辞退したら私がやることになっていた。1位の人がこの学校に来てくれて本当に良かった。私だったら到底この雰囲気で大勢に向けて挨拶などできない。


「新入生代表 百瀬 心さん」

「はい」


横に座っていた人が立ち上がり演台の方に向かっていく。


今年の成績トップは私の後ろの席の女の子だったらしい。


先程教室で話しかけるなオーラを出していたのは挨拶に緊張していたからだったかもしれない。


胸あたりまである黒髪ポニーテールを揺らしながら歩いていき、緊張している様子もなく堂々と登壇する。


「暖かな春の訪れと共に、私たちは堀江学園に入学いたします。本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」


新入生代表の人は、それだけ言い式辞用紙を折り畳んだ。


これで終わり?内容はおかしくなかったとは思うけどいくら何でも短すぎる。

私と同じことを思ったのか新入生だけではなく先生や来賓の方々も驚きを隠せずざわめく。まさか2枚あったけど1枚目しか持ってきていなかったとかなのだろうか。


そのざわめきを全く意に介さず、新入生代表の女性は言葉を続ける。


「先程までは堀江学園での生活に特に期待していませんでした。しかし、突然叫びだす新入生。それを一瞬で収める生徒会長。そこにいる生徒会の役員の方々もバラエティに富んでいておもしろそう。この学校は変な奴…もとい独特な人が集まっているみたいで安心しました。少なくとも今年度はこの学校で退屈せずに済みそうです」


明らかに式辞に書いていないとんでもないことを平然と言った。


先程教室で見た静かに人を寄せ付けない雰囲気とは違う。獲物を射すくめるような目付き。


明らかに新入生や保護者に向けてではなく生徒会の人達に向けて話している。


伊澤さんは苦笑い、花宮さんはため息をつき、一ノ瀬さんは怪訝な顔、十川さんは無表情で百瀬さんのことをじっと見つめていた。


生徒会の人たちの顔を見て不適な笑みを浮かべると、まるでここから通常の進行に戻ると言わんばかりに再び式辞用紙を開く。


「私たち新入生一同は堀江学園の生徒としての誇りを持ち、家族や先生方、そして今日まで堀江学園の伝統と歴史を築いてきたOGや先輩に恥じることのないように行動に責任を持ち、自立した高校生活を送ります。


暖かいご指導よろしくお願いいたします。


本日は誠にありがとうございました。


在校生代表 百瀬 心」


百瀬さんは途中の暴言など無かったかのように堂々と礼をして降壇し私の横の席に戻った。


あまりの出来事に百瀬さんが席に着くまで誰も拍手をすることはなく無言の重苦しい空気が体育館を包み込んだ。

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