十川家7-1

今日は神無の家に行く日だ。

昨日、神無の家が日本有数の大企業の社長の家だと聞かされてから一気に行きたくない気持ちが増してしまった。

だが、生徒会選挙で推薦人になってくれたことと生徒会に入ってくれたことへのお礼はしなければいけないので頑張って彼氏役をまっとうしよう。


寮から男用のスーツで行くわけにはいかないのでウィッグをして、女の格好で外に出て駅まで向かい駅の多目的トイレでスーツに着替える。男女共用なので女の姿で入って男の姿で出ても気にならないのがかなり助かる。

女の服やウィッグは駅のロッカーに入れてこれで準備はできた。


5分ほど駅の前で待っていると、黒塗りの高級車が僕の目の前で停車した。

一ノ瀬さんのところといい、なんでお金持ちは高級車で迎えに来るのだろう。僕を迎えに来る車なんて軽自動車とかでいいのに。


まあ今回は神無も乗っているから良い車で来るのは当然か。


そんなくだらない事を考えていると、運転席から50歳くらいの男の人が出て来た。


「おはようございます。伊澤様でお間違いないでしょうか」


「はい、伊澤優です。本日はよろしくお願いします」


「ご丁寧にありがとうございます。私は電十の専属運転手を勤めております北村と申します。どうぞこちらに」


北村さんが車のドアを開けてくれた。ドアなんて自分で開けられるのにわざわざやってもらうと恐縮してしまう。


「おはよう、優」

「おはよう」

「いつもと違うね」

「それはそうだよ。流石にいつもの格好じゃおかしいしね」

「そうだね」


「今日の話をあんまり詳しく聞いていないけど、挨拶は神無のお爺さんとお父さん、お母さんにだけすればいいの?」


「うん。でも結構時間はかかると思う。徹もそう思うでしょ」


「左様でございますね。特に奥様はお話好きなのでそうなる可能性は高いと思われます」


神無は誰にたいしても名前で呼ぶけどこんな年上の人にもそうなのか。


「うん、あと優はお母さんと話しても動揺しちゃ駄目」


「動揺って?」


「話せばすぐわかる」


緊張はするけど動揺することなんてそんなにないと思うけどなんだろう。


「優、眠いから膝貸して」


「え、膝枕?」


「そう」


付き合ってもいないのにそんなことをして良いのだろうか。

もしかして、これは運転手さんに付き合っていると見せるためのアピールか。


それなら緊張するけど仕方がない。

神無は特に焦ることも無く自然に僕の膝に頭を置いた。


そのあとは特に話すことも無く神無も眠そうだったので、意識しないようにひたすら無心で膝枕をした。


「神無、着いたよ」

「ありがとう、良く寝られた」


「一応聞きたいんだけどこれって全部十川家の敷地?」

「そう」


神無はさも当然かのように言っているが、敷地が広すぎる。東京ドーム何十個分なんだろうか。


門をくぐってから、何分か経ちようやく豪邸が見えてきた。


豪邸のドアの前に20歳くらいの綺麗な女性が立っている。神無の綺麗な銀髪とは違い、濡れ羽色の髪で目は灰色っぽいが顔立ちが神無と瓜二つだ。神無は一人っ子だと思っていたけど、お姉さんがいたのか。


車から降り、挨拶をしようとしたら向こうから話しかけてきた。


「あなたが伊澤さんね」


「はい、伊澤優です」


「肩にウィッグの毛がついているからとってあげるわ」


「あっすみません」


思わず反射的に答えてしまったけど、

え?ウィッグ?まさかさっき外した時に毛が落ちたのか?それよりなんで肩に着いている髪が地毛じゃないってわかるんだ?


慌てて肩を確認するがそんな毛は全くなかった。


「冗談よ」


イタズラが成功した子供のようにケラケラと笑っている。


「ウィッグって、なぜそれを知って…」


「気にしないで、こういう人だから。お母さん、優をからかわないで」


お母さん!?とてもじゃないけどそんな歳には見えない。理事長や僕の母さんも相当若く見えるがそんなレベルではない。

動揺するなってこういうことだったのか。いや、事前に言われていてもこれは無理だ。


「神無、僕の秘密をお母さんに言ってたの?」


「言ってない」


「じゃあなんで僕がウィッグをしてたことを知ってるの?」


「そういう人だから」


相変わらず神無の説明はよく分からない。


神無と神無のお母さんが軽く目配せをしたと思ったら神無のお母さんが溜め息をついた。


「神無は伝えるのが下手くそだから私が教えてあげる。私と神無は人を見ただけでだいたい、その人の経験したことや、どんな人間なのか、今考えていることがわかる特異体質なの。だから、あなたが堀江学園に女装して通っていることもさっき神無に膝枕をしてあげていたこともわかるってわけ。もちろん本当は彼氏じゃないこともね」


分かりやすすぎる説明だが、同時に死刑宣告を受けた気がした。

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