作家、西園寺伴の異能な日常~奇妙な親子 前編~

長崎ポテチ

第1話

 小説家と言うのは浮かばれない職業であるーー

「どうしようもなく人を殺したり絶望したりって場面を、作家てのは書かなきゃいけないんだ。ただ、それに結末を与えてやる事が彼等の供養になるし、俺の使命。俺だって救えるもんなら救ってるさ」


 少々長いが、これが作家である彼の座右の銘である。


 彼の本名は「持越伴もちこしばん」、ただ世間ではもっぱらペンネームである「西園寺伴」と呼ばれているのが一般的だ。


 19歳でデビューし、処女作『蛇腹の前歯』の大ヒットから始まり、次作の『ワンポイントピース』などコンスタントにヒット作に恵まれ、デビューから5年たった今はこの地元「小摩市」では知らない人がいない程の有名人である。


 その作風から、ミステリー作家なのかホラー作家、はたまたコメディ作家なのか……

 とにかく多岐にわたるジャンルの作品を作るため、肩書は皮肉の意味も込められ「暴食作家」とも呼ばれている。


 彼を街で探すのは簡単だ。

 人畜無害を彷彿とさせる垂れた眉毛に、だらしない口元。

 輪をかけて凶悪の天然パーマに、いつもTシャツとGパンに黒いジャケットを羽織るスタイル。

 これだけ分かっていれば、あまり遠出はしないのも相まって遭遇率はグンバツである。


 そんな彼には親さえも知らない秘密がある、いや、異能がある。

 それはーー

ーーーーーーーーーー

 小摩市は非常に緑の多い街である。

 再開発計画から幾十年たち、最近は老人の街としての評価ではあるが、いまだに住みやすさでは右に出る街はない。


 駅にはあらゆる施設が揃っており、駅から5分も歩けば、そこそこに広めのマンションが安く手に入るのでデビュー作の印税が入った伴は即決で購入し住んでおり、この街を愛している。


「ぬおお、タバコが切れちまった」


 とある朝、伴はタバコが切れた事実を確認後、一回で買い物を済ますため冷蔵庫を開ける。


「うむ、卵と牛乳と……あー、野菜ジュースも買っとくか」


 伴は外出致し方なしという表情でサッとジャケットを羽織り、年季の入ったクロックスを履いて仕事場兼自宅としているマンションを出る。


『ジャラジャラ』『ジャラジャラ』

 歩くたびにジャケットに直接入っている小銭が音を鳴らす。

 決して出不精でやっている訳ではなく、これが伴にとって1番良いのだ。


 2LDKのそのマンションの向かいにはコンビニ『モーソン』があり、これこそ伴がこのマンションに住むのを決定した理由でもある。


「いらっしゃいませー」

「91ば……」


「はい、91番のおタバコ2つですねー、合計1931円になりまーす」

「どうも」


 絶対に2つタバコを買う事も、絶対に袋をつける事も、絶対にポイントカードを使わない事すらも、このモーソンの全店員に知れ渡っている。

 ヘビーユーザーである伴は手早く会計を済ませ、足早に店を出る。


『なんか、買いにくいな』


 そう毎回思っても体が勝手に必ずモーソンには行くので、伴はこの対応に諦めを感じていた。


 と、その時事件は起こる。

 店を出た目の前にある横断歩道で、ギリ20代だろうか?薄幸そうな顔つきの母親と、ギュっと手を繋がれている5-6歳の綺麗な園児服を着た子供が信号待ちで立っている。


 朝方だろうか、伴も含めた3人しかその場におらず信号を待っていると、向かって左側の道路から猛スピードでトラックが走ってきた。


 その瞬間、園児服の子供が母親の手を振りほどき、トラックの車線上に飛び出して行ったのである!


「ママ、ごめんなさい」

「ちょっと、何をするの!? やめなさいッ! 隆太! 隆太ァアッッ!」

「何をしている! 危ない!」


 母親が手を伸ばすーー届かず間に合わない!

 伴でも到底間に合いそうにはないッ!

 母親は隆太とやらに近づくが、これでは二人とも追突していまう恐れがあった。

 子供の飛び出しに気付いたのだろうか? トラックは急いで急ブレーキをかけ、少しハンドルを切る様子を見せるが、スピードの出し過ぎだ、間に合うはずがない。

 振り向いた子供が母親に言う


「ママ、あいしてる」

「いやあああああ」


 ほぼ脊髄反射で、伴はジャケットに忍ばせている『小銭』と『黒革の手帳』と『赤い万年筆』を取り出す。

 小説家たるもの、いや、こういう時の為に書くスピードには一定の評価がある伴は、その手帳を1枚破り即座にその紙に『こちらに飛べ』と書き込む。


 伴は小銭でその紙を雑に巻き付け、思い切りその子供に投げつけた。


「うぉらぁあ」

「いた! うわぁああ」


 その瞬間、子供の肩に直撃した紙が『ヒュン』と吸い込まれたかと思うと、全身の筋肉をフル動員したかのような勢いでこちらに飛び込んできた。

 いくら園児とは言え、脳みそのリミッターが外れれば結構な距離を飛ぶものだ。


 そして、これが西園寺伴の異能である。

 この他人に命令出来る異能は、一人につき一生に一度だけ使えるものである。

 ただその効果は一瞬で、例えば『金を渡す』と命じても、その直後には当人から返せと言われるのである。

 それでもとんでもない能力である事に変わりはないため、伴はこの異能を使う際は『生命に関わる場面』に限定している。

 それが、ぎりぎり一般人と伴自身が思える矜持でもある。


「うわあっふ」

「きゃああ」


「ホグぅ! ……ぉおお!」


 飛んだ子供が母親に当たり、その母親も含めた反動を全て伴は支えて受け止めた。


「あ、危なかった」


 直後、キュウウウという音と共に白線の真ん中付近でトラックが止まる。

 伴は運転手の顔を睨みつける、それは男で、左の頬に傷跡があるのが特徴的であった。

 男は絶望と恐怖が入り混じった表情を浮かべた後、あろう事かその場から走り去ってしまった。


「おい待て! 自分が何をしたのか分かってるのか? おい、クソ野郎! ……お前、絶対に許さないからな!」


 伴は可能な限りの悪態をついて、傷の男を罵倒する。

 男には『逃げ太郎』というあだ名を心の中で付け、次回作には酷い目にあって死んでもらう役を担わせる事にした。


「うぅう……どうして……隆太、どうしてこんな事したの! どうしてェッ!」

「ごめんなさい、ママ、ごめんなさい」


 母子はガタガタと震え上がっている。

 伴はそっと寄り添い母子の背中をさすってあげた。


「あの、お怪我は?」

「だ、大丈夫です」

「……」


 ある程度落ち着いたところで、伴はその場から去ろうとした。

 無事であれば、あとはこの母子の問題であり、自分が口出しする事ではないと判断したためである。


「それじゃあ、俺はこれで」

「あ、あの! ひょっとして貴方はあの西園寺……」


「違います。それじゃあ」


 変にマスコミに嗅ぎつけられ騒がれても困るため、敢えて伴は嘘をつき、今度こそその場を去った。


 これは、伴曰く『優しい嘘』である。


ーーーーーーーーーー


 自宅に帰った伴は、買ったばかりの荷物からタバコのみを取り出し、その辺へ放り投げた。

 深いため息をつきリビングにあるソファーにもたれ掛かりタバコに火を付ける。

 フゥーっと何もない天井に煙を吹きかけ、そのまま見上げた。


「しかし、朝から疲れたな」


 伴は『あらゆる思考は至高』と考え、それを邪魔されるのを極力に嫌う傾向にある。

 そのため、他人との接触をしないに越したことはないと思っているので、伴からしてみれば今日一日はもうエネルギー切れである。


 一本目が吸い終わろうとした時、家主の許可なく玄関が開く音と同時にとても可愛らしい声が聞こえた。


「まことか……」

「たっだいまー! あなたの神湯が来ましたよー! ってあれ? 伴先生なんで起きてるの? 私が起こせないじゃない、やり直しよ。もう一回寝て」


「もう突っ込むところが多すぎて何も言えねえ」


 神湯まこと(しんとうまこと)ーーー

 両親共に超有名弁護士であり、その倅であるこの人物は、伴の異能を知っている数少ない人間の一人である。

 アニメのような茶髪にサラサラなボブヘア、目はクリっと大きく全てのパーツが黄金比とも言える形で揃っていて、その子柄な体を華奢な手足が支えている。

 その端正で可愛らしい容姿と天使の声色には世の男全てが振り返ると言っても過言ではない。


 ただ、そんな美しい彼は紛れもないーー『男』である。


 『全ての男の娘を過去にする』だとか『歩くメーテル』だとか色々言われている神湯と伴の出会いは3年前になる。


 ここで詳しく、その話はしないので簡潔に言えば、当時高校生だった神湯はその容姿で恰好のいじめの対象だったが、取材に来ていた伴に救われた。

 その事を大変神湯は恩義に感じ、いつの日か恋愛対象にまで昇華していった……という感じである。


 何故か両親公認の神湯からの猛アタックを、最初はやんわりと交わしていた伴ではあるが、いずれ冷めるだろうと軽い気持ちで助手として一昨年から雇っている。


 ただ伴はまだ知らない……

 神湯はその界隈では伝説的ユーチューバーであり、その『かみーゆチャンネル』のチャンネル登録者数は脅威の600万人超えであり、既に伴以上の収入を得ていて、結婚資金として本気で貯金しているのだ。


 ちなみに当初、伴の自宅に普通に住もうとしてたが、「それだけは勘弁してくれ」と言ったところ、同じマンションに住むという事で決着がついた。

 ただ、寝る時と動画撮影以外の大半は伴の自宅で主夫をしているので、神湯が「ただいま」というのはあながち間違っていないのである。


「一個一個突っ込んでやりたいのは山々なんだがな、今日は、もうちょっと疲れてんだわ」

「もう、伴先生、突っ込むだなんてエロいー」


「オーケー分かった。会話をしようか」

「はーい」


 さも当然のごと伴の横に座り、今この時間が何よりも楽しいと言う目で神湯は伴を見つめる。

 その忠義に溢れた犬のような眼差しに、すっかり毒気の抜かれた伴はこの後に悪態をつくのをやめ、どうせならと今朝の出来事を話す決心をした。


「実は今朝な……」


ーーーーーーーーーー


「えー!? ちょっと、伴先生大丈夫? 怪我はない? 病院行く? 産婦人科でいい?」

「プフっ。産婦人科は関係ないだろ。思わず笑っちゃったよ」


 どうやら神湯にとっては伴が怪我をしていないかの方が大事だったらしい。

 ペタペタと体を触りながら確認をしてくる神湯は、スキあらば大事な所を触ろうとするが、そこは伴はしっかりとガードしていた。

 心なしか神湯から舌打ちのような音が聞こえたが、気を取り直したように会話は続く。


「それにしても、その死のうとした子供も気になりますけど、逃げた男っていうのもサイテーですね」

「な? それな?」


「多分生きてるだけでも相当にヤバい奴ですよ。ヤバ中のヤバです」

「本当だよ。クズ中のクズってああ言うのを言うんだろうな」


「決めました。そいつのあだ名は『逃げ太郎』にして、伴先生の次回作で殺しましょう」

「ちょっと待ってくれ、なんか思考回路が侵されてる気がして怖い。お前は俺か!?」


「言ってる意味は分かりませんが、私はいつだって『持越まこと』になる準備は出来てますよ?」

「やめろ、俺が悪かった。オーケー。昼飯でも食おうか」


 ピンポーンーー


「珍しいな、客か?」

「ちょっと対応してきますね」


 突如鳴らされたチャイムにより、この奇妙な痴話喧嘩が終焉を迎える。

 伴は神湯に手を振るポーズを見せつける。

 これは『面倒なら伴は居ないと伝えてくれ』とのサインであり、長年の関係性で直ぐにそれを察した神湯は客人の対応をするべく、パタパタと玄関へ向かっていった。

 が、その伴の願いは通じなかった。


「あのー、伴先生、お客様ですぅー」

「へ? あ、うん今行く」


 ソロリと玄関から顔を出した神湯は、申し訳無さそうな表情で伴に告げた。

 伴の方は、これまで幾度となく面倒ごとから露払いをしてもらっているため、神湯の対応に怒る事はなく、よっぽどの事なのだろうと確信していた。

 そして、玄関を覗いた伴はその客人に呆然としてしまう。


「やはり、西園寺伴先生でしたのね」

「あなたは今朝の……」


 その客人の手には、今度は離さないと念を込められたように繋がれた園児も一緒にいた。


「あ、おじさんだ」

「お話がしたくて参りました」


「はぁ、とりあえずどうぞ」


 伴は生返事をし、その奇妙な母子を招き入れる。

 突然の異様な状況に、さっき吸ったニコチンがきれかかっているのを感じた。

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