叶わなかった願い、幻想的な旋律

春嵐

01

 住人不在の家から、119番通報が相次いでいた。

 今のところ、そのどれもが緊急性を持たないものばかりで。何も起こっていなかった。


 電話回線と合流させてある光回線が壊れかけていて、勝手に番号がプッシュされたことになっていたり。

 子供がいたずらで空き家に侵入して、繋がっていないと思って適当に119番をプッシュしていたり。

 たまたま電話の近くに置いてある花瓶が花の重みに耐えられず倒れて転がり、見事に119を押したというものもあった。


 事件ではなくて、よかったと思う。


三佐さんさ


 同僚。声をかけてくる。


「あんまり、思い詰めんなよ。昔のことを」


「わかってるよ」


 前にも。同じようなことが、あった。

 住人不在の家から、119番が鳴って。通信担当がその電話を取ると、電話が切れる。

 そして、その発信元の家へ捜査員が向かうと、失踪していた人間が何事もなく座っている。


 事件というわけではない。失踪した人間が戻ってきているし、その戻ってきた人間は失踪時の記憶がない。病院の精密検査でも、ちょっとおかしなことになっていた。

 数年前に失踪して不在通報で戻ってきた人の年齢が、失踪当時のままだった。皮膚や肌の検査で、証明されている。まるで、どこかへ消えて。そしてまた、不在通報と共に出てきたような。そんな感じだった。


「あのとき。失踪者全員、なんらかの心の不具合を抱えていた。それが、見つかったときは心の不具合がなくなっている」


「またその話か」


 病気でもなければ正常でもない、心が壊れるような状態が、ある。それが、失踪して不在通報と共に戻ってくると、なくなっている。まるで、何かに治癒されたように。


 戻ってきた人間に失踪時のことを訊くと、全員が幻想のなかにいたと証言したので、この件は幻想案件と呼ばれている。失踪者が戻ってきているだけなので、事件ではない。


「幻想案件、か」


 当時。

 幻想案件を追っていたのは、自分だった。

 自分の恋人も、失踪していたから。血眼になって探した。住人不在の家からの通報があるたびに、自分が真っ先に向かって。その度に、彼女ではない誰かを、毎回保護した。


「まあ、事件じゃないんだから。点数は稼げるけど、そこそこにしとけよ」


「わかってる」


 点数の問題では、なかった。

 彼女に。また逢いたい。それだけ、だった。


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