第2話 行方不明の師匠の道着
「…あ?」
俺は感情を乗せない策として、文字自体を頭の中から完全に消し去ることだけに没頭する為に師匠の道着を頭に占めながら、ひたすら“あ”を発し続けること。
“あ”の音を出しながらも、
“あ”の文字を思い浮かべないようになるまで、
“あ”という音を出し続けること、三日目のその瞬間。
“あ”という音を出しても“あ”の文字が頭に浮かばなかった俺は、恐らく、師匠の課題を漸く達せられたんだと、歓喜に突き上げられてガッツポーズを思うよりも早くに身体が形取ろうとした時だった。
何故か、俺の目の前に師匠の道着が現れた。
刹那の間に、消えてしまったけど。
いや。現れた。というのは、語弊かも知れない。
だってずっと師匠の道着を思い浮かべていたんだから。
言うなら、頭の中にだけ存在していた師匠の道着が、こう。すぽっと頭から飛び出して目の前に現れた。
あ。やっぱり、現れたんだから語弊じゃないか。
まあ。それはどうでもよくて。
今、別に困らないけど少し疑問に思うのが。
師匠の道着が行方不明になってしまったことだった。
師匠の道着ってどんなんだったっけ?
どんな形をして、どんな色をしていたっけ?
いや、白だけど。どんな感じの白だったっけ?
あんだけ思い浮かべていたのに全く思い出せない。
何だこれは?
「…あれ、師匠。全身が紫色の靄に覆われていますけど、なんかの新しい、回復呪文とかですか?」
三日前に姿を消してから一度も現れなかった師匠は発言通り。
顔と首と足首、下駄を履く足を除いて、全身が紫の靄に覆われていた。
見た目からしたら、毒に侵されている状態なんだけど、平然としているし。
やせ我慢している可能性もあるんだろうけど。
「おまえが“あ”の文字を習得した成果だ。よかったな」
ビシィっと親指を上げて祝福してくれたのは、とてつもなく嬉しい。
でも課題達成のその感動が直ぐに冷めてしまったのは。
目の前の師匠の姿が問題なんだろうか。
「え?課題を達成すると師匠の身体に変化が現れるんですか?」
もしかして俺もなのかと、焦って視線を下に向けるも何処も変わっていなくて、ほっと安堵した。
「おまえ。俺の道着を思い浮かべながら“あ”を発し続けていただろう」
「はい」
「だからおまえの中からだけ消えた」
疑問に答えてもらったはずなんだが。
疑問が渦巻いている。
いや。分かるには分かるんだが。
「あと残り、四十五文字を習得したらまた戻る」
「えー。つまり、俺が一文字を習得する度に、その時に思い浮かべた白いもんの姿が紫の靄に変化するって事ですか?」
「そうだ」
「俺が残り四十五文字を習得するまで、師匠はその姿のまま」
「そうだ」
「…師匠の道着はもう使えない」
「ほかに白い物を捜さないとな」
あと、四十五個も白い物を探さなくてはいけない。
白、なんて。師匠の道着以外に思い付かない。し。
「しかも、実際に見たものしか駄目だ」
いやだなにそのこまった制限。
なんて、無感情な感想とは裏腹に、高揚して行く自分に、自然と口の端が上がる。
課題を一文字達成したからだろうか。
「師匠。俺、白い物を四十五個探してきます!」
「おう、行って来い」
やる気も出て師匠の後押しも受けた俺は、土埃を巻き上げながらまずは情報収集にと図書館(紙媒体の本が置かれている処)へと駆け走った。
「駄々をこねるが、やる気を直ぐに取り戻すのはあいつのいい処だな」
「大莫迦だが」
師匠こと、
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