弌の淵源、いちの終演

藤泉都理

第1話 乗せるのは当然だろうが!

 魔王なんてもう物語にしか登場しないくらい平和で。




 機械と自然が融合した豊かなこの世界。




 魔法が廃れてしまったのは必然だった。




 過去の遺物と嘲笑われるのも。








 そんな中、俺は。




 呪文を唱えて雷とか炎とか出せるなんて超カッコイイジャン。




 との単純な理由だけで。




 そんなのボタン一つで発生させられるだろ莫迦じゃね。




 なんて。




 浪漫の欠片さえも放り出してしまった人達に後ろ指を指されながら。


 


 魔法を教えてくれる人物の元へと旅立った。












 それから早一か月が経ったその日。




 いつものように、俺は師匠の前に立って、


 深く。深く。呼吸を繰り返しながら。


 


 ここが何もかもを吸収するような真っ白な空間であったのなら。




 もしそうなら、師匠の課題も完遂できるのにと。




 色も形も煩雑した空間の中。




 何千回も抱いた愚痴を身の内でそっと溢し。




 腹の底から“あ”の一文字を発生させた。




 すると―――。








「だから文字に何も乗せんなっつってんだろうが!」






 分厚い下駄を履き、目が痛くなるような真っ白で所々破れている道着を身に付け、濃い顔立ちで、でも彼の年齢にしては平均的よりも少し痩せこけた体長である師匠の拳骨を今日もまた喰らった。








「いてえ!」




「何度言っても分からんおまえが悪い!」




 頭を押さえて噛み付いた俺に、師匠もまた荒々しく噛み付く。




 なんて大人げない男だ。




「分かるかよ!文字に想いを乗せるな。なんて!」




「頭を真っ白にすりゃあ、簡単にできるだろうが!」




「真っ白にしたって文字を思い描いた時点で何かしらくっ付いてくんのは仕方がないだろうが!」








 例えば“あ”にしたって。




 たった一文字でも、色々な場面で活用される。




 久々の友達を遠くに見た時とか。




 虹とか花とかちょっと珍しい物を見た時とか。




 嫌なやつにいちゃもんつける時とか。




 何かを思い出した時とか。




 たった一文字はされど雄弁で。




 喜悦とか驚異とか反抗とか、色々な感情が付随して当然なのだ。




 ちなみに、俺の今さっきの“あ”には苛立ちが含まれていた。




 感情を消す事ができないそれだ。




 大体、一か月も“あ”だけ言わされ続けてみろ。




 それが募ったって当然だろうが。








「そんだけ言い続けていたら感情なんて消えるだろ!頭、真っ白になるだろうが!」




「どんだけ疲弊しきっていてもなあ!文字が浮かんだ時点でなんか乗るんだよ!」




「おまえ才能ない!」




「だから努力してんだろうが!」








 血走った瞳で睨み合って数秒後。






 付き合いきれないと言わないばかりに師匠は踵を返して、




 煩雑した空間の中へと姿を消して行った。












「くそ!」




 両手を枕にして地面に寝転んだ俺は草の匂いをめいっぱい吸い込んで、そのまま呑み込み、目を細めて紫と蒼が入り混じる空を見つめた。






 昔は青と白が専らな色だったらしいが。






「…白ね」






 その色が使われるのは、赤ん坊が生まれた時くらいなもんだった。






「もう、忘れた」








 不貞腐れて告げた俺は勢いよく立ち上がって、深く、深く、呼吸を繰り返し。




 師匠の道着を思い描きながら。






 “あ”の一文字を発生させた。



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