御伽艶噺

mono黒

『輝夜』

神の様に美しい人を見た。

その人が男なのか女だったのか、ただ美しい事だけに目を奪われていた。その時私は恋をしたのだと思う。名前しか知らないその人に。




弥山みせんが幼い頃、拓賢山人たっけんさんじんと呼ばれる変わり者の仙人に拾われた。

彼は千歳にもなるとも言われたが見た目はまだ若く男らしく、そして逞しい男に見えた。覇王とも呼ばれたその男は仙剣を振るえば仙界一とも言われたが、何を思ったかその座を捨てて野に降り、一年中霧に包まれた白鹿山を住まいと定めた。白鹿山には昔から言い伝えがあり、百年に一度、月からの使者が舞い降りるという。


弥山は漸く物心がつく頃、白鹿山の麓に犬ころの様に捨てられた。母の温もりを求めて泣いて、泣いて、泣いて彷徨っているときに拓賢山人に拾われた。弟子はとらないと決めていた拓賢山人であっが、その日より弥山を下働きから叩き上げた。

そして十歳になろうかと言うある霧の一際深い夜。何か体の内側からザワザワと訳の分からない感覚に襲われ、寝付けずにいた弥山はふと、窓の外を見た。霧の奥に目を凝らすとじわじわと眩い光が燃えている様に見えた。不思議に思った弥山は隣の部屋で寝ているはずの師匠の所へと行ってみる。しかし、こんな真夜中なのに師匠の姿がない。狭い小屋の中、あちこち探して回ったが、何処にも師匠の姿が見えなかった。

山頂を見れば光がさっきより増している様に見える。好奇心に負けて弥山はこっそり部屋を抜け出して、光る山頂に向かって藪の中を進んで行った。

一際光が強くなる。眩さしさに目を細めると何やら人影の様なものが蠢いているのが分かった。一人は師匠の様に見えた。雄々しい肉体が、輝くばかりに美しい身体を思うさま掻き抱き、それに応える様に長い黄金の髪を四方に振り散らした美しい人が甘い吐息を撒き散らす。

十歳の子供でも、それがまぐわいであることが想像できた。二人が愛を交わすたびに鱗粉の様な炎の様な不思議な光が立ち昇る。弥山は今までこんなに美しいものを見た事はなかった。

神の様に神々しいその人は愛の楔が穿たれるたびに白い肢体をうねらせか細く泣いた。光はますます強くなり、深い口付けを交わした直後、まるで昇天していく様にその者は光と共に空へと吸われていった。

消えていく最後の最後まで、師匠らしき男と指先を絡ませ、名残を惜しむ様にその指先が消えていくまで愛を交わし合った。師匠の口から「輝夜」と消えゆく者の名を呼んだのが聞こえた。

笹藪の陰に隠れていた弥山は呆然と立ちすくみ、その神々しい光景に指一つも動かせずにいた。

その後の記憶はひどく曖昧で、次に気がついた時は自分の寝床の中だった。弥山はあまりの光景に、あれは夢だったのだと思うことにした。

朝から至って師匠は普段通りだったし、あれからあの山頂に行ってみたが何の痕跡も見当たらなかった。

その光景は長いこと弥山の脳裏に焼き付いたが、あれが女だったのか男だったのかわからないままに時は過ぎた。

その後、師匠の元で十年歳を重ねたが、二度とあの光景には出会うことはなかった。

いつかあの日のことを、輝夜と呼んだ人のことを師匠に尋ねてみたくもあり、聞くのが怖くもあり、結局はずっと謎のまま時は過ぎていった。少しずつ薄れいく記憶の中、あの美しい者の存在だけがまるで種の様に弥仙の心に深く蒔かれたのであった。

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