勝負の求め

トマトも柄

第1話 勝負の求め

 一つのゲームセンターで常日頃から勝負を挑んでいる若者達がいる。

 格闘ゲームに複数の人が集まって対戦しているのである。

 そこに一人の若者が筐体に座り、新たに挑戦する。

 しかし、数十秒後にはYOU LOSEの文字が画面に出ている。

「おう! 兄ちゃん! 今日はどうだった? 手ごたえはあったか?」

 若者は首を横に振り、まったく無かった事を行動で表している。

「まあ、気にするなって。 あいつは世界でも名前が広まってて有名な奴なんだ。 手応えが出る方が難しいぞ」

 その言葉を聞き、筐体から青年がひょっこりと顔を出す。

「俺の事でも褒めてるんかー?」

「あー! ちげーよ!」

 そうして、ケタケタと笑いあっているが、負けた若者は全く笑っていなかった。

 その様子を見て、

「兄ちゃん。 そこまで気にしなくてもいいんやで。 あいつは普段からあーいう奴なんだ。 ほら、どうせだし少しハンデを貰ったら…」

 それを聞いて、若者は盛大に首を振った。

「全力で戦ってくれるからあの人に挑めるんです! だから僕は挑んでるんです!」

「お、おぅ……」

 若者の言葉に少し怖気着いたのか、それ以上は何も言わなかった。

「おう。 その若者の気が済むまでやらせようじゃないか」

 筐体の向こうから青年が声を出す。

「ただし! 手加減は一切ないからな! 覚悟はしろよ!」

「もちろん!」

 青年の言葉に若者が筐体に飛びつき、コインを投入する。

 周りの人も面白いのが現れたという笑みを出しながら見守っていた。

 青年と若者は常にゲームセンターで遭遇するたび、二人の対戦回数はどんどん増えていく。

 そして、ギャラリーも徐々に増え始めてきた。

 上位の人間に挑み続ける若者がいるという噂で周りの人間が聞きつけて集まってきたのである。

「人の集まりが多いな…」

 ギャラリーを見て、一言呟く。

 その中心には青年と若者が筐体を通して、白熱な戦いが繰り広げられている。

 周りはその対戦内容を見て、一喜一憂しているのだ。

(まぁ、あいつは上位の人間だからな。 しょうがないか)

 そう思っていたのだが、よく見ると応援している方が違うという事が分かったのだ。

 皆、負けている若者を応援していたのだ。

 中には負けたときにコーチングで教えに入っているものもいる。

「よう。 すっかり悪者扱いだな」

 にやりと笑いながら、青年に話しかける。

「おいおい。 俺は真面目に戦っているだけだぜ? どんな相手にも全力って決めているからな。 ついでに見ていったらどうだ? 面白いのが見れるぞ」

「では、見学させてもらおうかな」

 そう言った後で、青年が筐体に向かう。

 新たな挑戦者現るの文字が筐体に出ていた。

 言うまでもない、あの若者が再び挑んできたのである。

「これは…」

 あの若者の動きが前に比べて格段に良くなっていたのだ。

 若者はあれやこれやと試してはいるが、結局青年の行動の前には通用せず、そのまま敗北し、YOULOSEの文字が若者の座っていた筐体から浮かび上がる。

 青年が筐体から顔を背け、

「どうだ? あの子、面白い動きをしているだろ?」

「確かに面白い動きをしていたな。 お前が直接教えに言ってあげたらどうだ?」

 そう言ったら青年は分かってないなと言わんばかりの顔でこちらに顔を振って、

「俺に挑むからこそ、ああいう動きが出来てきているんだよ。 俺が教えてしまうとあの子の個性を殺してしまうかもしれないじゃないか。 だから、俺は敢えて黙っておく。 あの子が自分に合ったスタイルを見つけてくれるかもしれないからね」

「この状況を楽しんでいるな」

「そりゃそうさ! だって新しいライバルが出て来るかもしれないんだぜ? こんなにワクワクするのは久しぶりだよ」

 二人はにやりと笑いながら、筐体を覗く。

 そこにはまた新たな挑戦者現るという文字が出ている。

「では、もう少し付き合いましょうかね」

 そう言って、二人は対戦に明け暮れていった。


 二人は対戦をしていくたびにお互いの技術が高めあっていた。

 本人達は知らず知らずの内ではあるのだが、周りは徐々に気付き始めていた。

 青年の方の立ち回りがかなり丁寧になっていて、動きがさらに綺麗になっていき、若者の方は青年の動きをどんどん対策していき、青年との勝負で互角に近い実力を持ち合わせていた。

 周りはこう思ったのだ。

 青年は経験値の差で勝っていき、若者は成長性で互角近くまで渡り合っている。

 この二人の対戦は経験値と成長性の勝負だと……。

 こうして、若者が青年に互角近くに渡り合っているのを周りは見守っていた。

 最初はコーチングやアドバイスをしていた者も今は黙って見ているだけだった。

 もう周りのレベルをとうに越しているとは若者自身も気付いていなかったのである。

 互角の勝負を続けていき、若者は遂に青年から一勝をもぎ取ったのだ。

 その勝利の瞬間、周りはまるで自分が勝ったかのように盛り上がっている。

 向かい筐体に座っていた青年も若者の前に立ち、拍手をしている。

「流石だ! いつか俺を倒すと思っていたぞ!」

 若者は褒められているのにキョトンとした顔をしている。

「僕、勝ったんです?」

 若者は青年と周りに確認するように聞く。

「そうだ。 俺に勝ったんだぞ! みんな! 今の録画していたか!?」

 青年の声に周りはバッチリ撮ってますぜと言わんばかりのグッドマークを指で作る。

「僕、勝ったんだ……!」

「そうだ! 今までの努力が報われたんだ! もっと喜べ!」

 青年の言葉に若者は大きく手を上に上げ、ガッツポーズを取った。

 周りは拍手に包まれており、青年達も一緒に拍手をしていた。

 



 その初勝利から、約2年の歳月が経った。

「先輩、待って下さいよ! 少しペース落としましょうよ!」

「何言ってんだ! プロゲーマーでも体力は必要なんだぞ! ほれ! 後2キロこのペースを維持するぞ!」

 二人は青空の下でランニングを続けている。

 汗をかいて腕で汗を拭いながら、前方確認を怠らずに走っている。

「お前は前に俺に勝って頂点にはなった。 だが! 一度勝ったからと普段の練習とトレーニングは怠ってはならん! どんな状態でも万全に戦える状態にしないといけないんだぞ!」

「先輩いっつも言っているじゃないですか! 僕も頑張って今先輩に追い付こうとしてるんですよ!」

「追い付くんじゃない! 追い抜くんだ! お前は今はトップの存在なんだ! お前が先頭を走っているんだ! 俺を目標にするんじゃねぇ!」

「先輩! けど、先輩が指導のように対戦してくれたお陰でもあるんですよ! そこは先輩も誇って下さいよ!」

「もちろん! 嬉しいさ! お前に負けて悔しいとも思ったさ! だから、次は絶対倒すぞ! その王座から引きずり落としてやるからな! 首を洗って待ってろよ!」

「それは譲れませんよ! 今の王座は僕なんです。 これからも僕なんです。 今の状態を維持して見せます!」

 若者は走るペースを上げて、青年の前に出る。

「はっ! 経験値はこっちの方が上なんだぜ! そんなセンスばかりでは勝てないことを証明してやろうじゃないか!」

 そう言って、青年もペースを上げて、若者の横に並ぶ。

「先輩。 何ならこのランニングを競争に変えても良いんですよ? 僕の方が若いから勝てるかもしれませんが」

「言ってくれるじゃねぇか! そんなもん経験値で追い抜かしてやるわ! 勝負しようじゃねぇか!」

「言いましたね。 では、今からスタートです!」

 そう言って、二人は全力疾走で走り出した。

 青年に負け続けた若者は今はトップ選手になり、そして目の前には最高の師でもあり、ライバルでもある青年と一緒に駆け出していく。

 例えどうなろうと、二人の勝負は終わらない。

 永遠に競い合う仲間となったのだから。


 


 


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