第113話 ソンドン洞窟一日目
セージは孤児院でお土産を渡して軽く説明すると、後はマルコムとエイリーンに任せると言ってすぐに旅立った。
ブレッドたちは次の日出発の予定にしていたのだが、セージはいてもたってもいられないとばかりに急かしたのである。
残された者たちは嵐のようなセージの行動力に唖然としながらも、無茶振りに慣れているマルコムが話をまとめた。任されたからにはしっかりやろうと思える責任感の強さと実際に何とかできる能力も、セージの丸投げがエスカレートする一因なのかもしれない。
そこまで急ぐのはセージにとって大量発生はボーナスステージだからだ。
冒険者ギルドに伝わっているということは公になっている情報である。パンタナル湿地やソンドン洞窟など魔物の数を減らすタイプの依頼は複数のパーティーが受けられる。
せっかくの自分に適正な魔物が大量にいるのに、誰かに先を越されるかもしれないと気が気でなかったのである。
ただ、実際のところソンドン洞窟は人気がない。
それは、立地の問題に加えて適正レベルの問題がある。レベル50の猛者、冒険者で言うと三級以上でないと太刀打ちできない。そして、三級冒険者になった者がレベル・ランク上げをすることは基本的にない。
まだナイジェール領都があった時は、そこを拠点にした冒険者が行くことはあったが、今となっては忘れ去られたような場所である。
セージたちは二日後にソンドン洞窟から数キロ離れた町、ケバンに到着した。
ケバンはソンドン洞窟がある森の入り口付近にある町で木造の建物が多い。森では有用な魔物や素材がとれて、一時間ほど奥に進むとソンドン洞窟につくので、冒険者の町としてナイジェールでは有名だった。
しかし、神霊亀の侵攻から冒険者が激減し、今は少し寂れている。
穴場として冒険者が全く来ないわけではなかったが、中央通りにかつての賑わいはなくなり、冒険者関連の店の一部は町の住人向けに変わって落ち着いた通りになっていた。
セージたちは町の宿を拠点に決めて、冒険者ギルドで依頼を確認する。
当然のことだが一番乗りであった。
ちなみに、また、ブレッドたちは三級冒険者なので受ける依頼に制限はない。四級以上であれば全員レベル50であり、ステータス上の差は小さいからだ。
一級冒険者になるものは一握り、三級冒険者でも全冒険者の中で一割程度だといわれており、ブレッドたちはかなり優秀である。
「さて、一狩行こっか!」
そう宣言するセージにフィルが反応する。
「マジで? 今から行くのかよ」
「今からでも走ればある程度は洞窟で戦えるでしょ?」
「まぁ今すぐ出て走りゃあな」
「じゃあ行くしかないでしょ? 明日のための肩慣らしにちょうどいいよ」
「おいおい、焦りすぎじゃね? 休息も大事だろ」
急かすセージにマイルズが注意する。しかし、セージはどこ吹く風だ。
「そんなときはこれ。特製ブレンド茶~」
奇妙なリズムで言いながら取り出したのはセージがブレンドしたお茶の葉である。
ケバンの町に向かっている間も使っていたので、その効果はフィルたちも良くわかっている。
「それを使うなら……マジで行く気なのか?」
「もちろんマジだよ」
ブレッドたちは真剣なセージの表情を見て、すぐに準備を始める。
行くとなれば早い方が良い、と切り替えたのだ。
そして、ソンドン洞窟に向かって一直線に走る。森の中は魔除けの香水を使って突っ切っり十数分で到着。
森がふと途切れた所に岩壁が立ちふさがり、そこには巨大な穴が空いていた。
「おおー! でっかい!」
「話は聞いてたけどマジででけぇな!」
「ここまでの洞窟は初めて見たな」
セージたちはソンドン洞窟を見上げて歓声を上げる。話には聞いていたのだが、実際に見てみると圧倒的な大きさだった。
洞窟の前で軽食をとったり、装備を確認したり、準備を整えるとセージが言った。
「さーて、そろそろ行こっか」
「よし! 行こう!」
パーティーで最年少のセージが号令をかけて、皆が気合いを入れる。
周りに見ている者がいたら不思議に感じる所だが、本人たちは当然のように感じていた。
ちなみにベンはブレッドたちと同い年の十七歳である。
洞窟内は広く、外観とは異なり滑らかな壁をしている。苔むした岩石、エメラルドグリーンの湖に光の筋が射し込み、恐ろしい雰囲気よりどちらかと言うと美しいと言える。
ただ、魔物はいたるところに潜んでいるため油断はできない。
所々穴もあいているため、少し薄暗いが光をつけるほどではなかった。
岩影などの暗がりにさえ気を付けていれば魔物との戦いに支障はない。
入り口から少し進むと、体長数メートルはある蛇の魔物、フェイクコアトル四体が現れた。
ただ、それはベンが偵察して、現れることがわかっていた魔物だ。
すでに全員戦う準備はできている。
「ヘイルブリザード」
氷の礫を伴う猛烈な吹雪が起こる中で、ベン、ブレッド、フィルは『ハイド』『スティール』『フレイム』と各自技を使っていく。そして、マイルズは前に出ながら鈴の音が鳴り響かせた。
役割分担は戦いになる前に考えられている。そして、今回は時間も限られているため、最初から全力で戦うことになっていた。
「ルサルカ、サモン」
セージのルサルカ召還と共に『フレイム』の効果範囲から外れた一体のフェイクコアトルが『ヘイルブリザード』を抜けてくる。
それをマイルズが受け止めつつ勇者の特技『グランドスラッシュ』で反撃した。
「フリージングゾーン」
足止めも含めてルサルカの特技を発動。目標は奥の三体だ。
それと同時に手前のフェイクコアトルにフィルが『グランドスラッシュ』を発動する。
その瞬間、フェイクコアトルが急回転した。空気を切り裂くように尻尾が振るわれる。
それをマイルズが『シールド』で受け止め、『スティール』を終えたブレッドが『グランドスラッシュ』を返した。
フェイクコアトルはその猛攻に耐えられずに逃げ出す。
その奥では、ベンが『フリージングゾーン』で足止めできなかった一体を相手していた。そこに向かってフィルが走り、ブレッドとマイルズはそれぞれ残りの二体に向かう。
一撃を与えたあった所でセージの声が響く。
「フロスト」
ブレッドとマイルズの前にいたフェイクコアトルにふわりとした冷気と氷の結晶が漂ったかと思うと、六角柱の氷柱が形成され、フェイクコアトルが閉じ込められる。ただ、それも一瞬のこと。すぐにパァンと粉々に砕け、煌めきながら霧散する。
上級氷魔法『フロスト』は対象の魔物を氷柱に閉じ込める魔法だ。
閉じ込めると言っても一秒も経たずに砕け散る。それに効果範囲が狭いためベンが相手にしていたフェイクコアトルには発動していない。
しかし、味方を巻き込みにくく、一瞬でも動きが止められることは前衛にとって大きなメリットであるためパーティー戦では有用であった。
フロストを受けた二体のフェイクコアトルは逃げ出して残り一体となる。
そのフェイクコアトルもベンとフィルの攻撃に耐えられず、ブレッドたちが駆けつける前に逃げ出した。
「オールヒール」
セージが戦闘終了と共に回復魔法をかける。次に来る魔物に備えて、戦闘終了後は速やかに回復するのが鉄則だ。
「すげぇな、セージ。強力すぎるだろ。こんなに余裕な戦闘になるとは思わなかったぜ」
「そう? こんなもんだよ。二体取っちゃったけど討伐数は調整するからね」
「おう。けど、あんまり気にすんな。安全第一だって言ってたのはセージだろ」
セージが安全第一と言ったのは、ブレッドたちがまだ孤児院で住んでいたときのこと。冒険者として活動を始めた時にセージが言った言葉である。
その時は「はぁ?」と言って気にしなかったが、後になってその重要性に気付くことがあった。
「ありがと。覚えてたんだ。もちろん手加減するわけじゃないけどさ。ランクのこともあるし、できる限りは均等にしたいなって」
「言わなくてもわかってるって。相変わらずランクには……」
「次、アックスオーガ3体、グランマッシュ2体!」
「もう来たのか!」
ベンの注意喚起にブレッドは驚き、セージはすぐさま呪文を唱え始める。
そして、赤銅色の巨体に角を生やしたアックスオーガとエリンギに見えるブレッドより大きな茸のグランマッシュがぬっと現れた。
「こりゃ短い時間でも楽しめそうだ」
魔物の出現は止まることなく続き、この日は入り口付近の戦いだけで終わるのであった。
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