第98話 テレーズは暴走する

 テレーズは神閻馬の特技『死神の大鎌』を受けて、薄いガラスが砕けるような音と共にHPが0になった。


(にゃっ……!?)


 『死神の大鎌』はHP0にする技、つまり戦闘不能状態を付与する形式をとる。

 HPを削るわけではないため、ダメージによって受ける衝撃も何もない。突如としてHPが0になりテレーズは戦闘中にも関わらず呆然としてしまう。


「フイウチ」


 そこに現れたのはマルコムだ。テレーズはマルコムが神閻馬の死角に回り込んでいたことに全く気付いていなかった。

 そして、マルコムの動きに驚愕する。

 テレーズは自分より素早く、動きの良い者、しかも人族がいると思っていなかった。


(いや、人族なんかに負けないにゃ!)


 テレーズは弱気を振り払うように気合いを入れる。その時、突然腕を引っ張られた。


「何してるにゃ! 早く退くにゃ!」


 ミュリエルに掴まれて強制的に後退させられる。テレーズはHP0になったことを思い出し、慌てて逃げ出した。

 衝撃も何もなくてHP0になった実感が湧かず、さらに驚愕が続き立ち尽くしてしまっていた。入れ替わりにセージが前に立ち戦闘を始める。


(にゃ? こいつは後衛じゃなかったにゃ?)


 少し違和感を覚えたがHP0の状態ではそれどころではない。

 後方に下がりながらミュリエルが蘇生魔法『リバイブ』を発動し、テレーズのHPが1になる。

 その後すぐに、テレーズは持っていたHP回復薬を飲んだ。HP全回復にはならないが、気持ちに少し余裕が出る。


 ミュリエルは役割があるので、援護に来たマルコムが代わった。テレーズは人族が来たことに不満を持ったが、その直後に神閻馬の『廻る闇』が発動。マルコムが盾になってテレーズを守ったが、少しダメージを受ける。

 テレーズは回復魔法がほとんど使えない。持っている回復薬も限りがあるため、この後の戦いを考えると今次々に使うわけにはいかなかった。


 マルコムはテレーズを後方に連れていき、ライナスに引き渡す。そして、『オールヒール』を唱えて、すぐに戦線に引き返した。

 神閻馬から一定距離離れると比較的安全だ。全体攻撃に関しては木の影に隠れれば防ぐことができる程度である。


 テレーズを受け取ったライナスは回復呪文を唱え始める。マルコムの『オールヒール』の恩恵は受けているが全回復にはなっていなかったのだ。

 ライナスはパーティー外だが、相手に直接触れることで回復魔法を使うことができた。

 その間、テレーズはセージの戦いを見ながら考える。


(あいつ、なんで避けられるのにゃ?)


 テレーズは逃げながらも、戦線に復帰した時のために神閻馬の戦いを確認していた。その時には、セージの動きは大したことがないと思った。

 セージの動きは悪いわけではない。しかし、背丈が似ているマルコムと比べて驚くほどではなかったのだ。

 しかし、後方に下がって見ていても神閻馬の攻撃が全くと言っていいほど当たらない。まるで何がどこに来るかわかっていて、最小限の動きで避けているかのように見えた。


(本当に神閻馬とは戦ったことないにゃ? あの動きはなんなのにゃ?)


 神閻馬を翻弄するセージの戦いは不思議としか言いようがない。

 そうしている内にライナスが回復魔法を発動する。


「フルヒール」


(よし、これで行けるにゃ)


 テレーズはライナスを見向きもせず走り出そうとしたが腕を掴まれて止められる。


「ちょっと待て」


 テレーズは不機嫌そうに睨みつけ、その手を振り払った。しかし、ライナスはさらに掴む。


「このまま行っても足手まといだぞ」


 その言葉にテレーズは怒気を含んで問いかける。


「どういう意味にゃ?」


「そのままの意味だ。何故後ろに下がってきたかわかってないのか?」


「わかってないのはお前にゃ。神閻馬の攻撃自体は見切っていたにゃ。これは技を知らなかっただけにゃ」


「それが問題なんだ。相手の技をわかってない奴がいたら迷惑でしかない」


 らしくない強い言い方になっているのはライナスも苛立っていたからである。

 ライナスはパーティーから外されて後方支援になったのに、パーティーに入ったテレーズは何も聞かず自分勝手に戦っている。それなら代われと言いたかった。


「にゃぁあ? 神閻馬なんて誰も戦ったことがないからわからないにゃ」


「この戦いを見て本気で言ってるなら戦士を辞めた方がいいな」


 テレーズは、ぐっと言葉に詰まったが、人族のことを認めたくはなかった。


「邪魔になってるんだよ。だから……」


「生意気な人族にゃ!」


 ライナスの言葉を遮り、テレーズは思い切り手を振り払った。そして、苛立ちながら神閻馬に一直線に走る。すでに全員戦い始めておりそこに混ざるように飛び込んだ。

 ちょうどアニエスの攻撃を避けた神閻馬に仕掛ける。


「メガフィスト!」


 その攻撃は直撃。それと同時にディオンの攻撃も当たる。しかし、神閻馬はセージの方に跳ねて、『死神の大鎌』を繰り出した。


(人族になめられるわけにはいかないにゃ!)


 テレーズは「ハウリング」と言いつつ神閻馬を追う。


「テレーズ! 待つにゃ!」


 テレーズの行動に気付いたディオンが呼び止めたがテレーズは無視して走る。


「バカ馬! 我が相手にゃ!」


 テレーズの言葉に神閻馬は反応しない。HP0になってもヘイトリセットは無いのだが、セージのヘイトが高すぎてターゲットを奪えないのである。

 マルコムが攻撃した後、テレーズも攻撃する。


「メガフィスト!」


「一旦引いて!」


 そんなテレーズにマルコムは一言叫んだ。マルコムは神閻馬のターゲットになることが役割の一つなので、テレーズにヘイトをためられると厄介だった。

 しかし、テレーズにそんなことは関係がない。


(うるさい奴にゃ)


 全員が神閻馬を取り囲む陣形を組みながら、慎重に攻撃を加えていく。取り囲むようにしているのは一定ダメージを与えるまで逃がさないためだ。

 その中でテレーズは神閻馬を追いかけ、攻撃を続けてダメージを稼ぐ。

 その時、神閻馬が『ダークゾーン』を発動した。『ダークゾーン』はドーム状に広がる一定範囲が薄暗くなり、その中にいると補助効果が全てなくなる。


(これはなんにゃ? ちょっと体が重くなったにゃ)


 バフが無くなるのは厳しいため、周りの仲間は慎重になり、セージが前に出る。

 テレーズにもセージの料理とマルコムの鈴のバフがかかっていたので影響があった。

 しかし、前衛に出るセージを見てテレーズも攻撃に加わる。


(負けないにゃ!)


「メガフィスト!」


 神閻馬はその攻撃をひらりと避けて『巡る闇』を発動した。


(きたにゃ!)


 テレーズはセージより先に動き、神閻馬の真上に跳ぶ。ちらりと見たセージの表情は少し驚いているようであった。


(我にもこれくらい余裕でできるにゃ)


 テレーズは先にと思って跳んだのだが、セージは跳ばずに『ランダート』を発動した。


(どういうことにゃ?)


 疑問を持ちながらも、テレーズは攻撃を仕掛ける。


「メガ……!」


 気合いの入った一撃を放とうとするが、神閻馬はすでに軽いステップで優雅に避けていた。

 当たり前だが、空中で方向を変えられないので、避けられたらテレーズにはどうすることもできない。


(なぜにゃ!)


 セージの時は神閻馬が動かなかったため、この技の時は動かないのだろうと思い、神閻馬の背中に乗ろうとしていたのだ。

 計画通りには行かずそのまま落下し、『廻る闇』の球体に数発当たってしまう。


「みぎゃっ!」


 たった数発でもHPが大幅に削られ、弾き飛ばされて倒れた。神閻馬は片足を上げ振り下ろす。


(ヤバいにゃ!)


 その時、セージがテレーズの前に立った。

 解放された『廻る闇』はセージによって防がれる。そして、マルコムの回復魔法がかかり、テレーズのHPが回復。その直後にシルヴィアが手を引いた。


「早くさがれ!」


 その言葉にテレーズは飛び起き、シルヴィアの手を振り払う。


「にゃぁああああ!」


 テレーズは叫びながら神閻馬に突撃する。


「メガフィスト!」


 至近距離まで詰めて攻撃を放ち、反撃の突進を腕を擦れさせながら寸でのところで避けた。そのまま過ぎようとする神閻馬に向かってテレーズが跳ぶ。

 敵から離れず手が届く超接近戦を仕掛け続け、回避と攻撃のみに集中する。いつものテレーズの攻撃スタイルだった。


「メガフィスト!」


 テレーズの拳が神閻馬にダメージを与える。唸る神閻馬は反撃の魔法『影の荊』を発動した。


「メガフィスト!」


 テレーズはそれに構わず攻撃を続ける。神閻馬はかわしきれずダメージを受けるが、荊はテレーズに襲いかかっていた。

 それを高い身体能力で跳んで避けて、神閻馬に飛び掛かった。


「にぁああ! メガスラッシュ!」


 しかし、荊の動きはテレーズの一歩先を行く。テレーズは寸での所で荊に捕らわれてその攻撃は空振りに終わった。

 そして、神閻馬がテレーズに向かって角を振りかぶる。

 ハッと気がついたが空中で捕まっている状態ではどうしようもない。

 慌てて『影の荊』を切り裂いて逃れようとするが、荊は一本ではなく間に合うはずもない。


 角の軌跡が闇の刃を描き、『死神の大鎌』が発動される。

 その時、テレーズは獣生で初めて死を感じた。

『死神の大鎌』が当たった場合、『影の荊』から守るHPがなくなる。

 纏わり付く荊の刺と力強さからHPがなくなった瞬間体を突き破られると感じた。


 敵のことを知らずに勝手に突っ走ってしまった悪手。それがわかっても、もう遅かった。

 狂ったように拳を振り回しながら、スローモーションのようにはっきりと見える『死神の大鎌』から目が離せなかった。


 テレーズが見ていた迫る死の光景。

 それは、唐突に現れたセージによって遮られた。

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