第97話 神閻馬戦2

 セージは先行するテレーズとマルコムを追いつつ戦いの準備をする。

 とはいえ、神閻馬に魔法もデバフも効かないため、遠距離からできることは少ない。速度上昇のバフをかけるくらいしかすることがなかった。

 マルコムが挑発したかと思ったら、テレーズも挑発して近接攻撃を仕掛ける。


(えっ? ここでハウリングする? まぁ動きはいいけど……あっすぐ引かないと、あー、まったく話聞いてないな。マルコムをフォローに入れて良かった)


 神閻馬の特技『死神の大鎌』に当たり瞬殺されてしまったテレーズを見ながら思う。

 神閻馬は素早い動きと多彩な技が特徴だ。攻撃は魔法に偏ってはいるが、魔法防御力が高いからといって油断はできない相手である。


(そろそろかな)


 マルコムがガゼルステップで逃げたあたりで、セージは「ハウリング」と呟く。


「綺麗な毛並み、って言っても分からないか! まさに馬の耳に念仏だね!」


 セージは神閻馬を煽るが、マルコムの方がヘイトを稼いでいるため攻撃はマルコムにいった。

 ちなみに、この世界に馬は存在するが、馬の耳に念仏という諺はない。セージ以外誰も意味は分からないのだが、周りの者がわからなくても効果は変わらないので、気にせず言うようになっていた。

 神閻馬が発動する『影の荊』を横目で見ながら神閻馬に接近する。


(おおっ! よくあんな動きできるな。マルコムはチートじゃないかと思ってたけど)


 セージは細かく言っても覚えられないと思って、かなりざっくりとしか攻撃パターンを説明していない。

 それに、『影の荊』に関してはいくつかある避け方の中でも一番単純で一番技術を問われるものを教えている。

 多少ダメージを受けながらでも攻撃から逃れられたらいいかと考えていたのだが、マルコムは完璧に避けきった。


(無茶振りに答えるなんてさすがマルコム。チートキャラめ)


 セージはそんなマルコムを視界から外して神閻馬に集中する。そして、素早い剣撃を繰り出した。


「ファストエッジ」


 威力は低いが素早い攻撃だ。剣撃は胴体に直撃し、神閻馬が「ブルルルゥ」と唸る。

 これは特技発動の前触れである。


(『廻る闇』かな。マルコムに負けてられないし、ヘイトも下げたくないし、避けきらないと)


 神閻馬の特技『廻る闇』の発動によって、神閻馬が纏っていた闇が球体になり周囲を回り始める。

 片手で掴むことができそうなサイズの球体が数多く回転しているため近づくことができないという攻防一体の技だ。


「セージ!」


(あー、もう少しマルコムには一人で頑張ってもらおう。マルコムが先にハウリングを使ったせいということで)


 計画ではセージが攻撃やハウリング、回復魔法を使ってヘイトを溜めてからマルコムがヘイトを溜め、総攻撃に移る予定だった。

 計画が狂ったのはテレーズのせいではあるが、とりあえずマルコムの責任にしておく。セージの中で、マルコムは共闘者だったが、テレーズは加勢してもらっているという感覚だったからだ。

 呼び掛けてきたマルコムにサインを出して、セージは狩人の特技を発動した。


「ランダート」


 神閻馬が『廻る闇』を使っていても、中距離からは攻撃できるため、ランダートの標的である。

 そして、セージは特技を放った後、助走をつけて神閻馬の真上に跳び上がった。


「カウンター」


 セージが跳んだと同時に、神閻馬はブルブルッと首を振り『廻る闇』を解放する。

 その瞬間に回転していた球体は高速で全方位に飛び散る。

 この廻る闇解放はランダムな方向に飛び散るため避けることは困難だ。しかし、唯一神閻馬の真上に安全地帯がある。


(相手の動きを予測してもギリギリ。マルコムなら余裕だろうけど)


 神閻馬を真上から見下ろして剣を振りかぶる。周りの仲間は高速で飛んでくる球体から盾で身を守っていた。

 セージは神閻馬に向かって剣を振り抜き『カウンター』を決め着地。続けて、神閻馬の突進を避けるため横に跳びながら剣を振るう。


「メガスラッシュ」


 攻撃は神閻馬に当たったが、セージのMPは減らなかった。


(発動しなかったか。難しい)


 剣に力が込められていないため『メガスラッシュ』は発動せず、神閻馬へのダメージは小さい。セージにとって避ける行動をとりながらメガスラッシュを発動させることはまだ難しかった。

 交差するようにして距離を取り、さらに狩人の特技を発動する。


「ランダート」


 神閻馬は矢が当たりながらも「ヒヒィィイン!」と嘶きを上げた。


(これは、『ダークストーム』の鳴き声かな)


 嘶きの微妙な違いを聞き分けて、放たれる魔法を判断する。セージが呪文を唱えながら盾を構えると、神閻馬の角の先に現れた黒い球体から闇の波動が全方位に迸った。

 それは神閻馬を取り囲む配置にするため移動していた仲間にも届き、大きなダメージを与える。

 攻撃役は盾役に守られて無事であった。


(むぅ。思ったよりダメージが厳しい。ミュリにはずっと踊ってマジックシールドをかけてもらった方がいいかも。テレーズは離脱したから守る者もいないし)


 特技『ダークストーム』は、近くにいるほど威力が高い。しかし、距離を取っている盾役の中でもミュリエルとチャドのダメージは大きかった。

 至近距離で受けるとダメージが大きすぎて回復が間に合わない可能性がある。

 どうしようかと考えながら、セージは『ダークストーム』が収まると同時に一足飛びで神閻馬の目の前に近づいて剣を振るう。


「オールヒール」


 回復魔法を唱えながら、剣を神閻馬の角に当てた。そして、すぐに横に跳び、角による攻撃を避ける。

 そして、着地と共に剣を振り上げた。


「メガスラッシュ」


 神閻馬は急加速、急旋回し、セージの攻撃は剣の切っ先がわずかにしか当たらない。


「ミュリ!」


 セージが叫ぶ前にミュリエルは踊り始めていた。作戦をしっかり覚えていたのである。セージは呪文を唱えながら神閻馬に近づく。

 神閻馬は「ブルゥッヒヒィィイイイン!」と嘶きを上げると、角に闇の球体が現れた。


(間に合う? というか間に合わないなら撤退だけど)


 セージはさらに神閻馬の角に向かって剣を振るう。神閻馬は首を反らして躱した。それと同時にマジックシールドが発動する。


(よし、さすがミュリ)


 薄膜で覆われる感覚を得ながら、セージはさらに渾身の剣閃を繰り出す。

 しかし、神閻馬はバックステップで避けた。

 セージはその場で闇の球体に対して盾を突き出すように構える。

 マジックシールドが発動しているので、特に盾を構える必要はないのだが、保険のために盾で身を守っていた。


 その瞬間、神閻馬の特級闇魔法『アポカリプス』が発動。五体の漆黒の龍が闇の球体から噴き出した。

 当たれば大きなダメージと共に各種状態異常が付与される。マジックシールドが無ければ、状態異常無効と耐魔法装備で固めることが必須である強力な魔法だ。

 しかし、セージに向かって飛んだ漆黒の龍は出てきた途端、至近距離にいたセージに反射され、神閻馬に吸収された。


(よしよし。そろそろ皆にも攻撃してもらわないと)


 セージはそんなことを考えながら攻撃に移る。


「メガスラッシュ」


 大きく踏み込んで放たれる剣撃に、魔法発動中の神閻馬は対応しきれず、直撃を受ける。

 セージはさらに連続攻撃を仕掛けるが、神閻馬はそれをひらりと避けた。

 セージは「ハウリング」と呟く。


「余裕なんだけどまさかこの程度? ちょっと物足りないって感じかなー?」


 剣先を神閻馬に向けて言い放つ。この姿勢は総員攻撃の合図だ。


(さて、後は補助と回復とハウリングだけでターゲットを取り続けられるはず。いや、少し攻撃もいれた方が良いかな? まぁダークゾーンもあるし大丈夫か)


 周りが一斉に動き始めたのを確認しつつヘイト管理に集中するのであった。

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