第95話 テレーズは反抗する
テレーズは獣族の中で上位の戦士であった。
VITがあまり高くないこととMNDが低いことから耐久力はなかったが、素早さと攻撃力はトップレベルである。
早さを活かした攻撃は強力で、魔物狩りでは先陣を切るタイプだ。
テレーズが召集の伝令から戻ったのは、セージが月鏡の剣の検証をしている時だった。
(どうなっているにゃ?)
わちゃわちゃとしながら魔法を使う姿を見ながら、そばにいた者から経緯を聞く。
その話はにわかには信じがたい話ばかりであった。そして、テレーズにとっては何より人族と共に神閻馬と戦うということが気に食わなかった。
それは、テレーズの過去に関係する。
テレーズの父親は終戦間際、犬科首領による奇襲作戦の時にアナベルと共に戦いきり、戦死した英雄である。
大きな原因は犬科にあるのだが、人族は犬科と手を組んでいた。そして、獣族より魔法が使える人族がいなければ猫科はここまで追い詰められることはなかった。
テレーズは当時まだ幼かったため詳しいことはわかっていなかったが、この戦いによって実の父親がいなくなったことだけが大きなことであった。
戦いに加わった人族はごく一部。それに実際は猫科にも少数ながら人族がついており、そこに勇者が含まれていた。
だからといって犬科だけが悪いと割りきれるものではない。敵は獣族犬科と人族だったのだ。
テレーズが誰が相手でも打ち倒す強さを求め、獣族犬科と人族を嫌うようになったのはこれが原因である。
(ディオンさんも何故こんな奴らと戦おうとするのにゃ。獣族だけで戦えばいいにゃ)
緊急事態だというのに緊張感のないセージをイライラとしながら横目で見る。
セージは楽しそうに検証を終えると皆に軽食を振る舞い始めた。
「疲労回復と素早さ向上に効きますから。口に合わない方もいるとは思いますがぜひ食べてくださいね」
渡されたのはお茶と一口サイズの料理。テレーズは憮然とした表情のまま食べてお茶で流し込む。
(腹の足しにもなんないにゃ。こんなもの……)
すると、伝令のため走り回ってきた疲労感が溶けるようになくなり、テレーズは驚いて耳と尻尾がピンと動いた。
セージはそんな様子には気付かず神閻馬の話を始める。
「神閻馬戦では盾役と攻撃役に別れて二名一組で動いてもらいます。盾役は常に回復魔法をかけるので攻撃は無理に避けず防御してください。攻撃役は盾役に隠れて行動です。神閻馬の動きの法則性は複雑なので難しいとは思いますけどね。ただ、魔法や特技を使う時は動きに決まりがあるのでそれは覚えていてください。特に危険でわかりやすいのは嘶き、遠吠えの様な動作です。これで放たれるのは魔法です。どれも強力ですのでとりあえず盾役の後ろに……」
テレーズはつらつらと計画を語るセージの言葉を聞き流しながら周りを確認する。
人族だけでなくディオンやアニエスでさえ真剣に話を聞いている様子で苛立ちがつのる。
(何でみんなコイツのこと聞いてるにゃ? 魔法は使ってたけど、神閻馬に魔法は効かないにゃ。それならコイツはただの調理師にゃ。獣族が攻めた方がいいに決まってるにゃ。そもそもコイツは神閻馬を見たことないはずにゃ。みんな騙されてるにゃ)
テレーズはセージの行動から魔導士で調理師だと考え、神閻馬との戦いに向いていないと思っていた。それに、セージが神閻馬を見たことがないのは正解で、その反応は当然とも言えた。
何よりもテレーズは人族の魔法使いが最も嫌いなタイプである。
「ということで、パーティーなんですけど盾役のパーティーにカイルさん、ミュリさん、シルヴィアさん、チャドさんと僕。攻撃役はディオンさん、マルコムさん、ベンさん、あと二名はディオンさんが決めてください。ライナスさんは後方支援をお願いします」
「我は二名選ぶだけでいいのかにゃ?」
(二名? 獣族をナメてるにゃ!)
「そうですね。盾役は魔法防御力が高いこと、攻撃役は相手の攻撃に当たらないことが優先ですから。マルコムさん、ベンさんは素早いです。力より回避に長けた者を選んでください」
「まぁ良いにゃ。それなら、俺とアニエスとテレーズが行くにゃ」
(良くないにゃ! っにゃ? 我も参加できるにゃ?)
「ありがとうございます。よろしくお願いします。では皆さんパーティーを組んでくださいね」
テレーズにもマルコムからパーティー申請が届く。人族とパーティーを組むことに抵抗感があったが、テレーズはしぶしぶ承認した。
戦いに出られなければどうしようもないからだ。
(まずは参戦できたから良いとするにゃ。作戦なんて知らんにゃ。我が神閻馬を倒してやるにゃ)
「とりあえず、僕はマルコムさんの盾役になりますね。他の方も決めておいてください」
セージはそう言うとライナス、そしてマルコムと話し始める。それを見て周りも相談を始めた。
テレーズは真っ先にディオンのところに行き、小声で文句を言う。
「ディオンさん、どうして人族と手を組むにゃ? 言いなりになってるなんておかしいにゃ」
ディオンは頷きながらも強い意思を持って答える。
「まずはセージに任せようと思ってるにゃ」
「獣族だけで打ち倒すにゃ。これは獣族の問題にゃ」
「第一陣が壊滅したって聞いてるにゃ? そう簡単にはいかないにゃ。それに、総攻撃の用意はしてるにゃ。もし失敗したら動けばいいにゃ」
「でも……」
ディオンの言うことは理解できた。それでも納得できないテレーズは反論しようとするが、そこにカイルとミュリエルが話しかける。
「テレーズ! 私とペアでいいにゃ?」
「ディオン、俺と組もう」
他はチャドとアニエス、シルヴィアとベンがペアになっており、これは体格を合わせるための組み合わせである。
すんなりと了承するディオンを横目で見ながらテレーズが答える。
「まぁ、ミュリエルが相手ならいいにゃ」
「ありがとにゃー」
(人族と組むわけじゃないならいいにゃ)
ミュリエルとテレーズはあまり仲が良いわけではなかった。ミュリエルはカイルたち人族と共にいるためテレーズが避けていたからである。
それでも、ミュリエルは獣人族なので、他の者と当たるよりいいと考えた。
「テーレって呼んでいいにゃ? あたしはミュリにゃ」
「別に好きに呼べばいいにゃ」
「よろしくにゃ、テーレ。今回はあたしがテーレのことを守るにゃ。必ずあたしの後をついてくるにゃ」
「……わかったにゃ」
(なんだかぐいぐい来て苦手にゃ。まぁいいにゃ。連携なんてとる気はないにゃ)
「神閻馬の動きがわからないから最初は慎重にいくにゃ。それと……」
ミュリエルがテレーズに連携を伝えるが、テレーズは聞き流しながら別のことを考える。
(どんな動きでも全部避けてやるから盾役なんて意味ないにゃ。途中で見たけど大した動きじゃなかったし、あんなのに負けるなんて弛んでるにゃ。情けないにゃ)
伝令の時に途中で神閻馬の姿を確認していた。戦うつもりでいたからである。
伝令の仕事が終わればそのまま神閻馬戦に加わろうと考えていたら、戻って来る頃には全滅していた。
(とりあえず神閻馬を見つけ次第先制攻撃にゃ。あと……)
「テーレ? 聞いてるにゃ?」
ミュリエルから聞かれてはっと気付いたテレーズが反射的に答える。
「聞いてたにゃ」
ミュリエルはその姿を見て困った表情をする。
「それは嘘ってさすがにわかるにゃ。ふーむ。あたしはあんまり指揮をとらないからどうすればいいかわからないにゃ。けど、一つだけ言っとくにゃ」
「何だにゃ?」
「危ないときはすぐに逃げるにゃ」
その言葉にテレーズは怪訝そうな顔をする。今まですぐに逃げろなんて指示を受けることがなかったからだ。テレーズは返す言葉がなく、とりあえず頷いた。
その時、ピィーと笛の音が鳴り響く。これは神閻馬が見つかった合図だ。
「さて、皆さん行きますよ!」
セージが笛の方向へ走り出した。全員それについて走ると、誘導役の獣族が手を振っている。
(遅いにゃ。やっぱり大したことないにゃ)
セージの速度は元々獣族より遅い上に、全力では走っていない。テレーズからすると全く急いでいないような速さであった。
森に入り少し進んだところで神閻馬が確認できる。
「散開!」
セージの号令と共に周りの者は散開したが、テレーズはセージを追い抜いて走った。
(お前が活躍できると思ったら大間違いにゃ)
圧倒的な速さで引き離し、神閻馬が急速に近づいてくる。
(体の調子もいいにゃ。いける……にゃ?)
後ろから追いかけてくる足音が聞こえ、徐々に近づいてくるのがわかった。
(誰にゃ!?)
思わず後ろを確認するとマルコムが追いかけてきていた。
(負けないにゃ!)
驚きと共に、さらに対抗心が燃えるテレーズであった。
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