第94話 ディオンは決心する

 ディオンは里長である。いくら問題が噴出しようと頭を抱えてばかりはいられない。

 すぐに復活して指示を出す。


「盗賊包囲隊を召集するにゃ! テレーズ、そのパーティーで伝令頼むにゃ!」


「盗賊はどうするにゃ!?」


「ほっとくにゃ! どうせこの国からは出られないにゃ! まずはワイバーンと神閻馬にゃ!」


(ワイバーンの群れと神閻馬……どっちを優先すべきにゃ?)


 迷いを持ちながらも続々と集まってくる戦士たちにディオンは指示を出していく。


「一旦パーティーは解散するにゃ! ナタン、なるべく魔法防御力が高い者を集めるにゃ! エドメ、対魔法の装備を全部持ってくるにゃ! あと回復薬をありったけ集めるように連絡するにゃ!」


 パーティーがどんどん組み替えられ新たにパーティーが結成されていく。


「ディオンさん! ワイバーンが!」


「今度はどうしたにゃ!」


「別の方向に進んでるにゃ!」


(どういうことにゃ!? わけがわからないにゃ!)


 ウラル山脈からリュブリン連邦にワイバーンが飛来することはあるが森の向こうに行くことはない。今までにない動きにディオンは戸惑うが、気持ちを切り替える。


「好都合にゃ! まずは十のパーティーが先に神閻馬の方に行くにゃ! 他のパーティーはワイバーンの行動を確認してから動くにゃ!」


 ディオンの号令と共に10パーティー50名が動き出す。

 その間にも続々と戦士が集まってくるため戦いの準備を指示していく。


「ディオンさん! あれはなんにゃ!?」


 指差された方向へディオンが目を向けるとワイバーンが暴風に飲み込まれているところだった。


「あれは……なんだにゃ?」


 さらにワイバーンは突如として現れた竜巻に襲われ、墜落する個体もいる。


(あんな魔法見たことないにゃ。というか魔法なのかにゃ? 天変地異?)


 急にワイバーンにだけ暴風や竜巻が襲いかかるなんてありえない。ただ、見たこともない威力で、にわかに魔法とは信じられなかった。

 さらにワイバーンが攻撃しているかと思えば、再び荒れ狂う暴風が襲いかかる。

 ディオンだけでなく戦士たちは皆呆然としながら、ふらつきながら飛び去っていくワイバーンを見ていた。


「はっ! 見てる場合じゃないにゃ! ワイバーンの心配は無くなったにゃ! 神閻馬と戦うパーティーを組むにゃ!」


 周りで見上げていた者も我に返り、慌ただしく準備を再開する。すると、別の方向から全力で走ってきた戦士がディオンに叫んだ。


「ディオンさん! 神閻馬討伐隊全滅にゃ!」


「……に゛ぃゃぁっ!?」


 またもやディオンから変な声が漏れる。


(何故にゃ!? 討伐隊は五十名もいたはずにゃ! それがこんな短時間で……)


「討伐隊はどうなったにゃ!?」


「なんとか全員逃げ切ったにゃ。神閻馬は森の外に出てこないみたいにゃ」


 その言葉に内心ホッと一息ついた。

 ディオンは総司令官としてここにいる。犠牲者が出たとなればディオンに責任があるのだ。

 総司令官だからと言って特に責任を追及されるようなことはないのだが、これはディオンの気持ちの問題である。


「それで、神閻馬はどうしたにゃ?」


「森の中に消えていったみたいにゃ。追える状況じゃなかったにゃ」


「仕方ないにゃ。まずは討伐部隊の回復にゃ。あと、ここのパーティーで神閻馬の捜索隊を作るにゃ。ただし、攻撃はしないようにするにゃ。今度は総攻撃を仕掛けるにゃ」


 続いて別の方向から走ってきた戦士がディオンに叫ぶ。


「ディオンさん! アニエスさんが見つかったにゃ! 盗賊団に捕まっていたようにゃ!」


「にゃあ!? アニエスはどこにゃ? 無事なのにゃ?」


「そこまで来ているにゃ!」


 指差す方を向くとアニエスが走って来ているところだった。ディオンはアニエスに駆け寄る。


「アニエス! 無事だったにゃ! まずは薬師の……」


「父上、我は大丈夫にゃ。それより、神閻馬がでたのにゃ?」


「どうして神閻馬のことを知っているにゃ? それにこの者たちは何にゃ?」


 ディオンはアニエスからここまでの経緯を簡単に聞き、月鏡の剣と盗賊たちが渡された。


「この者たちがアニエスを助け、武器を取り返してくれたのにゃ。感謝するにゃ」


(本当にあの魔法はこの者たちが使ったのにゃ? それなら敵対するわけにはいかないにゃ)


 ディオンは手を差し出したが、ディオンが思った者とは別の者が握手に応じた。


「えっと、このパーティーの代表のセージです」


(代表の、セージ? アーシャンデールの勇者と同じ名前、だけど姿が全く違うにゃ)


 そう言って握手するセージにディオンは一瞬驚いたが力強く握手を返す。


「それは失礼したにゃ」


「いえいえ、仕方ありません。僕も戸惑っているくらいですから」


「いや、見かけによらず強そうだにゃ。こんな状況じゃなきゃ歓迎したんだがにゃあ」


(この感じはかなり強いにゃ。セージは人族にゃ? もしかして勇者……にゃ?)


 ディオンの力強い握手に対してびくともしないセージの手を感じて強さを推し測る。

 ディオンはかつて人族と敵として、また味方として戦っていたからこそ、ある程度の力はわかっていた。セージの見た目からすると中級職だったとしても不自然なほどで、上級職の可能性を考えたのである。


「ところで、神閻馬との戦いはどうですか?」


「戦いは厳しいが、次は総攻撃を仕掛けるにゃ。だが、なぜ神閻馬がいるとわかったにゃ?」


「闇魔法が微かに見えたんですよ。この地で闇魔法と言えば神閻馬ですし、戦いの音も聞こえましたから」


「よく知ってるにゃ。神閻馬は森の中からは出てこないから、町で休むと良いにゃ。後で話をしに行くにゃ」


(にゃ? 闇魔法って見てすぐわかるものなのにゃ?)


 闇魔法を使う魔物はほとんどいないため、獣族の中でも見たことがない者の方が多い。


「町に行くのは魅力的ですが、神閻馬との戦いのお手伝いをしますよ」


「それは危険にゃ。アニエスを助けた者に頼めないにゃ」


「町も危険ですよ。日が沈むと森から出てきますから」


 セージの言葉にディオンの耳がピクピクと動く。


(なぜそんなこと知ってるにゃ?)


「それは本当かにゃ?」


「えっと、これは記録があったはずですけど。神閻馬は日光を避けるって。以前の戦いの時ディオンさんもいましたよね?」


「あの時は犬科の連中を止める役割だったから知らんにゃ」


(にゃにゃ? なぜ我がいたって知ってるにゃ? 何かおかしいにゃ)


「とりあえず、神閻馬を追い返す手伝いをしますよ。きっと役に立てるでしょう」


「追い返すにゃ?」


 ディオンは倒すことを考えていたので追い返すという発想はなく聞き返した。


「アナベル・ド・リールと勇者を含むパーティーは神閻馬を混沌地帯に追い込んでいました。それと同じようにできればいいと思っています」


「なるほどにゃあ……」


「父上。セージはワイバーン数十体の群れを一人で倒すほど強いにゃ」


 アニエスが飛び抜けた戦果を言い、ディオンの耳がまた動く。


(まさか本当に勇者……にゃっ、看破を使えばよかったにゃ)


「まぁ神閻馬は魔法が効かないので今回は補助に回りますけどね」


「周りを見れば戦いがかなり厳しいってわかるにゃ。頼むべきにゃ」


 アニエスの言葉にディオンはセージを見て考え込む。この時、ディオンはボソリと「看破」と言っていた。

 驚きの連続で使い忘れていたのである。


(これは……本当に勇者の可能性もあるにゃ……!)


 特技『看破』は相手の名前、レベル、HP、MP、状態が確認できる技である。

 ただし、自分より高レベルの者はわからない。なので、レベル50のディオンではセージのことを見ることはできなかった。

 だが、見ることができないということは、レベル51以上であることは確実で、上級職つまり勇者の可能性があると考えたのだ。


(勇者の子供にゃ? それにしては似てないにゃ。息子に同じ名前はつけないだろうしにゃあ、ということは生まれ変わり、なわけないにゃ。でも聞いてみて……いや、勇者の生まれ変わりか聞くなんて頭おかしいにゃ。そういえばグレンガルム王国には勇者が……けど、貴族っぽくないにゃ。それに、こんなに丁度よく神閻馬のことを知る者が現れるなんて何かあるにゃ)


 そうして悩む、というよりセージについて考えるディオンにある戦士が寄ってきて耳打ちする。


「先の攻撃やラミントン樹海での捜索で回復薬を使いすぎたにゃ。回復薬の調達に走ってるから今は総攻撃は無理にゃ」


 ラミントン樹海での捜索は当然魔物との戦闘になる。獣族は回復魔法も苦手であり、回復薬にたよりがちであるのだ。


(にゃにゃ。ここは、セージにかけるにゃ。総攻撃の準備はそのまま進めれば何も問題ないにゃ。それに、セージに任せればなんとかなる気がするにゃ)


 ディオンはこの時セージに任せることを決心する。


「そこまで強いなら手伝って欲しいにゃ。よろしく頼むにゃ」


 悩んだ末の結論のように言いつつ、誰よりもセージに期待するディオンであった。

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