第86話 盗賊団との戦い
チャドは口ごもりながら一瞬森の中に視線を向ける。親分はそれを見て子分に指示を出した。
「クィン、二人連れてその辺を調べてこい。普通は五人パーティーだ。こいつらの仲間があと二人隠れているかもしれねぇ」
「へいっ!」
「あっ、それは……」
チャドは焦ったように手を伸ばした。
「お前ら動くんじゃねぇぞ」
親分は剣を抜いてチャドたちに睨みを効かせる。
子分たちも剣を抜いて臨戦態勢になり、セージたちが隠れている場所、とは反対方向の森の中に入っていった。
(チャドって演技派? この土壇場で騙そうとするなんてなかなか勇気がいると思うけど。意外な一面だな。さて、そろそろ戦いが始まるか)
実は、チャドが見た方向の森の中には何もない。セージたちの準備や魔法を唱える時間稼ぎのための演技である。
子分は剣で邪魔な枝葉を切り払いながら森の中に入ってすぐに戻ってくる。
「親分、誰もいなさそうですぜ」
困惑したように言う子分に親分は目を向ける。すると、チャドは手早くポケットから鈴を取り出して腰につけた。
「おい、何して……」
親分がそれを咎めようとした時、チャドに隠れて呪文を唱えていたシルヴィアが魔法を発動する。
「フレイム」
magnus級フレイムの炎が前衛を襲う。これが戦闘開始の合図となりセージとベンは静かに動き出した。
それと同時に、鳴り響いていた鈴の音によって素早さが高まる。
「この野郎!」
相手の中で真っ先に動いたのは親分だ。しかし、フレイムに続けてセージが魔法を発動させる。
「ヘイルブリザード」
無数の氷の礫が猛烈な嵐を伴い親分を中心に襲いかかった。
それに気づいた親分は盗んだ盾をかざして身を隠す。月鏡の盾の効果は魔法ダメージ半減に加えて魔法の反射だ。
月鏡の盾に当たると同時にその半分はセージに向かって反射する。
(うぉっ! 危ない! くそっ羨ましい!)
月鏡の盾から飛来する氷の礫をセージは盾で受け止めた。
反射される数は少ないとはいえ、セージのINTによる威力をもっている。セージのMNDは高いとは言っても無傷とはいかなかった。
それに反射する方向で位置がバレてしまう。
(マジで高性能だな! 厄介だけど子分は結構ダメージが稼げたか?)
「アリ、サディ、フィラ、森の中のやつを叩け!」
十人中三人の子分はすでにHP0になり、後ろに下がる。それと入れ替わる様にして獣族の見張りをしていた三人が走り出した。
「ベン、シィルの援護に」
「えっ、でも」
ベンはセージと共に後ろの三人と戦うと思っていたので、戸惑いの声を上げる。
「早く」
しかし、セージの急かす言葉に頷いてシルヴィアたちの方に向かった。
親分たちは大ダメージを受けていたが、回復薬を一気に飲んでシルヴィアたちに攻撃を仕掛けていた。シルヴィアたちは三人だ。四対三となっているため厳しいと考えたのである。
(さて、親分はかなり強そうだけどベンが入ればそうそう負けないはず。それに後ろの三人は麻痺が効くし一人でなんとかなるだろ)
親分も子分もそれぞれ状態異常耐性の装備を持っていた。全耐性は親分、子分は三人ずつ麻痺、睡眠、混乱耐性を着けている。
前衛にいる子分の中の二人は麻痺耐性があるのだが、後ろの三人には睡眠と混乱の耐性はあるが麻痺耐性がない。
セージは『ラビットイヤー』だけでなく『ホークアイ』という特技を使って装備を観察していたのだ。
(さて、上手くいくかな?)
親分の援護に向かおうとしている三人に特技を放つ。
「地槍撃」
不意に地面から飛び出す地の槍に子分たちは思わず足を止めて防御する。
「ブルバーストか!」
「あぁ!? 今かよ!」
その間にセージは「猛毒の霧」と言って大きく息を吸い込んでいた。そしてセージはフーッと息を吹き掛けながら前を横切り、シルヴィアの方に向かった。
「なんだぁ!?」
子分三人組は混乱ながら叫ぶ。それは無理もないことだ。
地槍撃からブルバーストと思い込んで突進を警戒していたのに、出てきたのは子供が一人。しかも何か分からない紫と黄の入り交じった息を吹きかけられ霧に包まれ、それだけで逃げ去ろうとするのだ。
普通は意味がわからないだろう。
「おい、待てこの……」
追い掛けようとしたが足が前に出ずに転んでしまい、剣が地面に落ちる。
セージは三人とも動けないことを確認しながら、次の戦いに向かう。
(あっ、意外と厳しいな)
セージが向かうとき、親分に対するベンのフイウチとカトンのコンボが防がれたところだった。
(とりあえず回復して攻撃魔法かな。巻き込まない様にしないと)
「オールヒール」
『オールヒール』は全員にハイヒールの効果をもたらす上級回復魔法である。
キラキラと回復魔法の効果が見えた瞬間、親分はセージが回復したことに気付き、セージの方に動いた。
シルヴィアたちが親分を追い掛けようとするが子分に阻まれ、ベンは親分に蹴り飛ばされていた。
(あっ、そりゃ回復役を狙うよな。やばい)
魔物の場合は狙われないようにヘイト計算ができる。しかし、対人戦闘では回復役が真っ先に狙われるのだ。
それは当然のことなのだが、今までセージはソロ活動ばかりで、パーティーを組んでも手厚く守られていた。
それに、このようなパーティーでの対人戦闘の経験は全くと言っていいほどなく、気付かなかったのである。
「サラマンダー、サモン」
少しでも距離を稼ごうと後ろに下がりながら、唱えていた『インフェルノ』の呪文を破棄して精霊を呼び出す。
短い呪文を唱えても相手に手を向けて発動する時には攻撃されている可能性があり、特技を使うしかなかった。
突如現れる赤い髪に筋骨隆々の男サラマンダーに親分は驚いたが速度を緩めることはない。
「フレアインパクト」
その言葉と同時にサラマンダーは拳を地面に打ち付けた。扇状に広がる炎の波動。それに対して親分は盾を突き出し突撃する。
(マジでヤバい。ベン、早く!)
「ルサルカ、サモン」
そう唱えた時には親分の剣がセージの盾に打ち付けられていた。その重い一撃に耐えれたのは探究者のVIT補正によるものだ。精霊士では吹き飛ばされていただろう。
「フリージングゾーン」
「シールドバッシュ」
ルサルカが動き出すのと同時に親分の盾攻撃が発動。セージはそれを腕で受け止めながら後ろに飛ぶ。
(強いな! キツい!)
ルサルカがダイヤモンドダストを纏わせながら、フワリと虚空を撫でるように手を動かしそっと何かを掴む。その手を口元に添えて優しく息を吹きかけた。
その先は親分ではなく子分の方向。輝く息が大地に触れた瞬間、氷が急激に広がり周りの木々まで凍らせていく。
子分三人もそれに巻き込まれて足から凍り、全て凍りに包まれたあと甲高い音と共に氷が割れる。弾けるように飛び散る氷は、この場には似合わない程幻想的だ。
その間にも戦闘は続いている。親分の猛攻に終始押されながらも防御に徹して耐え、ベンの援護が届いた。
「カトン」
(ベン最高!)
ベンが近づいていることがわかっていた親分は、その言葉と共に盾を向け、炎の虎を殴り付けるように防御する。そして、セージに向かって特技を発動した。
「メガスラッシュ」
「ウィンドバースト」
魔法を使うために剣を落としていたセージは攻撃を盾で受け止めながら魔法を発動した。親分はとうとう魔法が直撃し、ウィンドバーストの効果によって吹き飛ばされる。
その先にいるのはシルヴィアたちだ。
「メガスラッシュ!」
子分を倒して援護に駆けつけていたシルヴィアの総攻撃により、親分のHPは0になる。
こうして、盗賊団は壊滅するのであった。
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