第77話 試合開始
セージは広い闘技場でぽつんと一人、試合の開始位置に立ち、遠くで作戦会議を始めたシルヴィアたちを見つめる。
(やっぱりパーティーっていいな。このクラスでちゃんとパーティーが組めたら良いんだけど。こんなことしてたら避けられそうだよなー。馴染めるといいなぁ)
第三学園に来た目的は本を読むことだけとはいえ、これから一年間は共に暮らし、パーティーを組んで訓練をするのだ。できれば仲良くしたいと思っていた。
それに対抗試合にはパーティーで挑むのだ。一人で勝てるほど甘くはないと思っているため、パーティーの連携は必須である。
(ふむふむ。シンプルな作戦だけど、確かに一番効果的か。こっちからすると、近付かれて囲まれたらさすがに負けるし)
実はセージは思い悩みながらも、ちゃっかりと探検家の特技『ラビットイヤー』を使って密かに作戦を聞いていた。
ラビットイヤーは遠くの音が聞こえるようになる特技である。本来は川の音や魔物が動く音などを聞き取るために使うものだが、盗み聞きにも使えるのだ。
仲良くしたいが手を抜くわけにもいかないので最善を尽くす。
(思ったより警戒してるなぁ。さすがシルヴィアとライナス。全員で来てくれたらまとめて魔法でHP削れて楽になるんだけど。さすがに物理攻撃だけでHPは削りきれないし)
今回は職業を勇者に変えている。探究者は耐久性があるが、STRの補正が小さいからだ。
相手は基礎ステータスも上で、さらに聖騎士なので防御にプラス補正が掛かっている。
魔法使いタイプに偏っているセージのSTRは低く、探究者では物理攻撃をしてもほとんど効かない可能性があった。
勇者になるとSTRに強力なステータス補正が入って、だいたいライナスと同等にはなっているのだが、代わりにVITは低い。
勝つだけであれば、探究者になる方がメリットがある。物理攻撃をしなくても特級魔法や召喚魔法で戦えばいい。
それに、探究者はVITやMNDに強い補正が掛かるため耐久力があり、いざとなれば猛毒の霧を使うこともできる。
しかし、今回は他の職業の有用性を示すため、様々な技を使いながら勝つつもりであった。
目標としては、特級魔法や上級職の特技を使わず、同じ技を二度使わないことである。
多彩な技を使う、つまり物理攻撃もしっかり使っていく必要があるのだ。
その上で、この試合は五対一となる。余裕そうに見せていたが、実際は全く余裕がなかった。
かといって、ここまで言った手前負けるわけにはいかないので、しっかり聞いているのである。
(ふむ、スタンリーのせいでちょっとバレてるな。まぁいいか。とりあえずシルヴィアとライナスが厄介になりそうだ。特にシルヴィアは魔法が使えるし。魔法士をマスターしているなんて素晴らしい、とはいっても今回は敵だから真っ先に狙わないとな)
中級職の限界、レベル50まで上げればステータスの差は大きくなくなる。そうなると攻撃魔法を使える者は戦いの選択肢が増えるため有利である。
ただし、効果的に使う技量は必要なので、近接戦闘なら下手に魔法を使おうとするよりも剣での攻撃に集中した方がいい場合もあるのだが。
たとえシルヴィアが巧みに魔法を使えたとしても第一学園に勝つのは難しい。相手は基本的に魔法を使う者同士で訓練している。訓練の状況が異なるため、むしろ第一第二学園の方が有利だ。
それに、勇者が二人出てくるとなると、セージが本気を出しても負ける可能性があった。
勇者のステータスが高いこともあるが、第一学園の装備が良いからだ。いくらセージの特級魔法でも装備の整った勇者を一撃で倒すことはできない。
さらに、たとえ早く魔法が使えても、必ず何秒か時間がかかる。その間に近付かれるとどうしようもない。
セージはまだ十二歳で基礎身体能力が低く、剣の訓練を続けてきた訳でもないからだ。しっかり訓練を受けている年上の勇者二人と戦うのは厳しいのである。
(勇者以外も強いだろうし、三パーティーもいる。たぶん今は負けるな。半年の間に少しでも他の職業の技を戦闘に取り入れて、あと、MNDを上げてもらわないと。相手の上級魔法を受けたら苦しいだろうし、王族なら特級魔法も覚えてるだろうしなぁ。相手のINTがわからないけど、人によっては一撃で倒されるなんてこともあり得る。上級職が一人でもいればまだマシなんだけどな。おっ、準備ができた?)
シルヴィアたちのパーティーが五人バラけて立つ。近すぎると魔法に巻き込まれるし、離れ過ぎると連携が取れなくなる。
適当にバラけているようだが、一人に上級魔法が当たっても被害が無い所を計算して立ち位置をきめているのだ。
そして全員が剣士タイプのようで、剣と盾を持っている。
(弓もいないな。話に出てこなかったし。遠距離攻撃がないのは助かる。あっ、対抗試合で弓を使うっていうのはどうだろう。弓の指定ってあるのかな?)
セージは剣と盾を装備していた。盾は魔法を放つため腕につけるタイプのものを装備して左手を空けている。
審判である教官がセージの方を見たので、敬礼で答えた。
「開始!」
教官の声が響くと同時にシルヴィアたちは走りだし、セージは呪文を唱える。
「ウィンドブラスト」
上級風魔法ウィンドブラストは吹き荒れる暴風を叩きつける魔法だ。grandis修飾魔法詞を使っており、シルヴィアたちはその強烈な衝撃に耐えられず薙ぎ倒される。
grandis修飾上級魔法の範囲はシルヴィアたちが思っているよりはるかに広い。中衛の被害は小さいが、前衛は全員巻き込まれていた。
(よし、ひとまずは上々な結果だな)
セージは呪文を唱えながら、鈴を独特のリズムでならして速度強化を図っていた。さらに祈るポーズで速度低下をかける。
起き上がって走り出したライナスに速度低下がかかり、さらにセージはgrandis修飾中級火魔法を発動した。
「ファイアウォール」
その瞬間、セージが手を向ける地面から突如として巨大な炎の壁が立ち、シルヴィアたちの行く手を遮る。
発動した瞬間にライナスとチャドがさらに左右に走り出すのがセージから見えていた。
(計画通り左右からの挟撃で、シルヴィアは突っ込んでくるつもりか。気合い入ってるなー)
「ステルス」
セージはシルヴィアを迎え撃つため、気配を絶ってから前に出る。炎の壁の厚みは数十センチメートル程度しか無いが先を見通すことはできない。シルヴィアの位置を予測し剣を構えた。
「フイウチ」
まだ効果が残る『ラビットイヤー』で足音を聞きながら、斬撃というよりバットのように剣を振る。
「ぐっ……!」
炎の中を通る際目を閉じてしまったシルヴィアは衝撃を感じ、目の前にセージがいることに気づいた。しかし、その時には攻撃が直撃しているのでどうすることもできない。そのままシルヴィアは炎の中に戻される。
会心の斬撃、さらに暗殺者の特技『フイウチ』によって威力二倍となった攻撃は強烈であった。
(これってファイアウォールもう一回分ダメージの判定になるのかな? シルヴィアがリタイアしてなかったらかなり厳しい戦いになるんだけど。とりあえず次に切り替えよう)
セージはシルヴィアを気にしながらチャドが回り込んでくる方向に走り出すのであった。
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