第74話 ライナスの過去
ライナスは王都の外壁の外側に広がる町の商人の息子だった。
商人と言っても商店を持っているわけではなく、農業の町リンドールと王都の間で食料を運ぶ運送業のようなことをしている。
仲間と大型の商隊を組み、一日で往復することによって、防衛や宿等にかかる費用を削減。薄利多売で利益を上げていた。
ライナスも長男として父親ランドルに八歳から付いて回り、少しずつ仕事を手伝い始めた。仲間内でも可愛がられており、ランドルもライナス自身も仕事を継ぐのだと思っていた。
しかし、ライナスが十二歳の時、ある出来事によって目指す道が変わる。
商隊は冒険者を雇っていたが、最近ライバルとなる商隊が出てきて利益が下がりつつあったので、冒険者の級を下げることで経費削減を図った。
今まで襲撃されたことなど一度も無く、魔物が出てきたとしてもそれほど強くなかったので大丈夫だろうと高を括っていたのだ。
そこを狙われたのである。
リンドールからの帰り道に三十人の盗賊団から襲撃を受けて大騒ぎとなった。
護衛の冒険者は襲撃がわかるとすぐに狼煙や光玉を使い、周囲に知らせて戦いを始める。
しかし、雇っていた冒険者は三つのパーティーなので十五人。冒険者は盗賊より幾分か強かったが、多勢に無勢で明らかに劣勢、撤退も時間の問題に見えた。
盗賊団の狙いは商品である。商人たちが全てを置いて逃げる判断をしようかと思ったとき、現れたのが王国騎士団である。
王都とリンドール間は重要な交易路であるため、巡回の兵がいる。それは盗賊団も把握して避けていたが、今回はたまたま任務を終えた王国騎士団が近くにいて、狼煙を見て駆けつけたのである。
馬に乗って駆けつけたのは十人だった。
しかし、王国騎士団の力は盗賊団に比べると圧倒的である。
盗賊団もそれをわかっていて引き際も早く、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
商隊は打撃を受けたが、大きな損害を出さずに済み、全員無事に王都までたどり着き一件落着した。
ランドルはホッとしたのも束の間、その後大きな問題が起こっていたことに気付いた。
ライナスが危機の時に颯爽と現れて解決した騎士団に心を奪われていたのである。
その日からライナスは剣の修行を始め、騎士になると言い出した。当時すでに十二歳、剣術は素人でレベルも低い。
当然、今から目指すのは無理がある。それに、父親として仕事を継いで欲しいと思っていたランドルは止めた。しかし、ライナスはもう騎士団に入ることしか考えられなかった。
十二歳といえば家を出てどこか住み込みで働くこともできる年齢だ。急に家を飛び出されても困る。
そこで、ランドルはこれまで通り仕事を手伝うなら第三学園の入学試験を受けることを許可した。
通常、学園に入学するものは訓練所に通い、剣術を学んでから試験を受ける。素人が仕事をしながら少し訓練するだけで通るものではない。
しかし、ライナスはその条件を飲むしかなかった。入学試験を受ける際にも推薦が必要になるからだ。
訓練所の教官が推薦することはよくあることだが、訓練所に通うお金をライナス一人で稼ぐことはできない。
商人には推薦を受けるツテがあるため、親を頼るしかなかったのだ。
ライナスは仕事で率先して荷物を運んで筋力を鍛え、移動の際には冒険者と共に歩き教えを乞い、魔物が出れば戦い、夜は剣術の練習を続けた。
最初、ランドルはすぐに音を上げるだろうと思っていたが、意に反してライナスはそんな生活を一年続けた。
ライナスは約束通り入学試験を受け、そして、呆気なく落ちた。
ライナスの体格は十三歳にしては良く、力も付いていた。しかし、剣の技術が足りていない。例え訓練に打ち込もうと、それで通るほど甘くはなかった。
それでも、ライナスは諦めず、次に向けて訓練を続けた。意地になっていたわけではない。
回りの受験生を見て、次は合格する可能性があると確信したからである。
第三学園に来る子達には珍しく、そういう計算ができるタイプであった。
ライナスの頑張りに父ランドルは見直したのだが、それは伝えなかった。言うとすれば、護衛を雇わなくていいように強くなれ、なんて言い方である。
ただ、見えないところでは、仲間内に頼んで少し多めに資金を出して元騎士の冒険者に護衛を依頼し、ライナスの訓練時間を取るため休憩時間も仕事に費やし、もしもの時には入学費用に充てるため商店を買う計画を延期した。
十四歳最後の受験の前には悔いが残らないように何度か訓練所に通わせた。
ライナスはその時は騎士になることにまっしぐらでそんなランドルの気づかいは何もわかっていなかった。気が付いたのは学園に合格し訓練に明け暮れる毎日の中で、弟から恨み言が書かれた手紙を受け取ってからだ。
曰く、ご飯の質が下がった、雇う冒険者が荒っぽくなった、仕事の時間が増えたなどなど。ライバルの商隊の影響もあるが、大きくはライナスの入学が原因だった。
ライナスはそれに気付いてから、訓練への取り組み方が変わった。元々真面目に訓練しており、めきめき腕を上げていたのだが、訓練外でも自主練習をするようになった。
その取り組みは休む間もないようなもので教官から止められる程だ。
ライナスは自主練習をイメージトレーニングと勉強に代えて、邁進した。
早く卒業して騎士になること、それが目標だった。
もちろん他の学園生も騎士を目指しているが、ここまで必死になれるものは少ない。
同級生の主席シルヴィアの存在も大きかった。魔法が使え、剣の腕も確か、頭一つ抜けた強さを持っていた。
しかし、ライナスは十六歳になって体格も良くなり、必死に鍛えてきた剣術の成果も現れてきた。
近接戦闘だけであれば、シルヴィアに勝つことも出てきて、卒業を迎える頃には超えているだろうという所まできた。
そんな時に現れたのがセージである。
入学試験では不覚をとり負けてしまった。本当はその場で再戦したかったのだか、試験官である手前そんなわけにもいかない。
久しぶりに手も足も出ない戦いで、悔しい思いはその日全ての試験が終わった後も続いた。
その夜、ライナスはリベンジを挑むためにセージとの戦いをシミュレーションした。
必ずセージは入学してくる。一級生が三級生に戦いを申し込むことは無いが、禁止されているわけではない。
すぐにでも再戦を挑もうと考えていた。
そして、ライナスが一級生になり、新クラスに入ると、何故かセージがいた。
(どういうことだよ!?)
すでにクラスに馴染んでおり、デイビットたちと談笑している。それを見ながらライナスはシルヴィアの隣に座った。
席は決まっていないが、シルヴィアの隣に座ることが多い。ライナスは朝も訓練に時間を割いているためギリギリに来るのだが、いつもシルヴィアの隣が空いているためだ。
「シルヴィア、どうなってるんだ? なぜセージがここにいる?」
「さあ。良くわからないわ。セージは今二級生で、サイラス教官の指示で一級生に混ざるらしいけど」
シルヴィアは髪を耳にかけながら疲れたように言った。
ちなみに、シルヴィアはショートボブくらいの髪型をしている。シルヴィアは精悍な雰囲気を持っており、なるべく切りたいがあまり短くすると男と間違えられて腹が立つ、という理由でその髪型に落ち着いている。
「それは……どういうことだ?」
ライナスは入学したばかりで二級生であることも、二級生なのに一級生に混ざることもわからず、シルヴィアに質問を重ねる。
シルヴィアはライナスを横目で睨みながら答えた。
「だから良くわからないって言ってるでしょ。ここで話を聞いても疑問しか生まれないわ」
ライナスは混乱しながらも教官が入ってきたので、黙って立ち上がり敬礼する。教官はセージがいることには触れず、自然に朝礼を済ませて出ていく。
(セージについて何もないのか? どういうことなんだ?)
ライナスの混乱は続いているが、朝礼が終わったら授業に向かって動き出す。それぞれ目的の授業がある教室に移動しているのだ。
学園のシステムは、最初に集まる部屋だけ決まっており、その日のざっくりとした予定だけが伝えられる。
第三学園は試験の結果が全てであり、それ以外は基本的に加味されないので、その後は自由だ。
自主練習に充てても、寮に戻っても問題ない。パーティーを組んで自主的に魔物討伐に出かけることも可能なので、届け出さえ出せば朝も出てこなくて良いことになっている。
ただ、試験に自信がある者は少ないため、全く授業を受けないことは稀だ。
ちなみに、三級生は騎士の振る舞いやマナーのための訓練があり生活面でも指導がある。二級生は学園外での行動訓練などは絶対に出なければならない。
ここまで自由にできるのは一級生だけだ。
実技もあるため授業の数はそれほど多くなく、全部で百程度しかない。その中で四十単位取れば卒業である。
たまたまライナスが行く授業とセージが行く授業は異なったため会うことはなく、次に会ったのは実技の訓練であった。
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