第72話 デイビットは混乱する

 ボスの領域に入った感覚はあったにも関わらず、周囲にボスの影はない。しかし、止まっているのに領域に入ったということはボスが近付いて来ているということだ。

 五人は背中合わせで円形に陣形を取り、全方位を観察する。

 その瞬間湖から出てきたのは巨大な蛙、ヒュージフロッガー。毒々しい色と二メートルを超える大きさに全員が注目し後ずさった。


「なんだこいつは! 誰か知ってるか!?」


 デイビットの質問に全員が軽く視線を合わせたが、誰も答えることはない。

 ヒュージフロッガーは一鳴きして、五人に飛びかかってくる。


「仕方ない! ジェイラスは回復に専念してくれ! 俺とダスティンが前に出る! スタンリーとテッドは援護してくれ!」


 まずはダスティンが斬りかかった。しかし、ヒュージフロッガーが先に攻撃を放つ。

 口から勢いよく水流を吐き出しデイビットとダスティンに直撃した。盾で防いだが強力な水流に押されてバランスが崩れる。

 そこに横から回り込んでいたスタンリーとテッドが攻撃を仕掛けた。


「「メガスラッシュ!」」


 戦士の特技を発動してダメージを与える。大きくHPが削れた手応えをスタンリーとテッドは感じた。


「どうだ!?」


「いける! 効いてるぞ!」


 聞いてきたデイビットにスタンリーが答える。

 ヒュージフロッガーは、HPは高いが防御力は低い。そこまで攻撃力の高くないスタンリーとテッドでも十分だった。

 ヒュージフロッガーはテッドを体当たりで吹き飛ばし、スタンリーに向けて高速で舌を飛ばす。スタンリーは咄嗟に盾で防げたが、そのまま盾が引っ張られる。

 舌が盾にくっついており、引き戻されたのだ。


「うおっ!」


 前に力をかけていたスタンリーは逆に引っ張られて簡単に転げる。盾はヒュージフロッガーの口に入り、すぐにペッと吐き出された。

 盾は無事だが触れたくない状態にはなっている。

 その隙にデイビットとダスティンが近付いており、特技を使った。


「「メガスラッシュ!」」


 手応えを感じたが、ヒュージフロッガーはそれをものともせず体当たりを返す。

 二人とも盾で防御し、反撃しようとした。しかし、滑ったダスティンの右足が水溜まりに嵌まる。

 さらに押し倒そうとするヒュージフロッガーをデイビットは全身を使って押し止める。

 その間にスタンリーが起き上がっていた。


「こんのぉ! メガ……」


 盾を食べられて怒るスタンリーが剣を振りかぶった瞬間、ヒュージフロッガーの強烈な後ろ蹴りが決まった。


「スタンリー落ち着け!」


 デイビットが声をかけながら剣を振るう。

 後衛のジェイラスは大幅にHPを減らすスタンリーに文句を言いたいかったが、かわりに回復魔法を唱えた。

 その後もデイビッドとジェイラスを中心に攻撃し、順調とは言えないが何とか戦えていた。

 紫と黄が入り雑じった息、『猛毒の霧』を吐き出すまでは。


 デイビットたちは毒無効の装備をつけている。ここまでの戦いでポイズンフロッグが『毒の霧』を吐き出したときはチャンスだった。

 そして、その経験が仇となる。

 ヒュージフロッガーが喉を膨らませたとき、『毒の霧』を吐き出す動作に見えた。


 「狙い目だ! いくぞ!」


 四人が総攻撃を仕掛けるため飛び掛かる。大ダメージを与えるチャンスだと思った。その剣が届く前にヒュージフロッガーは息を吐き出す。

 爆発的に広がる霧に包まれながら剣を振り上げようとした。

 しかし、剣が手から滑り落ちる。


(なっ……麻痺か!?)


 デイビットは今までにも麻痺にかかったことがあり、はっと気付く。


「逃げろ!」


 デイビットは即座に声を上げたが間に合わず、ジェイラス以外のステータスが麻痺に変化した。全員剣を落とし足がもつれて倒れる。

 五人に絶望が広がった。ここまで瓦解してしまうと態勢を立て直すまでに誰かがやられる可能性がある。


(やばい。死ぬ……いや、諦めるな!)

 

 デイビットは頭を切り替えてなんとか戦う方法を考える。しかし、戦線を立て直すため道具や回復魔法を使おうにも、まずは麻痺を治さなければ話にならない。


「ジェイラス! 麻痺を……」


 言い終わる前にヒュージフロッガーはデイビットを叩き飛ばす。そして、次の獲物、スタンリーの方に飛んだ。

 ジェイラスは麻痺を治すか、HPを回復するか、自分が前に出るか、難しい選択を迫られていた。デイビットの言葉を受けて麻痺を治す呪文『アンチパラライズ』を唱えながら前に出ようとする。


 そんな時、後ろから声がかった。


「手伝ってもいいですかー!」


「お願いします!」


 ジェイラスが思わず呪文を破棄し、即座に返事をして振り向く。デイビットとスタンリーは聞いたことがある声だなと思った。


「子供!?」


 ジェイラスの驚きの言葉にピンと気づく。案の定、前に現れたのはあの少年。高速で飛来するヒュージフロッガーの舌を盾で防御する姿は見覚えのあるものだった。


「セージ?」


 デイビットが思わず口にする。

 セージは剣でヒュージフロッガーの舌を叩きつけながら一瞬視線を向けて、すぐに敵に立ち向かう。

 そしてセージの華麗な剣さばきが披露される、なんてことは無く、正直なところ剣の腕前はデイビットの方が上だと言えるようなものであった。


 セージは騎士団や悠久の軌跡で特訓を受けていたので動きは悪くないのだが、まだまだ発展途上だ。

 デイビットたちは第三学園で日々訓練を行ってきているので、セージより上なのは当然のことだと言える。

 ただ、ライナスとの戦いに衝撃を受けていたのでデイビットとしては意外だった。


「ジェイラス! 麻痺を治してくれ!」


 急に現れて戦い始めた子供に戸惑っていたジェイラスはデイビットの声にハッと気付く。

 剣の腕は大したことないにもかかわらず、ヒュージフロッガーはセージ一人で抑えられていた。


「セージ! こいつの息に気を付けろ! 麻痺するぞ!」


 セージは戦闘中で返事ができないので、チラリとデイビットを見るだけだ。


(いくら強いと言っても麻痺攻撃が来たら危ない。それにまだ見たことがない技があるかもしれない。早く援護に行かないと)


 セージの装備を知らないデイビットは焦る。

 ジェイラスが『アンチパラライズ』を唱えてデイビットの麻痺が治った。


「援護する!」


 すぐに回復薬を使うとヒュージフロッガーに立ち向かう。

 しかし、セージはそれを手で制し無言で首を振った。


(なんだ? 援護がいらない?)


 デイビットは立ち止まり思案する。セージは危なげなく戦っているが、ダメージを受けているように見えた。

 実際は、レベル50を超えていて、さらに防御系にステータス補正がかかる探究者なので、ヒュージフロッガーの攻撃によるダメージは小さい。多少攻撃を受けても問題ない程度だ。

 攻撃による衝撃も小さく、吹き飛ばされることもない。


(そんなに余裕があるようには見えないが。何か言えば……呪文を唱えたのか? それなら何故使わない? 何を待っているんだ?)


 セージが無言でいる理由は想像できたが、普通は呪文を唱えた後すぐに放つ。

 そもそも前衛で魔法を使うものは少ない。動きながら正確に呪文を唱えることが難しく、一度剣か盾を離さないと使えない。その上呪文を唱えて発動するまで時間がかかり、その間に特技が使えなくなる。

 デメリットが多すぎるのだ。


 本当に援護しなくていいのかと麻痺から回復してきた仲間たちと目を見合わせる。

 助けてもらっておいて、止められているのに勝手に援護に入るのは躊躇われた。


(しかし、魔法を破棄して特技を使った方が……これはっ!)


 ヒュージフロッガーの喉が膨らむ。息を吐き出す時の予備動作だ。


「逃げろ! 麻痺するぞ!」


 しかし、セージは「フルヒール」と自分に向けて唱える。キラキラと回復のグラフィックが舞った。


(回復魔法!? なぜ今!)


「おいっ! 聞いているのか!」


 そして、『猛毒の霧』が吐き出された。

 皆は確実に当たらないよう逃げるように離れるが、セージはそのまま『メモリー』を唱える。

 デイビットからは息に呑み込まれる寸前にニヤッと笑うセージが見えた。


(なんなんだあいつは! 話を聞けよ! くそっ、毒が無くなったら総攻撃を仕掛けて、俺が救出に……)


 その時、セージが魔法を発動する。


『ウィンドバースト』


 烈風が巻き起こり、空気の渦が猛毒の霧ごとヒュージフロッガーにぶち当たる。

 ウィンドバーストは上級風魔法かつgrandis級を使っており、ステータスにも開きがあった。強烈な威力に耐えられずヒュージフロッガーはゴロンゴロンと後ろに転げる。

 その間にもセージは魔法を唱えていた。


「Lieru grandis glscies tracien stiria ante hostium、アイスニードル」


 中級氷魔法が発動し、氷柱がヒュージフロッガーに刺さる。ヒュージフロッガーは氷魔法が弱点であり、ダメージは大きい。しかし、怯みながらもセージに近づこうとする。


「Lieru grandis ventus impetus spira flante ante hostium、ウィンドバースト」


 襲いかかるヒュージフロッガーは再びゴロンゴロンと後ろに転がった。

 セージは止めどなく呪文を唱える。もう、技を覚えたので遠慮をする必要がなくなったのだ。それに、剣の腕を磨くより、早く『猛毒の霧』が使えるかどうかを試したかったということもある。


(何が起こっている? セージはいったい何者なんだ?)


 デイビットは混乱していた。急に魔法で圧倒し始めたセージの行動が理解できなかったのだ。それに、その魔法は一級品である。

 魔法使いといえば、一年程前にたまたま出会ったパーティーにいたエルフの魔法が最高だった。

 その時はやはりエルフの魔法は違うなと思ったのだが、セージの中級魔法の威力はそのエルフ級、早さ、正確さはそれを超えて別次元だ。

 その姿は伝説上にしか存在しない魔法使いの最高峰、賢者を彷彿とさせた。


 ヒュージフロッガーは五度目に転がされた後、仰向けに倒れた。手も足も出ず転がされてピクリとも動かないその姿は同情を呼ぶ。

 それでもセージの呪文は止まらなかった。


「おい、もういいだろ? 素材が傷付くぞ」


「アイスニードル」


 セージは構うこと無く魔法を発動した。飛翔する氷柱が突き刺さりヒュージフロッガーが飛び起きる。


(倒せてない!?)


 ヒュージフロッガーは死んだふりをしていたのである。これに騙されて近づき襲われる冒険者は多い。

 驚き冷めやらぬ中で、セージはデイビットに話しかける。


「援護お願いしていいですか?」


(今!? もう少しで倒せそうに見えるが、MP切れか?)


 驚きと戸惑いで混乱し、思わず自分の状態を見て状態異常になっていないか確認する。

 返事がないことにセージも戸惑いの表情を浮かべる。


「えっと、援護は難しいですか?」


「いや、大丈夫だ。ダスティン、行くぞ!」


「おっ、おう!」


「俺も行くぜ!」


 デイビット、ダスティン、スタンリー、テッドの四人で起き上がったヒュージフロッガーに総攻撃を仕掛けた。

 ヒュージフロッガーはセージに向かって水流を吐き出すが易々と防がれる。セージへのダメージは小さい。

 ヒュージフロッガーは続けて舌を飛ばして攻撃した。セージはそれを盾で防御し、舌がくっついたが、今度は叩きつけることなく引っ張り合いをする。


 その間に『メガスラッシュ』を連打していた四人。

 ヒュージフロッガーはそれに耐えられず、とうとう巨体がうつ伏せに倒れ、舌は力無く地面に落ちた。

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